第六章3『片翼の天使、天へ昇る』
※シルバー視点――マクガイア王城。
――未だ、突っ込んでいた。
俺の眼前に広がる虎穴と龍穴に挑みし、白きフォルムの片翼の天使たる俺様。
別の言葉に言い換えると……俺の右手の中指と人差し指がこのピンキーポイズンの鼻に刺さって……恐らく一分。
俺とミルカの二人の間に緊張が走る。
この目の前で吊るされた、解体場に吊るされた肉の如きミルカは俺の呼吸を手繰っている。
そう……こいつはこいつで今の状態をどうすれば良いかを手繰っている状態。
まず先手――俺。
片翼の天使が空へ更に舞い上がる(鼻に指ブッ挿した右手を更に上げる)
ガッ!
ほう……そこに目を付けたか。
俺の銀界中枢に膝を突き立て……ッ!……うごっ。
こいつの膝に迷いが無い。つまり開き直ったか。
フッ……いいだろう、ならばその膝の動きを利用し、俺は更に奥義を決める。
俺の片翼の天使が今、天へと昇る……。
さあもっと動け、だがそれが貴様の最後の刻。
俺と此奴の呼吸が重なり始める――。
フッ……いいのかこのまま、二人シリアスモードに行っちゃって。
いいだろう、これが俺とお前の物語の始まりだ!
――今、そうここが俺の領い――
「いい加減にしなさい、このバカ」
「ぶろおっ!」
気が付くと、俺の脳天にナディアの姉御のペンが突き立てられていた。
というかいくら俺が不死身でも普通はこんな『脳天ペン』なんて戸惑うだろう。
突き立てられる角度にも力学にも、全てに迷いが無い。
やはり姉御。頭のねじと配線、その他モラルや常識をいくつか母親の胎内に忘れて来てるな。
「……シルバーあなたね、ディオンとあんな死闘繰り広げて二日後にこれ?
その状態でシリアスモードになんて入ったら歴史書になんて書くの?
『バカ、鼻の穴に指を突っ込んだまま、互いにシリアスモードに至る』
後年にもしもそんな報告書出されたら、私なら無言でゴミ箱に突っ込むわね」
……確かに末代までの恥、間違いなしか。
そこでアラン王から相変わらずダンディな、趣のある低音ボイスが響く。
「ふふ……面白い。
そもそもシルバー、貴様の提案悪くない」
ほう流石ダンディ。男たるものかくあるべき。
「フフ……そうであろう。
我の想いを理解したか」
ドスッ!
俺の脇腹に、真顔で拳を打ちこむナディアの姉御。
「余計な茶々いれない」
「はい」
そして我は素直なのだ。
◇ ◇ ◇
王はすっと立ち上がりながら窓際に身を寄せ、外の風景を眺めるように俺とミルカの二人をもう片目で見据える。
「……過去、歴史に残る幾多のマーガの戦いは『最強の星、ヴィエル・マーガ』の存在を軸に個人の力量、星の恩恵、地理要因。
そして最後に政治能力をもとに、争うのがこれまでの戦いであった」
その言葉に、俺と姉御は無言のまま息を呑む。
「……だが今代は、ヴィエルの顔が見えぬ。どこに国に居るかも不明。
という事はそれ以外の比重が増すという事。即ち――
シルバーにはシルバーの、星には星の、そして政治と政治の戦いの価値が増すという事」
そんな言葉を唱えながら、王は静かに腕を組み完全に俺とミルカに背を向け、外を眺める。
「シルバー。そしてミルカ嬢」
赴きと声のトーンに返答すら出来ない俺と、ミルカ、ナディア。
「此度の決断は二人に任せる。
組みたくば組め、破談にしたくばすれば良い。
どの決断に於いても、出来得る限り最善の援護はさせて貰う」
「……勝ち残れという言葉はあえて使わぬ。
だが一日でも長く生き残れ。その為の支援は惜しまない」
そんな言葉を言いながら王は振り返りつつ、ドアのほうへ向かう。
「……此度の同盟の意図は……ただどちら共に一日でも長く、この世界に生き残れる為のもの。
他意は無い」
扉の前でふと、王は歩みを止める。
背を向けたまま静かに、そして言葉をここへ置いていくように、静かに言葉を紡いでいく。
「……ラスティーナが生まれた朝、妻が笑っていたのを思い出す。
あれが……彼女の、妻としての最後の笑顔だった。
儂が父として喜びを抱けた、ほんのひとときの後、だった」
一拍、置いて。
「――残された者はそれでも何かを背負い、朝を迎え続けねばならん。
そういう役回りなんだろう……儂は」
それだけを残して王は静かに部屋を出ていった。
あの王は、王としての振る舞いはともかく肝心な所は人間臭い。
まあ……だから信頼できるし俺も嫌いじゃない。
むしろ好きな部類の人だ。
ふと気づくと、ナディアの横顔にわずかな陰が差していた。
普段は揺らがぬ氷の面のような表情。
感情を見せないことで知られるその頬に――
今だけはかすかな翳りと、静かな悲しみの気配が浮かんでいた。
何かを思い出すように目を伏せるその姿は、王の言葉が胸に残したものを確かに映していた。
俺は声をかけなかった。
ただ彼女がそうして立ち尽くす理由がなんとなく、わかる気がした。
あ……まだ指突っ込んだままだった。




