第八章6『貴族よ、星よ、語れ因果よ』
※ラスティーナ王女視点――レスタリア聖域帝国 ラディセ公屋敷。
私の目の前に立つのは、レスタリア聖域帝国、大公――クロヴィス・ラディセ。
この帝国において、皇帝を除けば最上位にある貴族。
その眼差しと立ち居振る舞いには、どこか私の父に通じる覇気と、人を量る視線。
そして……この人も私の父と同じように、最愛の妻を早くに亡くしていた。
さらにはご息女――オルディーヌ・ラディセ様もまた四年前、流行り病に倒れたと聞いている。
だからなのか、大公の屋敷に漂う空気には、神聖で清廉な静けさと、どこかしら喪に通じる沈痛さを感じる。
まるでこの空間そのものが、記憶と哀悼を抱いて呼吸しているかのように。
澄み切った朝の光が大公の執務室に差し込む。
私は椅子に静かに腰を下ろし、対面に座るクロヴィス・ラディセ――この国で最も格式高い貴族の横顔を見つめていた。
今日のこの場は、マクガイアの王女として招かれた公式の場。
けれど儀礼の言葉の裏に張り詰めたもの――探られ、測られ、互いに試し合う沈黙が横たわっているのが、痛いほどに伝わってくる。
「このたびは、私どもマクガイア王国の使節団を丁重に迎えてくださり、ありがとうございます。クロヴィス大公」
控えめな騎士と共に、外交官は丁寧に礼を述べる。
背後ではラディセ家の家臣たちが、一糸乱れぬ姿勢で控えている。
「遠路よりのご来訪、感謝いたしますラスティーナ王女殿下。
貴国には、我がレスタリアもかねてより深い敬意を抱いております。
どうか、当地ではご不便なきよう」
一分の隙もない、抑揚と礼節に満ちた大公の応答。
だがその声音、その目の奥に言葉の鎧に隠された警戒の壁を私は見る。
――否、感じ取った。
「ご配慮、感謝します。
ところで、あの調査報告についてですが」
私は微笑を保ったまま言葉を紡ぐ。
「……あまりにも無作法。誠意ある応答とは到底思えませんが?」
一瞬の沈黙。だが大公の声はあくまで穏やかだった。
「真に申し訳ない。こちらでも『ルーシェ・カランディール』嬢の行方を追っておりますが、いまだ決定的な手がかりが得られておりません」
曖昧で核心には触れないまま。
だが、そこに込められたのは「これ以上は踏み込むな」という意思。
まるで、何かを――誰かを守るために言葉を濁しているかのように。
外交官が話題を転じるその隙を縫い、私は再び彼の鋼色の瞳を見据える。
(この人は……何を守ろうとしているのでしょう)
だが、これほどの硬直は最初から想定の内。
表向きは礼を尽くしながら、こちらもこちらで動くしかない。
シルバー様とナディアさんも、すでに別行動で調査を進めている。
私たちはこの国の外の者。
ゆえに拾える事実もあると信じて。
どうか――その行動が無駄になりませんように。
王女として、私も私の立場と権限を徹底的に行使させてもらう。
どれほど厚い壁を築かれようとも、このレスタリアの奥に潜む真実。
私は必ず、掴み取ってみせる。
◇ ◇ ◇
※ナディア視点――レスタリア聖域帝国 山中。
ルーシェ・カランディールがこの村で結婚式に出席したのは、ちょうど一か月前のこと。
当初の予定は年休を消化しての一時的な旅行。
だが帰還の報告はついに上がらぬまま。
最初は「何かの気まぐれ程度だろう」と、勝手に思っていた。
けれど沈黙が続くにつれ、胸の奥にざわつくものが広がっていった。
星局の名の下に外交ルートを用い、レスタリアに正式な調査を重ねる。
だが返ってきたのは「ただの行方不明であり、事件性はない」との冷たい文面。
私はどうにか理性を保っていた。だけれどもシルバーは違う。
書類の束を机に叩きつけながら、彼は怒りに燃える目で言った。
「――ふざけるな! このまま黙って見てろっていうのか!」
彼を抑えなければ、本当に単身でレスタリアへ乗り込んでいたかもしれない。
その目には星の光のような、怒りとも悲しみともつかぬ感情。
私は急ぎ外交部に掛け合い、そして王女の力を借りつつマクガイア王国としての使節団を整えた。
理性の外交――それを最後まで貫くために。
それがあの時のシルバーの激情と焦燥を冷ます唯一の手段でもあった。
だが今は、私も彼と同じような不安を抱いている。
ルーシェに、あの村で、何かがあったのか――。
なぜレスタリアは、あれほどまでに外部の干渉を拒むのか――。
(ルーシェ、どうか無事でいて……)
窓の外に広がる霞んだ空。私は拳を握りしめる。
すでにシルバーは使節団をも置き去りにし、単独で村へと向かっていた。
彼がどんな顔で、どんな速度で道を駆けているのか。
それを想像するだけで、私の心まで焦りに飲まれそうになる。
馬車は急ぐ。空気は緊張で張りつめ、普段ならありえないほど私達はその速度を速めていた。
そして――。
前方の道に、ひとり立ち止まる人影。
銀の髪、旅装。間違いない。シルバーだ。
何故か一人、道の中央でうつむきながら、胸を押さえている。
(まさか……何かの異常?)
血の気が引く。怪我か、それとも――何かしらの攻撃、若しくは干渉か。
「シルバー!」
私は馬車を降り、息を切らして駆け寄る。
彼は声に反応し、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には焦りでも痛みでもない。
ただ遠い何かを見つめるかのような神秘的な、空虚にも近い、何かが宿っていた。
「……どうしたの? どこか痛む?」
彼はしばし沈黙し、やがて前方の道。
――その先にある村の方角へと、静かに指を差す。
「……この先に、何かの星の持ち主が居る。
そして……俺は呼ばれている」
その声に私は息をのむ。
胸の奥にざわりと何かが走る。
呼ばれている――それはマーガの星の民の、理屈を超えた何かなのか。
それは星の民にしか分からない、引かれ合う重力のようなものか。
けれどかつて『ディオン』と戦ったあの夜とは……また何か。シルバーが見ている景色が違う気がする。
村の先を見つめる彼の瞳は、何かを――誰かを強く求めている。
私の理性より先に、全身が緊張でこわばる。
これほどはっきりと『呼ばれる』という言葉に漏れる、現象を目の当たりにしたのは初めてだった。
村で、今――何かが始まろうとしている。
その予感だけが、静かに、私の中で脈を打ち始めていた。




