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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 八章 ラベンダーの君
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第八章8『この祈り、運命よ、我らを見届けよ』

 ※シルバー視点――レスタリア聖域帝国、修道院 


 修道院の前。

 静寂の中、俺はマリーと向かい合っていた。


 細身の長剣を握りしめた彼女は、一歩も退かない。

 その構えはかつて、あのディオンが示した正統の型とはまるで違う。


 その切っ先には流麗さよりも、抑制された殺意が滲ませている。


 マリーの剣は直線にこだわらない。

 銀糸で軌道を逸らせば、すぐに狙いを変える。


 手首、指先、足の関節。

 動きを封じる場所を、冷酷に穿ってくる。


 剣は滑る。まるで糸を梳くように。

 あるいは、俺の指を音もなく刎ねるかのように。


 その剣には、利への執念すらない。

 あるのは――壊すことだけに徹した、冷たい意思。


 理屈も美学も存在しない刃。ただ敵を止める、それだけの刃。

 その無機質な正確さに、俺の背中を汗が伝う。


 黒髪の編み込みが風に揺れ、眼鏡の奥の瞳は一切の揺らぎを見せない。

 殺意だけが、まっすぐに空気を切り裂いて届く。



 ……だが妙な違和感があった。



 マリーの動きに無駄はない。けれどその呼吸が、既にわずかに乱れている。

 その乱れは剣戟の緊張からではない。


 もっと別の――心の内に何かを押し隠しているような、微かなゆらぎ。


 そんな事を考えていると、正面のマリーが地を蹴った。


 長剣が一直線に、俺の急所を貫こうと迫る。

 銀糸で軌道を弾きながら、思わず声を荒らげた。


「ルーシェはどこだ!

 ……その血、お前の全身の血。

 それはまさか――ルーシェのものじゃないだろうな!」


 その叫びに、マリーは何も答えない。

 ただ静かに執拗に剣を振るい続ける。


 その無言の攻撃に、俺も応じるしかなかった。

 鋼が肩をかすめ、熱い痛みが走る。

 だが痛みよりも、その無慈悲な表情が胸を鋭く貫いた。


 糸がかすったマリーの肩や腕にも、いくつもの裂傷が走る。

 けれど、彼女は表情ひとつ変えない。


 やがて、傷口は白い蒸気に包まれ、何事もなかったかのようにふさがっていく。


「……その治癒力、ギグ・マーガですかか。厄介な星を背負っていますわね。

 ならば――四肢を切り離し、水瓶に封じてしまいましょう!」


 マリーが剣を握り直し、冷たい声で言い放つ。

 しかし、そんな言葉に俺は一つの考えに至る。



 ――ギグ・マーガについて、そこまで知っているのか。



 星の力で致命傷すら癒えるが、すべてではない。

 呼吸を奪われ、身体を分断されれば、再生は追いつかない。

 更に、星局の教官ですら滅多に口にしないであろう「禁じ手」を、彼女は把握している。


 だが……俺の星の特性上、マーガの星同士の戦いとなれば、いずれシリアスモードに至り、そして治癒はその恩恵を失う。

 だが、マリーの視点は、そこにまるで触れず、更にあてにもしていない。



 そこに着目していない時点で、この女はやはり『何かしらのマーガの星の持ち主』ではないという事か――。



 しかも、今の俺の傷の塞がり具合が……あのディオンとの戦いやミルカとのダンスの様な、何となくでしかないが、俺と相手の状況を計る気配が、まるで無い。


 ただ、無作為に傷ついた俺を、ただ癒す、治す。


 何てことないただの日常のように、ギグ・マーガの星の動きをただ繰り返す。

 息を吐き、銀糸をさらに強く張り広げるべく糸を伸ばす。


 そのときだった。

 修道院の奥から、何か――星の因果のようなものが、確かに呼んでいる。


 俺をここまで呼びつけたのはマリーじゃない、ここじゃない。

 ――修道院の中だ。ルーシェ……頼む、まだ生きていてくれ。


「……邪魔だ!」


 マリーの剣先を銀糸で絡め取り、一瞬の隙を突いて玄関へ駆け寄る。

 俺はその勢いのまま、思いきりドアを蹴破り半ば転がるように、薄暗い修道院の中へ飛び込んだ。



「ルーシェ! いるんだろ――無事なら返事しろ!」



 声が木霊する。しかしその瞬間、背後から足音。

 空気が裂け、マリーの長剣が一直線に俺の背を狙って振り下ろされる。


 反射的に俺は銀糸を張り刃をはじく。

 そして再度、そのまま距離を取って振り返る。


「すっこんでろメイド! ルーシェはどこだ!」


 マリーの目が見開かれる。そのまま彼女は血走った目で叫ぶ。


「私が――マーガの星の持ち主だああ!」


 怒号とともに剣と糸が火花を散らす。

 鋼の響きが聖堂に広がり、再び二人の攻防が始まるかと思われたその時。


 ぽた……ぽた。

 マリーの足元に、赤く、そして『新しい』血の水滴。


 もしや……この全身の血は、自分の?

 そんな事を考えていると、聞きなれた声が耳に入る。



「駄目ッ! それ以上その人を傷つけちゃダメ! シルバー!」



 響き渡る声。

 どこか奥から、必死に叫ぶルーシェの声が俺の名を貫いた。

 聖堂の奥。ルーシェが歩みを進めてくる。



 その姿は――無傷だった。



「落ち着いてシルバー。

 その人の、全身の血は……その人自身の血。

 貴方に会う前に、自分で腹部を刺したの」


 その言葉に息が詰まる。

 俺は思わずルーシェを見て、そしてマリーの身体に目を移す。


 ルーシェはゆっくりとこちらへ歩み寄りながら、言葉を続ける。


「……彼女は奥にいる本当の星の持ち主の代わりに、貴方と対峙して。

 そして――この場で死ぬつもりであなたとぶつかっているの」


 沈黙が広がるなか、マリーの呼吸が乱れ始める。


「嘘です! その女の言う事は嘘ですわ、私こそ本当の――」


 マリーが無理に声を張り上げ、長剣を再び構える。

 その瞬間、奥から静かな声が届いた。


「……もういいの、マリー」


 ルーシェの背後、暗がりから一人の女性が静かに姿を現す。

 どこか影を帯びた、静かな美しさをたたえた横顔。


 彼女は何も惑いを見せず、静かに俺の前で膝をつき、深々と頭を垂れる。



「……私は今代のヴィエル・マーガの持ち主。オルディーヌ・ラディセ。

 この命と引き換えに、どうかマリーの命を……どうかお助けください」


 その懇願の言葉に、俺の息が止まった。


 胸の奥が、熱く、脈打つ。


 星の因果が――確かに、蠢き加速し始めている。

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