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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 九章 人は争う道を選んだ
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★閑話2-5話『           』

 ※デオブルグ帝国 星記録局 書記官視点



「私は、いつからか、彼の名を知ろうとも、決して名を呼ばないと決めていた。

 けれど――既に世界は、彼と私の二人ぼっちの世界と姿を変えていた」



 マーガの戦いは、静かに終局へと向かっていく。

 戦線の火は次第に衰え、星を宿す者もついに残るは二人。


 星を託された者たちは次々に命を落とし、ある者は星を討たれ、またある者は自害した。

 またある者は行方知れずのまま消息を絶った。


 最後に名を刻まれていたのは――

 ヴァルテリア・アミューゼ本人と、記録に残されなかった一人の男である。


 帝国はこの情勢に決着をつけるべく、静かに命を下した。


「選定者である貴女の手で、この戦争に終止符を。

 最後の星を、正式に『処理』していただきたい」


 この命令をテオブルグ帝国は儀礼と称した。

 形式としては儀式のように装おいつつ、その実、ただの殺害処分命令に他ならない。


 帝国の役人が装飾のない短刀を一本、木箱に納めて彼女のもとへ届けた。

 ヴァルテリアは、それを無言で受け取った。

 断る理由など、初めから存在していなかった。


 それがマーガの星を背負う者に、課された宿命。



 ◇ ◇ ◇

 部屋に満ちていたのは、張りつめた静謐が漂っていたと記録されている。


 男は、左右を帝国兵に捕らえられ、奥の扉から姿を見せる。

 その身体には拘束が施されていたが足取りは揺るがず、落ち着いた歩みで進んでいく。


 ヴァルテリアの前に立つと、彼はわずかに口元を緩めた。

 そこに怒りも恐れもなかった。ただ、思い出の一片に似た穏やかさが宿っていたと記されていた。


 ヴァルテリアもまた、静かな微笑で応じたとされる。

 言葉を交わすことはなく、必要も感じていなかったのだろう。

 もはや彼らは、言語を超えた理解の領域にいたのだろうか。


 互いの名は呼ばれず、星は沈黙したまま。

 それでも、これは戦いではなかったとは言い切れない。


 ――『この手に刃がある限り、これはもう殺意でしかない』


 そう彼女自身が書き記している。


 ヴァルテリアは静かに歩を進める。

 彼の正面に立ち、そっと刃先を彼の胸元にあてた。


 その行為に迷いはなかった。

 怒りや憎しみではなく、ただ責務を果たすという意思。

 それを示すかのように、静かにその刃は彼の身に飲み込まれていった。


「これが私にとって――最も穏やかで、最も酷い選定だった」



 ◇ ◇ ◇

 刃が沈む感触は、あまりに現実的だった。

 まるで夢であってほしいと、そう願わずにはいられなかった――

 と、彼女の記述は続いている。


 男は声をあげず、ただ肩がかすかに震えた。


 その胸元から、白い煙がひと筋立ち上る。

 しばらく揺れたあと、その煙はやがて細くなり、そして消えたという。


 彼は、なおも微笑をたたえつつ、こう言葉を残した。



「……ありがとう。

 そして君の未来が、どうか幸せでありますように……」



 その言葉が彼女の心を突き刺した。

 刃による傷よりも深く、取り返しのつかない痛みとして。

 最早、その男の傷は癒えず、煙は完全に消失している。



 つまり、彼の星は……癒しを拒んだのだ。



「もしやこんな非力な、私の腕で彼は死なないのでは――私は、そう思っていた」


「けれど、それは違った」


「彼の想いと言葉は『本気だった』から、その瞬間に星は癒す事を止めたのか」



 彼の星の力が衰えたのではない。

 彼は、彼のその言葉と想いは、真剣だったのだ。


 しかし――


「それでも――私は彼を殺した。

 それだけが、確かな事実だった」





 ◇ ◇ ◇


 以下の文は私、帝国星記録局 第四分室 書記官アルセス・レム=クラウスによる私見である。






【記録局備考・私見】


 マーガの星におけるシリアスモードとは、魂の強い共鳴によって発動する特異な状態を指す。

 この状態では、身体能力の上昇や感覚の鋭敏化。回復能力の加速などが確認される。


 だが、ギグ・マーガの星に限っては、逆の現象が起こる。


 共鳴の強さに反比例するように、星は力を貸さなくなり、再生を止め、痛みのみを残していく。

 その性質から『外れ星』『最弱』と呼ばれるのも無理はない。


 だが、私はそれを拒絶とは捉えない。

 彼は、自らの意思で命を賭し、誰かを想いその未来を願った。


 その瞬間、星はその意志、想いを尊重し力を貸すことをやめたのではないか。

 ヴァルテリアは『終わらせる』ことを選び、彼は『願う』ことを選んだ。


 彼らが立っていたのは、交差しない別々の戦場であったかもしれない。

 だがその刹那、ふたりの心は真剣に、確かに交わっていたのではないか。



 ◇ ◇ ◇

 私はヴァルテリア・アミューゼが遺した断章の、焼け跡の少し残る最後の頁を開く。


 そこに記された文字列は、明らかに終わりのために整えられていた。

 筆致は静かで正確で、まるで生涯に句点を打つような筆の運び。

 そのペン跡には、静かな……なんと評せば良いのだろう。


 諦めではない静かなる想い、とでも評せば良いのか。

 言葉に出来ない線の揺れなさ、静けさ、そして純粋さが読み取れた。


 最終頁には、たった一行のみが記されている。

 それは報告でも記録でも、日記ですらない。


 ただ一つの祈り――五十六年前のマーガの戦いに於いての勝者。


 ヴァルテリア・アミューゼ。



 かつて語られることのなかった『記録拒否者』が残し、そして最後に火にくべ消し去ろうとした、ほんの小さな、たった一つの言葉で締めくくられていた。

























 ヴァルテリア・アミューゼより、名も知らぬ愛しき貴方へ記す。

「ギグ・マーガの星に捧ぐ唄」



※これで第一部完となります。

そして明日以降、第二部を更新していきます。



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