表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 七章 夜よ
51/129

★閑話2−4話『終わりが迫る音の中で』

 ※デオブルグ帝国 星記録局 書記官視点



「私は、あの人の名前を知らなかった。

 だから――祈らずにいられた」




 56年前の帝国の記録によると、ヴァルテリア・アミューゼのもとには戦争終盤まで定期的に『その時、祈るべき二人の本名』が届けられていたとされる。

 戦場の喧騒が一段落し、各国の星の民が次々と姿を消していくなかでも、彼女の任務だけは変わらなかった。


 以前に提示された者の名、新たな候補者の名、あるいはどちらも既に知った名。

 また、どちらも見覚えのない名前。


 それが、何度も何度も繰り返される。


 ヴィエル・マーガの星の民――。


 本名を知った者同士が互いを知り、名を唱え、そして祈る。

 ただそれだけで、星はふたりを引き合わせる。


 朝に目覚め、用意された茶を口に含み、机の前で名を唱え、祈りを終える。


 それが一日の始まりで、それが一日の終わり。

 それが日常。習慣。まるで呼吸のように戦争を祈る。


「願うだけで誰かが戦う。

 それはもう、言葉に出来ない……ただの毒のようなものだった」


 彼女は己の星のことを、そう書き記している。

 その中に一枚だけ――彼女が決して願わなかった、空白。


 彼。

 他国より、献上されたマーガの星の民。

 名前を、本名を決して口にしない、ただ隣にいた人。



 ◇ ◇ ◇

「彼は、今日もくだらない話をしてくれた」


 季節の変わり目に乗る風の匂い。

 幼いころに作った風車の話。

 焼いた栗の皮がうまく剥けなかった日のこと。


「私はそれを、自分の記憶ではない幸福として受け取っていた」


「私の人生では、ああいう会話はなかった。

 だからこそ、どこまでも美しかった」


 帝国は、拘束された彼との接触を黙認していた。

 だが実際には、情が通えば本名を引き出せるかもしれない――

 そんな期待があった。


「たぶん、軍部はそう考えていた。

 でも彼は決して、自分の名を明かさなかった」


 だからこそ、彼女は祈らずにいられた。

 星を動かす条件が、そこにはなかったから。


「何も知らず、何も知られずに生きることが、こんなに楽だったなんて」


 これが彼女にとって恋だったのか、私にはわからない。

 だが、そこに情は間違いなくあったことだけは感じ取れる。


「彼は、誰でもなく、誰かに似ていて――そして確かにそこにいてくれた」


 この時の筆致に、少しの震えを感じる。

 私はただ静かに、ただ無言で見つめた。



 ◇ ◇ ◇

 記録局の記述によれば、この時点で、世界にマーガの星の民はこの限り。


 残り三名。

 どこかの星、ヴァルテリア、そして――名もなき彼。

 終戦は目前だった。


 テオブルグ以外の各国の中には、勝利の配分を睨みつつ、恩恵の享受を願いながら、あらゆる情報をデオブルグ帝国へと移し、どこかの星は徐々に追い詰められていく。



「気づけば私は戦うべき相手を、ほとんど失っていた」



 ヴァルテリア。

 彼。

 あと一人。


 それだけが、世界に残された『戦争を終わらせるピース』だった。



「何も起きない時間はいつか終わる。

 私はそれが、怖かった」



 穏やかな時間は決して永遠ではない。

 そのことを、ヴァルテリアは知っていたのだろう。



 ◇ ◇ ◇

 とある日、彼はぽつりとつぶやいた。


「……スノウリーフって知ってる? 僕の村の名前だよ。

 雪が降る、小さな国なんだ」


 ヴァルテリアは微笑みながら、何気なく返す。


「……いつか行ってみたい。二人で」


 それは日常の、ただの一場面だった。

 何の変哲もない夢の話。


 だがその、静かで幸せな束の間の時間。

 世界は、星は、神は――静かに終わらせようとしていた。

 そして数週間後、とある日の記録の末尾、そこにひとつの短い報告が追加される。



 ――第三の星の民、自害。



 それは終焉の合図。

 マーガの星の殺し合いは、いよいよ最終局面を迎える。


 ヴァルテリアと、名もなき彼。

 その二人の記録が最後にこう記されている。


『ヴァルテリア・アミューゼ』:ヴィエル・マーガの星。


『            』:ギグ・マーガの星。


 その時すでに、戦争という名の祈りは、狂気の終点に手をかけていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ