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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 八章 ラベンダーの君
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第八章4『貴女はきっと優しいから』

 ※ルーシェ視点――レスタリア聖域帝国 修道院地下室

 壁の中に小さな穴をあけてから私は毎日、ほんのわずかな隙を狙い、そっとそこに耳を当てていた。


 けれど、タイミングは限られている。


 黒髪のメイドが地下から席を外しているとき。

 もしくは仮面のお嬢様の世話をしに部屋へ入っていった時だけ。

 その瞬間を逃さないよう、私は地下の静寂の中で気配をうかがい続ける。


 無論、穴越しの交流なんて無い。

 ただ、壁の向こうの気配を盗み聞くばかり。


 息を殺して、五感を研ぎ澄ませる。

 あちら側から聞こえてくるのは、ごく小さな足音、猫の爪音、誰かの短い溜息、時々のささやき。


 でもその日は、違っていた。


 メイドが部屋に入って行ったタイミング、私は壁の穴にそっと耳を寄せる。

 地下はしんと静まり返って、ほんの小さな音まで響いてくる。

 ふいに、聞き慣れた、そしてここで聞くことになるとは思わない、とある単語が断片的に耳に届いた。



 『……マーガの星』


 たったそれだけの言葉。

 その言葉の前後は聞こえなかった。

 でも、その言葉が頭の奥にずしりと私の中に残る。


 マーガの星――。


 私は反射的に星局管理室で覚えた、星の系譜や制度上のルールを思い返す。


 あのお嬢様は、きっと優しい人。

 私の命を奪おうとした護衛メイドを、静かに諫めてくれた。


 もし、お嬢様『何かのマーガの星』を持つ者なら?

 そのマーガの星のせいで、あの仮面を被っているの?


 もしかして、あの仮面は、マーガの戦いに巻き込まれないため?

 自分に枷をはめている?


 私は星局管理室の見習いだ。

 視界を制限しなければ危険な星の種類も知っている。


 思い当たるマーガの星は二つだけ。


 一つは「シ・ジョ・マーガ」。

 見つめる事で、相手の視覚と呼吸を捕らえ、固定する能力。


 もう一つが「ナロー・マーガ」

 相手の星の能力を目で見る事でコピーできる。

 一生に二つだけコピーし、扱う事が出来る、いわば「当たりの星」


 でも、ひとつだけ引っかかる。


 なぜ視界だけじゃなく『聴覚』まで遮断しているの?


 あのお嬢様との、最初の出会いを思い出す。

 私の声掛けを意に介さず、静かに仮面を取り外したあの出会い。


 仮面だけなら視覚の制限で十分なはず。

 それなのに、耳まで覆う造り。


 つまり「見てはいけないもの」「聞いてはいけないもの」両方を恐れているようにしか思えない。


 嗅覚は遮断していない。

 ラベンダーの香りを鍵代わりに使うくらいだから、むしろ大切な感覚になっている。

 普通に喋ることも確認済み。遮断しているのは、『視覚』と『聴覚』だけ。


 この二つの情報を制限する必要があるマーガの星。


 「まさか、いや、そんな……」


 不意に私は一人言葉が零れてしまう。

 星局で過去のマーガの戦いを分析した中で、一つだけ思い当たる星がある。


 ヴィエル・マーガ――。


 選定型の星。

 本名を知り、それを口にし、祈るだけで、その場にいなくても『二人の星の民』を強制的に戦わせる因果を発動させる。


 武器も要らず、ただ「選ぶ」だけの、最も危険で忌避される星。

 両者の本名を知り、声に出して祈れば、本人が手を下さずとも、運命は二人を引き合わせ、戦いが始まってしまう。


 星局の訓練でも「この星を持つ者は、世界の中で『最強のマーガの星』という認識となる」と教わった。


 その力ゆえに、本人が望まなくても星の戦いを操る『調停者』になってしまう星。


 本名を知られることが命取りになる。

 それ故に、世界は他のマーガの星に関わる者の、個人情報を徹底的に遮断する。


 直接会うこともなく、何も見ず、何も聞かず。

 ただ一人で静かな場所に籠もって――。

 そんな運命を背負わされているのかもしれない。


 そういえば、王やナディア局長も話していた。


 『今代のヴィエル・マーガの星の持ち主については、他国の星局側でも全く情報が出てこない』


 『他国では誘拐説や自害説まで出ている』と噂していた。


 それほどまでに、その存在は厳重に隠された状態。

 でも……今はまだ、これはあくまで私の推測にすぎない。


 ヴィエル・マーガの星かどうか、決めつけるには証拠が足りない。

 もっと確かな情報が必要だ。


 だけど、あのお嬢様の星の発動をこの目で見て、そしてこの地下から自分が逃げる道筋と、お嬢様を救う方法……それが一つだけ、あるかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎったとき、ふかふかの猫――ふかふかさんが、足元をすり抜けていく。

 まるで全部知っているみたいに、小さな猫用の扉をくぐり抜け、お嬢様の部屋へ静かに消えていった。


 私は小さく息を吐き、壁越しの静けさと胸の中の高鳴りを、じっと確かめる。


 だけど本当は怖い。


 私がここで動き、そしてその結果、あのお嬢様を、あの静かな部屋から無理やり外の世界――マーガの星の戦いという、争いの渦中に引きずり出してしまうかもしれない。


 それでもこのままじゃ、きっと彼女は一人きりのまま閉じ込められて、誰にも知られず、何も知らずに生きていくことになる。


 ……きっと、あの人は優しい人だ。


 だからこそ、周囲を自分の星の宿命に巻き込むのも怖い。

 それでも私は、たった一人、もしや、もしかしたら貴女を救えるんじゃないかと思える人を呼ばなくてはならない。


 シルバー・ヴィンセント。


 自然とその名前をつぶやいてしまう。

 未だ決断は出来ない。彼女を巻き込むべきか、このままこの地下に息を殺して生きるべきか。

 ……シルバーと会わせるべきか。


 ――彼も、そして貴女もきっと……周囲を悲しませるほど、優しい人だから。

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