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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 九章 人は争う道を選んだ
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第九章6『世界で一番、悲しいキス』

 ※シルバー視点――マクガイア王城 大広間


 マクガイア王城、大広間。


 天井の星模様は静謐を纏い、壁際に控える騎士たちは空気すら動かさぬほどに沈黙していた。

 一歩でも動けば、その場が壊れる――そんな緊張が、場の隅々まで染み込んでいた。


 何かが始まる――誰かがそう思ってる空気。

 俺はマクガイア王の隣に控えながら息を吐きながら、一人別の事を考える。



 マーガの戦いに於ける、最終的な勝利の恩恵とは?



 マーガの戦いで最後まで生き残った国に与えられる、神の恩恵。

 だが空から宝石が降るでもなく、大地が金を吐くでもなく。

 そういうご都合展開は、歴史書には一行たりとも載ってない。


 もしもこれが勝った側が都合よく、語った後付けの妄想。

 仮にそうなら、この舞台どころか世界の流れ自体が壮大な茶番ってことに。


 茶番の世界の中で、更にハンデを背負う銀月の悲壮を唄う琴。


 シルバー・ヴィンセント。

 ギグ・マーガの星の民。


 何てな。

 そんなしょうもない事を考えながら、一人時間を潰す俺。


 マクガイア王が静かに手を掲げる。

 その合図とともに、広間正面の扉が開く。


「……客人の、ここへ」


 今日のマクガイア王は、あえて名を呼ばない。

 先ず、今日はマーガの星の民の持ち主の名を呼ぶ事なかれ。

 そんな約束の中で、儀式は進んでいく。


 扉の奥から、現れるのはひとりの少女。


 ミルカ・パントシア。

 エセイ・マーガの星の民。


 桃がかった赤毛をふわりと跳ねさせながら、堂々と、そして何時ものように両手にいかつい牛皮と金属で編み込まれた手袋を装備した状態で、歩き進む。

 貴族的な品格? そんなものは欠片もない。むしろ真逆。


 所詮、貴族どころか痛風怪獣桃色プギィィである。

 そんな事を考えている俺と、無言で目が合った瞬間、ミルカの目にあきらかに狩りの炎が灯る。


 ……あ、ヤバい。

 思った時には、すでに遅かった。


「ふんっ!」


 跳躍とともに、ミルカの跳び蹴りが俺の顔面に直撃。


「ぐおあああああああっ!!」


 鼻の奥に鉄の味、床を転がる俺。

 瞬間、騎士たちの鎧が一斉に鳴った。

 けどその緊張を切ったのは、マクレーン教官のいつもの低い声だった。


「静粛に。兄妹喧嘩のようなものです」


 ミルカは俺の胸ぐらを掴み、怒りのボリュームを最大にして叫んだ。


「てめぇぇっ! あたしのこと『銀に縋る女』って噂、どこまで広がってんだよッ!

 商店街でも吹きまくってんな!? てめぇ!」


 俺の鼻先に拳が再びめり込む。


「うぐぅ……や、やめろぉ……美男子の顔だぞッ!!」


「黙れ! ほら吹き銀色ォォォォ!!」



 ◇ ◇ ◇

 一時、後。

 マクガイア王は、自分の眉間を押さえながら、左手を翳した。


「……ハルメリオス騎士国の面々、ここへ」


 扉が再び開かれた。

 先頭に立つのは――漆黒の髪と髭面、老け顔でお馴染みの騎士。


 ディオン・バルザス。

 ギ・ガ・マーガの星の民。


 黒い眼差しには静かな覇気が宿っている。なお年齢は俺と同じ十六。

 ……嘘だろ。詐称じゃん、あれ。

 どう見ても三十代中盤だぞ。


『息子が十六歳です』むしろこっちのほうがすんなり収まる感がある。


 その後ろには、金髪ウェーブのセリア王女。

 身長高め、胸も高め、剣気も高め。

 姫という名を背負う人にも、また色々毛色があるものだ。


 そんな事を一人考える俺。

 ……でも、事件はその直後に起きる。


 先程のミルカとの騒動の中で、一本だけ漏れてしまった俺の銀糸。

 そんな銀糸が星に誘われ、宙を舞っているのに気づく。

 正式な場だ。きっとこのまま放置してたら、きっと悪さをする。


 そんな事を考えながら静かに巻きとるように指を跳ねる。

 すると身体が首根っこを引っ張られる様に、ふっと何かに誘われ、引っ張られるように浮く。


 風に誘われる、美男子(馬鹿)一人。


「……あ? うおおおおおおっ!?」


 そのまま宙を舞う、俺の体は――ディオンの方へ一直線。



 ディオンの顔面が近づく。唇が接近。



 ――もみゅっ。


 それは、世界で一番、悲しいキスだった。

 俺の中に残ったのは、意外と柔らかい唇の感触と、地獄のヒゲの感触。

 広間の空気が、そして俺の尊厳も静かに死んだ。


 ちなみにこの空気を一変したのは耐えきれなかった、ナディアの姉御。


「……ぶふっ!」


 ミルカもその場に崩れ落ちる。


「アハハハッ! なにあれ! 口吸い!?

 しかもハルメリオスの王女から寝取るとか、ぶはははははは!」


 その言葉に刺激されたのかセリア王女の怒号が、雷のように轟く。


「殺ぉぉぉぉぉすッ!!!!」



 ◇ ◇ ◇

 マクガイアの王は両手で顔を覆い、しばらくの間動かなかった。

 その姿は神に祈っているのか、それとも現実逃避しているのか……判断がつかなかった。


 先程の騒動が、ようやくひと段落。

 かと思ってたのに、あのディオンの許嫁のセリア王女が、震える声を絞り出す。


「や……やはり……ディオンはあの銀髪女装男の虜なのか……。

 もはや肉体だけじゃ飽き足らず、心まで……っ!」


 そんな言葉を零しながら、セリア王女の目元から、ぽろりと涙が零れる。



 ちなみに泣きたいのは俺のほうである。



 一方ラスティーナ王女は微笑みを浮かべたまま、こめかみに怒りの血管を浮かび上がらせていた。

 口元の笑顔は保ったまま。

 ……だからこそ、怖い。


 ルーシェは目を伏せながら、深くため息を吐いた。


「はぁ、相変わらず彼が動くと何で途端に、茶番が手足生やして踊るのかしら」


 散々な言われようである。

 ミルカはというと、腹を抱えたまま床で笑い転げていた。

 その間、俺とディオンはというと、もう魂が抜けかけていた。


 空っぽの視線。空っぽの心。

 広間の天井が、なんかキラキラしてた。


 マクガイア王が、声を低くして俺のほうへ告げる。


「……もう動くな。糸を使うな。喋るな」


「……はい」


 ちなみに、俺自身今回は本当に何もしていない筈なんだが。

 やはり俺のこのクソ星は、滅ぶべきである。



 ◇ ◇ ◇

 その空気を断ち切るように、マクガイア王が再び声を上げた。


「……最後にレスタリア聖域帝国。一団よ」


 広間の後方、重厚な扉が軋むように開く。

 現れたのは、赤と黒の礼装に身を包んだ使節団。

 堂々たる体躯の大公クロヴィスを筆頭に、各分野の代表者たちが列を成して進み出る。


 その存在感に、騎士たちがわずかに身じろぎする。


 レスタリア聖域帝国。

 神に最も近い地とも呼ばれるが、その実態はほとんど知られていない。

 その中心人物の登場に、さすがのセリア王女も目を細めた。


 王は一拍置いて、宣言する。


「これにて、各国代表および星の民を集めた、同盟協議最終決議に入る」



 ◇ ◇ ◇

 けれど、話はそれだけでは終わらない。


「レスタリアに関しての星の民は、現在、城外にて保護中にて。

 この場には不在と思ってもらいたい。」


 大公の言葉に、セリアが鋭く反応する。


「……保護中? この場に来ないのか?」


 その問いを受けた隣のラスティーナ王女が、横目だけで視線を送り、セリア王女の耳元へ口を寄せ、小声で語る。


「……後に詳しく」


 セリア王女は言葉を飲み込んだが、表情には疑念が濃く刻まれていた。

 あのセリア王女的には『もう一人、とある星がレスタリアより参加する』とまでは聞いていたのだろう。


 オルディーヌ・ラディセ。

 ヴィエル・マーガの星の民。


 この場で――

 ヴィエル・マーガの星の情報を知る者は、ほんの一握り。

 王、ラスティーナ、ナディア、大公、そしてルーシェに……俺。


『レスタリアに降りた星の名』に触れているのは、その六人のみ。


 本来であればハルメリオスともこの情報を共有すべきか、という議論はあった。

 しかし、どこからどこへ漏れるか判らぬ状況の為、一旦保留となり今日この場となった。


 マクガイア王は最後に、静かに言葉を重ねる。

 広間の空気が、張り詰めた弦のように静かに震える。


 公式には――

 これは、星の民たちの顔合わせを兼ねた同盟前段階の儀式。


 だが、こちらの真意は別にあった。

 星の民を集め、同じ場に置いたとき、星たちが互いにどう反応するか。



 ――共鳴か。衝突か。暴走か。それとも拒絶か。



 それを、王自らが見極めようとしていた。

 もし、星が拒絶し合う存在であるならば、同盟という構想そのものが破綻しかねない。


 ならば今ここで、確かめるしかない。

 それが、この儀式の裏に隠された真の意図。


 集まった星たちは、果たして……共に並び立つことができるのか。

 それとも、また新たな争いの火種になるのか。


 王の願い。それはこの場が静かに、そして平和的に事を終える事。

 ちなみになぜこんな真面目な事を、この俺自身が考えているか。



 それは、あの地獄のキスの感触を思い出さないようにするためだった。



 もう既に俺は、お家に帰りたいのである。


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