第六章6『レディに優しくない奴はモテない』
※シルバー視点――マクガイア王城、闘技場。
銀糸に囲まれた闘技場。
月明かりの下、俺とミルカはまだ手を取り続けていた。
舞踏とは呼べないほどに、俺たちはすでに疲弊していた。
息は浅く、視界は滲み、全身が軋む。
それでもこの手だけは離さなかった。
いや、離せなかった。
ミルカは短刀を咥えたまま、狂ったように舞う。
その刃は、首を、肩を、腕を掠め、やがて血が滲むたびに体温が一滴ずつ抜けていく。
それでも俺は涼しげな顔を装ったまま。
銀糸を繰りながら、月下の王子を気取って。
銀糸と短刀。そんなふたりだけの空間に、不意に外の足音が割り込んだ。
「誰だこんな時間に……って、シルバー!?」
マクレーン教官だった。だがその声は遠い。
俺は、踊りに夢中だった。
ミルカの動きがさらに鋭くなる。刃が首筋を掠める。
あと数ミリで致命に届く――そのとき。
短刀が落ちる音。次いで耳元に囁く、笑いを含んだ声。
「あはっ……ねえ、そろそろ本気になる?
それとも、いっそあたしを殺してくれない?」
……やっぱりな。
こいつは、自分が誰かに殺される未来を選びに来たんだ。
俺は首を振る。銀髪が月光を払うように揺れる。
「冗談。俺は今、最高に楽しいんだぜ。
お前とのダンス、な?」
俺のその言葉に、ミルカの手が震える。
するとミルカは左手の短刀も後方へ放り投げ、俺の右手を同じ様に握る。
互いの両手は既に互いに支配された状態。
互いの握る力が強まる。
鼓動が手のひら越しに伝わる。
だが同時に、俺の内側で何かが崩れ始めていた。
頭痛、背中の痛み、手足の痺れ。
下腹部から突き上げるような熱――
ミルカは笑っていた。
楽しそうに、狂ったように。
「ほら、もっとリードしてよ。王子様ぁ」
そんな茶化しを交えたミルカの言葉。
しかし次の瞬間、ミルカが俺の首に噛みついた。
俺の首から血が噴き出し体が跳ねる。
しかし互いの舞踏リズムは崩れず、ますます加速していた。
踏み込みに迷いはなく、銀糸は俺の動きに従い、
ミルカの身体を空に舞い上げた。
血が円を描く。
俺の傷口から、白く蒸気が立ち昇る――ギグ・マーガの星がまだ、治癒を試みている証。
だが蒸気は今までのように勢いを持たない。
まるで星自身が、俺の覚悟を測っているかのように。
(――踊れ。躊躇うな、止まるな。
星が……今の俺の振る舞いを問うなら、答えは遊びで踊りだ)
マクレーンは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
そしてようやく発せられた声が、闘技場に響く。
「シルバー! お前回復が弱くなっている!
そのままだと……本当に死ぬ!」
その警告に俺は心の中で叫ぶ。
(ギグ・マーガの星よ。俺は今、最高に楽しんでる。
まさか――こんなことでシリアスぶって止まる星じゃないだろ?)
応えるように、星は迷いながらも、治癒の熱を微かに返してきた。
互いの呼吸が重なる。
踏み込みは鋭く、回転は深く、汗すらも同調している。
「あはっ、あはははは!
死にたいの!? バカじゃないの!? さっさと離しなさいよ!」
ミルカの笑みに熱が帯びる。
俺の体は限界を越えて、なお踊り続けていた。
全身を襲う倦怠感、そして眠気。
それらを切り裂く各所の痛み。
マクレーンが闘技場の縁に手をかける。
「おいおい、そんな野暮なこと、するなよ。教官」
視界が赤い。
多分、眼球のどこかが裂けたのか血が滲んでる。
「ミルカ、合わせろ」
「ちょ、ちょっと待って!
本当に、もう無理っ……! 離してってば!」
ミルカの身体は、もはや俺の脚運びで浮き上がっている。
その回転の勢いを借りて、一本の糸を弾く。
シュパッ!!
金属音と共に、闘技場の周囲に銀糸が格子状に張り巡らされる。
銀糸の檻。
その結界に阻まれ、マクレーンの動きが止まった。
息を荒げながらミルカが俺を見上げる。
「……アンタ、バカでしょ……ほんと、バカ……」
「バカは否定しない。
けど、優雅なバカってのは――案外モテる」
笑いながら俺は彼女の手を更に強く握った。
「さあ、ミルカ・パントシア。お前と俺の星が今、交差する。
これほどまでに浪漫と血が同居する舞台――他にあるか?
断罪の舞踏だよ。誇りある星を背負い、華麗に――殺り合おうじゃないか」
ミルカは目をわずかに見開き、それから皮肉っぽく笑う。
「アンタほんとムカつく……その調子で死ぬまで王子ぶってなさいよ」
そして、ふっと笑った。
その声には怒りも絶望もない。
ただ、ほんの少しの――興が混じっていた。
「まったく……レディに優しくない奴は、ほんとモテないんだから」
「上等」
マクレーンの声が届く。
「シルバー! やめろ、それ以上はダメだ!」
だが俺は静かに、ミルカに告げる。
「これは――お前のエセイ・マーガの星と、俺のギグ・マーガの星のダンスだ。
どっちが先にへばるか、試してみようぜ。
星同士の、意地と意地の削り合いだ」
ロマンスなんてものはない。
甘い言葉の交差もない。
そして見つめ合う、熱の籠った視線の交わりも……それは一応、微量かな。
血は流れる。
意識は、もうほとんど霧の向こうだ。
でも――この手はまだ離さない。
これがマーガの戦いだと、この場で俺一人が否定し続ける。
これはただの、美青年である俺と、鼻ホゲな小娘の、ただの遊びなんだと。




