★閑話2-5話『 』
※デオブルグ帝国 星記録局 書記官視点
「私は、いつからか、彼の名を知ろうとも、決して名を呼ばないと決めていた。
けれど――既に世界は、彼と私の二人ぼっちの世界と姿を変えていた」
マーガの戦いは、静かに終局へと向かっていく。
戦線の火は次第に衰え、星を宿す者もついに残るは二人。
星を託された者たちは次々に命を落とし、ある者は星を討たれ、またある者は自害した。
またある者は行方知れずのまま消息を絶った。
最後に名を刻まれていたのは――
ヴァルテリア・アミューゼ本人と、記録に残されなかった一人の男である。
帝国はこの情勢に決着をつけるべく、静かに命を下した。
「選定者である貴女の手で、この戦争に終止符を。
最後の星を、正式に『処理』していただきたい」
この命令をテオブルグ帝国は儀礼と称した。
形式としては儀式のように装おいつつ、その実、ただの殺害処分命令に他ならない。
帝国の役人が装飾のない短刀を一本、木箱に納めて彼女のもとへ届けた。
ヴァルテリアは、それを無言で受け取った。
断る理由など、初めから存在していなかった。
それがマーガの星を背負う者に、課された宿命。
◇ ◇ ◇
部屋に満ちていたのは、張りつめた静謐が漂っていたと記録されている。
男は、左右を帝国兵に捕らえられ、奥の扉から姿を見せる。
その身体には拘束が施されていたが足取りは揺るがず、落ち着いた歩みで進んでいく。
ヴァルテリアの前に立つと、彼はわずかに口元を緩めた。
そこに怒りも恐れもなかった。ただ、思い出の一片に似た穏やかさが宿っていたと記されていた。
ヴァルテリアもまた、静かな微笑で応じたとされる。
言葉を交わすことはなく、必要も感じていなかったのだろう。
もはや彼らは、言語を超えた理解の領域にいたのだろうか。
互いの名は呼ばれず、星は沈黙したまま。
それでも、これは戦いではなかったとは言い切れない。
――『この手に刃がある限り、これはもう殺意でしかない』
そう彼女自身が書き記している。
ヴァルテリアは静かに歩を進める。
彼の正面に立ち、そっと刃先を彼の胸元にあてた。
その行為に迷いはなかった。
怒りや憎しみではなく、ただ責務を果たすという意思。
それを示すかのように、静かにその刃は彼の身に飲み込まれていった。
「これが私にとって――最も穏やかで、最も酷い選定だった」
◇ ◇ ◇
刃が沈む感触は、あまりに現実的だった。
まるで夢であってほしいと、そう願わずにはいられなかった――
と、彼女の記述は続いている。
男は声をあげず、ただ肩がかすかに震えた。
その胸元から、白い煙がひと筋立ち上る。
しばらく揺れたあと、その煙はやがて細くなり、そして消えたという。
彼は、なおも微笑をたたえつつ、こう言葉を残した。
「……ありがとう。
そして君の未来が、どうか幸せでありますように……」
その言葉が彼女の心を突き刺した。
刃による傷よりも深く、取り返しのつかない痛みとして。
最早、その男の傷は癒えず、煙は完全に消失している。
つまり、彼の星は……癒しを拒んだのだ。
「もしやこんな非力な、私の腕で彼は死なないのでは――私は、そう思っていた」
「けれど、それは違った」
「彼の想いと言葉は『本気だった』から、その瞬間に星は癒す事を止めたのか」
彼の星の力が衰えたのではない。
彼は、彼のその言葉と想いは、真剣だったのだ。
しかし――
「それでも――私は彼を殺した。
それだけが、確かな事実だった」
◇ ◇ ◇
以下の文は私、帝国星記録局 第四分室 書記官アルセス・レム=クラウスによる私見である。
【記録局備考・私見】
マーガの星におけるシリアスモードとは、魂の強い共鳴によって発動する特異な状態を指す。
この状態では、身体能力の上昇や感覚の鋭敏化。回復能力の加速などが確認される。
だが、ギグ・マーガの星に限っては、逆の現象が起こる。
共鳴の強さに反比例するように、星は力を貸さなくなり、再生を止め、痛みのみを残していく。
その性質から『外れ星』『最弱』と呼ばれるのも無理はない。
だが、私はそれを拒絶とは捉えない。
彼は、自らの意思で命を賭し、誰かを想いその未来を願った。
その瞬間、星はその意志、想いを尊重し力を貸すことをやめたのではないか。
ヴァルテリアは『終わらせる』ことを選び、彼は『願う』ことを選んだ。
彼らが立っていたのは、交差しない別々の戦場であったかもしれない。
だがその刹那、ふたりの心は真剣に、確かに交わっていたのではないか。
◇ ◇ ◇
私はヴァルテリア・アミューゼが遺した断章の、焼け跡の少し残る最後の頁を開く。
そこに記された文字列は、明らかに終わりのために整えられていた。
筆致は静かで正確で、まるで生涯に句点を打つような筆の運び。
そのペン跡には、静かな……なんと評せば良いのだろう。
諦めではない静かなる想い、とでも評せば良いのか。
言葉に出来ない線の揺れなさ、静けさ、そして純粋さが読み取れた。
最終頁には、たった一行のみが記されている。
それは報告でも記録でも、日記ですらない。
ただ一つの祈り――五十六年前のマーガの戦いに於いての勝者。
ヴァルテリア・アミューゼ。
かつて語られることのなかった『記録拒否者』が残し、そして最後に火にくべ消し去ろうとした、ほんの小さな、たった一つの言葉で締めくくられていた。
ヴァルテリア・アミューゼより、名も知らぬ愛しき貴方へ記す。
「ギグ・マーガの星に捧ぐ唄」
※これで第一部完となります。
そして明日以降、第二部を更新していきます。




