第八章5『運命よ,われらに深きまなざしを』
※オルディーヌ・ラディセ視点――レスタリア聖域帝国 修道院地下室
今日の食卓には、少し異国の香りが漂っていた。
私は仮面を外したまま椅子に座り、テーブルに並ぶ料理を見つめる。
マクガイア風の香辛料の匂いが、ほんのりと鼻先をくすぐる。
隣にはメイドのマリー。
食器の並び方や配膳には、以前よりもどこか柔らかさが加わった気がする。
メイドが毒見を済ませ、私の前に皿を置く。
祈りの準備に手を合わせたとき、ふと足元に猫のふかふかさんが寄り添ってきた。
その首元には、見慣れない赤いバンダナ。
よく見ると、小さな刺繍で……文字が縫い付けられている。
「あら? ふかふかさん?
……誰かの飼い猫になったのかしら?」
「いえ……あの雑用女の私物らしいです」
綺麗に纏め上げられた、首輪を模した黄色いバンダナ。
ふふ、可愛らしいわね。あまり邪魔にならないように、少し緩めにもしてあるわね。
「家名まできっちり編み込まれてるわね……。
マクガイアでは猫も、家族の一員として扱うのかしら?」
問いかけると、マリーが静かに答える。
「そうらしいです。
そして、あの食事係の家名を重ねて、そういう名前をつけたのだと」
「そう……ならば、この子の名前も一緒に祈りを唱えておくわね」
私はそっと手を合わせ、祈りの言葉を口にする。
私の国、レスタリア聖域帝国は宗教が文化として様々な部分に、生活に根差している。
日々の食事の前に、神への感謝を。
己の名を掲げ、席を共にする家族の名を掲げ、祈るのが習わし。
「この食卓に恵みと平穏を。『オルディーヌ・ラディセ』
そして、新しい家族のこの子……。
『シルバー・ヴィンセント』に神への感謝を」
◇ ◇ ◇
※ルーシェ視点――レスタリア聖域帝国 修道院地下室
ふかふかさんの首元に、私のバンダナを使用し即席で作った手作りの首輪を巻きつけ、その端には、針と糸で小さく名前を縫い付ける――。
『シルバー・ヴィンセント』
首輪を巻いたふかふかさん――いや『シルバー・ヴィンセント』が、悠々と屋敷の中を歩いていく。
黄色いバンダナがよく映える。
その様子を見ていた黒髪のメイドが、ふと私に声をかけてくる。
「……その銀ネコの名前ですか?」
「ええ、自分の生まれ故郷のマクガイアでは、猫や犬に家名まで与えるもので、つい。
何かまずかったでしょうか?」
「……いえ、特に。好きになされば宜しいかと」
嘘だ、そんな文化はマクガイアの国には、無い。
そして私は日々の食事に、ときどきマクガイア王国流の味付けや、調理法を忍ばせてみる。
香辛料を多めにしたり、野菜や肉の煮込み方を少しだけ変えたり、パンの代わりに穀物粥を添えたり――そんな小さな違いを、そっと食卓に織り込んでいく。
この地下で暮らす私、ルーシェ・カランディールが異邦人であること。
それをこの地下の世界に、静かにゆっくりと印象付ける。
レスタリアとは違う、ほんの少しの文化の差異。
そんな何時もの生活との差異が、この空間に『在る』事を認識させる。
そんな文化的な差異を、自然な形にまで落とし込ませた空間。
そんな地下の世界に紛れ込んだ、一つの嘘。
マクガイアでは……飼い猫に家名まで与えるという、一つの嘘。
そして……レスタリアでは食事の前に、必ず祈りが捧げられる……らしい。
私の故郷のマクガイアでは、正直そこまで宗教は盛んでは無い。
十二歳の洗礼以外ではむしろ、教会に行く事すら熱心な人以外は、あまり無いんじゃないかしら。
家族の名を口にし、彼らの平穏と恵みを願うその習わし。
きっとどこかの貴族を思わせる、あのお嬢様も例外じゃないはず。
隔離された部屋の中でも、きっと同じように静かに、家族に身近な者の名を声にして祈っているのだろう。
その中に『シルバー・ヴィンセント』という名前も、何れ呼ばれるはず――。
この屋敷で家族として、迎え入れた新しい名前。
それがあのお嬢様の唇から、そっと祈りとともに紡がれる瞬間を想像してしまう。
あのお嬢様の名前、そしてシルバー・ヴィンセント――この二つの名前。
それを彼女自身が認識し、口にして、祈りの言葉に乗せて捧げるとき。
もしも、あのお嬢様が本当に『ヴィエル・マーガの星』の持ち主だったら――
その瞬間、運命は動き始める。選定は発動しシルバーとあのお嬢様が出会う方向へ。
ギグ・マーガの星、ヴィエル・マーガの星の因果が繋がっていく。
家族や身近な者の平穏を願う、ありふれた祈り。
けれど、その行為ひとつが、気づかぬうちに「出会い」への流れを生み出す。
そしてシルバー……貴方ならきっと、あの子と戦うことよりも救うことを選ぶ筈。




