第七章5『舞ったのは糸か、心か』
※ミルカ・パントシア視点
「よく眠れた?」
その声に、あたしは目を開ける。
窓辺に立つナディアとかいうお姉さんの姿が朝の光を受けて浮かんでいた。
制服の折り目ひとつ崩れないその立ち姿はいつも通りで、やっぱりちょっとだけ怖い。
「……うん。なんか、あの後……ぐっすり。
気づいたら朝だし」
そう答えると、ナディアはほんの少しだけ口元を緩めた。
「……昨日は、吟遊詩人の唄が騒がしかったしね。
よく眠れたのなら……何よりだわ」
そう言いながらどこか安堵したような、不思議と嬉しそうな表情を見せる。
……なんでそんな顔するのさ、ったく。
「しばらく、こっちであんたを保護することになったわ」
「ふーん。変な国」
その返事にナディアは何も言わない。
あたしは布団を払いながら、天井を見上げる。
もう何も言い返す気力も湧かない。
「周りに挨拶しときなさい。
昨日あんたを運んだ連中もいるから、礼ぐらいは」
「はいはい。
ったく、あの銀髪が勝手に暴れたせいで……」
小さく文句をこぼしながら体を起こす。
視界の端に昨夜の残像がまだちらついている。
まだ頭の奥に銀糸が漂ってる気がして、思わず眉間にしわを寄せる。
◇ ◇ ◇
……恩恵のことも、ちゃんと説明してたんだ、あのバカ。
食堂で隣に座った兵士に、「一般人には影響ないって聞いてるよ」と言われた瞬間、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
まさか、あいつがそこまで気を回すなんて。
ほんと、バカなのに口だけは達者なんだな……。
……少しだけ、嬉しいとか、思ったけど。
「でもさ〜」
その余韻をぶち壊す声が、前の席から飛んできた。
「ミルカちゃん、シルバーさんに夢中なんでしょ?
って噂、すっごく広まってるよ?」
「『あたしは銀色の前だけでは高血圧』って、キャッチコピーもあるし〜」
「『あの態度は全部照れ隠し』だって、あたし感動したもん!」
は? ん?
そんなリリカルでキッチュな子、あたし知らないんだけど?
「『窓から飛び出すシルバーにメロメロ』って……もう、ミルカちゃん物好きねぇ」
「『倒れたシルバーを本気で泣きながら抱き締めた』って噂もあるよ!」
「『ずっと銀糸で繋がっていたいって言ってた』って……。
もう、完全に告白じゃん?」
誰だそんなファンタジー垂れ流してんの!?
「『訓練帰りのシルバー君を廊下で待ち伏せて、ねっちょりしようよぉ~』ってミルカちゃん、本人が言ってたって……」
あたしは笑顔を貼り付けたまま、何とか表情が崩れないように、全身の筋肉をこわばらせる。
あ、あれれ……何だか握力が爆増してないかな? なんだかこめかみもピクピクするしね!
いけない、駄目よミルカ、あたしは美少女ミルカ。
守ってあげたい系美少女ミルカ!
「あ、あはは、ち……ちなみにそのゲボ吐きそうなしょーもない話、ばらまいた奴、誰かな?
ま、まあ大体……わかっちゃいるけどねぇぇぇ!」
「ん? シルバー君本人だよ、ミルカちゃんの右手の説明と一緒に色々、他にも言ってたよね。
まあ当の本人は『フッ……まあマクガイアの万民を魅了する、美しき銀月だからな、ハァーッハ!』なんて言ってたかなぁ」
あ、あれぇ……な、何で少しずつ視界が赤くなってくるのかな?
だ、駄目よ、ミルカ……美少女スマイル美少女スマイル、美少女は乱れねぇんだよぉぉぉぉ!
「あ、あはっ……こ、困ったな。噂に一つの真実も入ってない時、何って表現すればいいのかな?
とりあえず、誰かあのバカ銀どこにいるか教えてくれない?」
大丈夫、あたしはまだ美少女。
美少女仮面ピンキーポイズンだ。
……いや落ち着け、そんなバカみたいな美少女は居ない。
そもそもあたしは世間的には、守ってあげたい系美少女ミルカ。
いけない、ダメよ、ミルカ。
可憐な美少女の仮面を取るのは、まだ駄目よ。
自分の奥歯から、地獄のケルベロスの咆哮の様な、歯ぎしり音が聞こえるわ。
いけないいけない。
もう! おっちょこちょいなんだから! 頑張れミルカ!
追い打ちのように現れる男兵士。
「あ! ピンキーポイズンさんっすよね!?
『追いかける恋が似合う女』って、あれ本当ですか?
なんか『見た目に反して、足に縋って泣く』って話もあって……」
その瞬間、あたしの視界が完全に赤く染まる。
◇ ◇ ◇
……ガシャン……ガシャン。 ドゴォーーーン!!
「シ ル バ ー の 馬 鹿 は ど こ へ 行 っ た !」
「雪で出来た蝶を探しに、北へ旅に出ると行って出て行ったぞ。
……あとその鎧と大斧はサンプルだからちゃんと後で返せよ。」
◇ ◇ ◇
※シルバー視点
ミルカの心の傷を――何て、そんな高尚なことじゃない。
ただ彼女に何かをすることは、もしかしたらあの日の俺を、少しだけ救えるかもしれない。
そんな気取ったことを考えながら、手を空へ掲げたまま、静かに立ち上がる。
他人からは、傷の舐め合いだって笑われるかもな。
まあどうせ「最弱」と「最低」のペアだ、やる事成す事「最悪」に決まっているさ。
ならば「最悪」の名の下に、神がお土産片手に泣いて土下座するくらいに、戦いを二人で荒らすのも面白いかもな。
そんな事を考えながら空を見上げる。
澄み切った青空の下、俺はマントを翻し空を駆ける。
さて、とりあえず……一週間程姿を隠すか……。




