第六章4『星は捨てられ、地に咲く』
※シルバー視点――マクガイア王城。
――訓練後、夜。廊下にて。
自分の中の『星』が、静かに軋むように蠢いているのを感じる。
体温、心拍、呼吸。
そのどれもが、ほんのわずかにずれている。
狂っているというほどではない。けれど違和感がある。
説明のつかない、じわりとした予感。
ディオンのときにも似た感覚があった。
まるで過去に経験した戦いが、血と神経のどこかで再生されているような――
そんな、既視感に似た現象。
未来を、誰かに先に見られている。そんな感覚に近い。
自分が選ぶ前に、選ばれているような理不尽な既定路線。
この感覚が、こうも騒ぐ理由。
それは――ミルカ・パントシア。
『エセイ・マーガの星』
彼女の存在が、俺の星をざわつかせている。
俺は一人、そんな事を考えながら廊下を歩いていた。
冷たい石床に靴音が反響する。
考えを止めるために、あえて音を立てていた気もする。
そして角を曲がった少し先。
俺の部屋の前でひとりの少女が、背を壁に預けていた。
ミルカ・パントシア。
しかしその表情には、いつものような軽さはない。
俺はそんな情景に楔を打つかの如く、声を掛ける。
「……美男子のお帰りを待つとか、乙女としてはわかるけどな。
その顔構えじゃあ、少し色気が足りねぇな」
こっちの心を誤魔化すように、あえての軽口。
だけど、そんな俺の言葉にミルカの目は凍ったままだ。
「……あたしの国の人たち、今すぐに帰るんだって」
足が止まる。少しだけ、心臓の音が大きくなる。
「は? 俺の許可なしに? 確か来賓の部屋だったよな?
今からそいつら全員のズボンぶっ飛ばしてや――」
「――あたしを置いて帰るんだってさ」
ミルカの声は妙に静かなままだった。
その落ち着きが、余計に現実感を際立たせる。
「この国に預けるのが最善ってさ。
最弱の星にその貧弱な身体で抱かれてろ……っても言ってたな。
あたしのことずっと病気の元みたいに扱って、近づきもしないくせに。今さら」
「……冗談にも程があるな」
「でも、まあ……自覚はあるし。
あたし自分でもそういう存在だったと思ってる。
最初から、居場所なんて無かったし」
ミルカは肩を小さく揺らした。
苦笑に見えるけど、それは何かを噛み殺した後の静けさのようだった。
「……気にしてるのか?」
「気にしてないって言えば……気にしてないってことになるの?」
「ならねぇよ。お前さっきから目が泳いでる。
何なら俺が、お前の鼻の穴に指突っ込んだときの方が堂々としてた」
「何よそれ……意味わかんないし」
そう言いながら、ミルカは少しだけ笑う。
力の抜けた笑顔。子供のような顔だった。
「でもさ、こうやって放り出されるのも、案外気が楽かもね。
『もうどうでもいい』って思えるの、ひさしぶりかも」
彼女の指先が宙をなぞっていく。
何かに触れたそうで、でも触れられなくて。
居場所を求める蝶の羽ばたきのように、宙をさまよっている。
「だから……せっかくだしクッソ暴れてやろうかなって思ってるの。
派手にやって『やっぱりアイツは失敗だった』ってのが理想形かな」
「……手間かけるな」
「そういうのが好きなの。
意味があるかどうかより、自分にしかできないことの方が大事」
そう言ったとき、ミルカの顔がまるで、泥だらけの子供のような笑顔になる。
真っ直ぐで、不器用で、どこか羨ましいくらいに本気の笑顔。
「――というわけでせっかくだし、男と女として……ねっちょり交ざろうよぉ」
「ねっちょりとか言うな。交換日記からがお勧めだな。
しかも相手は美男子だ、自慢できるぞ」
「いいじゃん。どうせあんたも感じてるでしょ?
血が騒ぐ、魂が疼く……うーん、所謂『知っている』ってやつ」
……確かに。俺の中にもある。
こういう運命、流れを予感と呼ぶには弱すぎる不思議な感覚。
「否定はしない」
その一言に、ミルカがわずかに目を見開き――
そして、すぐに肩の力を抜いた。
「へぇ素直。その方がちゃんとカッコいいよ。
まあ喋った瞬間にバレるけど。中身が糸バカ変態ナルシスト」
「悪態が渋滞してるな」
「あたしはもう、自分のどこまでが演技でどこからが本音か、わかんなくなるときあるの。
でも――今から言うのは、本当のあたしの声」
彼女の視線が窓の外に流れる。
夜の闇は深く、どこまでも静かだった。
「――あたしと殺し合え。そして目の前の星を狩り合え。
それが『神に選ばれた者の戦い――マーガの運命だ、なんてね」
そのミルカの言葉には、もはや演技も嘘もなかった。
ひとりの少女が、ここで『何かになる』と決めた決意の言葉。
その光景が、俺の胸に焼きついていく。
それはまるで、見捨てられた星が誰にも見えぬ、地中で一つ揺れている。
そこは咲けるわけもない場所。それでも咲こうと、ひとり足掻いている、一輪の花弁のように。
※参考までに
◇ ◇ ◇
ミルカ・パントシア
所属国:現在マクガイア客人
年齢:16歳
身長:152cm
髪の色:ピンク(ショートボブ)
瞳の色:ピンク
体型:小柄で筋肉質。本人は胸が小さい事を、少し気にしている。
星:エセイ・マーガ
※エセイ・マーガの星詳細
握手したマーガの星の民に対して、生活習慣病的な症状を永続的に与える(高血圧・糖代謝異常など)。ミルカ自身が死亡しても効果は解除されない。
※マーガの星の民以外に効果なし
備考:その最低すぎる恩恵のため、他国では非常に警戒されているがギグ・マーガにあまり効かない。通称「最低の星」




