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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第三部 三章 交差する銀と金
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第三部五章6 『金色の糸、銀色の光』

 ※シルバー視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場


 篝火は呼吸のように揺れ、赤い光が砂を薄く撫でていた。


 夜風が甲冑の縁を鳴らし、輪の外の気配まで微かに震わせる。

 音の底で、俺とカイルの影だけが向かい合って止まる。


 互いに見つめ合う。


 カイルは剣を構えず、両手を腰にあてたままこちらを射抜いている。

 間合いは片足一つぶん。軽く腕を振れば互いの急所に届く距離。


 それはまるで、互いの礼と闘志を、境目に置いた距離のよう。


 カイルの右目には金属製の眼帯。

 キャンディ曰く、目玉そのものを抉り取られているから、いかにあの緑の治癒でも視力は戻らないらしい。

 片眼の闇は深いはずなのに、炎の反射を受けた左の眼差しは、揺れよりも静けさを選んでいた。


 俺も同じく、構えない。銀糸も仕込まない。

 ただ同じように腰に手を置き視線だけを渡す。


 呼吸の高さと足裏の砂の湿りで、次の一手の順番を測りながら。


「……ようやく、か」


 カイルの低い声が夜に響く。


 この一か月分の乾きを、随分と短い言葉で済ませる男だ。

 自然と俺も、口角をあげながら、カイルへ言葉を返す。


「ああ、ようやくだな。んで体調はどうだ? 

 せっかく回復したのに、またベッドに配達されるというのはあまり宜しくないんじゃ?」


 冗談の薄皮の下で、こちらの鼓動が少しだけ速いのを自覚する。


「ああ、そこに関しては団長は心配いらないからな。

 一応、治癒が止まりかけたら団長のズボンを下げて、また回復出来る様にしてやろう」


 互いの眉間に皺が寄る。篝火がぱちと爆ぜ、向こうの輪で鈴が短く鳴る。

 向こうでバラッドとミルカの刃の気配が重なり、砂の擦過が拍を刻み始めた。


 夜の舞台は、同時に二つ回る。


「……とりあえず」


「行くぞ」




 ――スパァン!


 互いの言葉が合図になる。

 互いの右手が唸り、拳が風を切った。


 二本の線は空中で交わる寸前にすれ違い、砂だけを掬って過ぎた。踏み足が半身ぶん滑り、間合いが一拍でほどける。


 カイルはそこで初めて剣を抜いた。

 片眼で刃の線を正面に、半身の状態で呼吸の高さと柄の角度をぴたりと揃える。


 欠けた視界の分だけ余計な揺れが消えている。やはりそこは剣士か。


 俺は指をほどき、銀糸を夜へ伸ばす。

 篝火の赤が細い線に宿り、互いの呼吸と闘志の境目を、縫い留めるように広がる。


 輪の外の鎧が同時にほんの少し重く沈黙した。

 火粉が星の欠片みたいに舞い、砂面の赤が淡く揺れる。


 夜はその瞬きを待っている。




 ◇ ◇ ◇

 ※カイル視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場


 ――スパァン!


 俺とシルバー団長の右腕が交差し空を切った拳がすれ違い、互いの腕の関節がぶつかり合った。


 引き合う力をほどくと同時に、俺と団長は互いに間合いを取る。

 闘技場の砂がわずかに鳴り、篝火の息がその隙間へ流れ込む。


 細身の見た目に反して、シルバー団長の突きは重くて速かった。


 肩と腰が同じ拍で回り、芯が一度も揺れない。

 体幹を絞り切り、鍛えぬいた者だけが持つ回転、と俺の骨が告げる。


 俺は半身に開き、中段で刃をまっすぐ置いた。

 肺に一度だけ深く風を通し、視界の枠を狭める。

 片眼でも焦点の深さは残る。いまはそれで足りる。


 この一か月、何度も同じ実験を繰り返した。


 ――俺のシ・ジョ・マーガは片眼でも有用か。


 それだけを確かめるために何度も実験を行い、そして呼吸の数まで刻んだ。

 これまでは俺の両目で相手の視線を固定し、次の拍で呼吸を絡め取る。

 だがいまの俺は片目のみ、それでも誓約は角度と距離が合えば届く事は判った。


 まず、視界の固定は出来る。


 片目だけの縛りでも、脳はもう片方の視線を無理やりに連れていく。

 生き物は、片方を止められれば両方が止まる。


 逃げようとしても、命じるより先に身体が躊躇う。

 ならばこの星、シ・ジョ・マーガの星は、まだ戦いに有用だ。


 団長の腰と両手から、銀糸がふわりと広がった。

 篝火の光を吸い、夜の目地へ細く縫い込まれていく。


 背後で鈴が澄み、風が二度ほど裂ける。


 間違いなくバラッドとミルカが交差し始め、その金属音が跳ねたのだろう。

 音の粒が場の呼吸を揃え、広場の温度が少し下がる。


 篝火の揺れに合わせ、影がばたばたと走る。


 地面に描かれる線は、まるでそのまま闘志の象るかのように、乱れ、暴れ、昂っていく。


 剣先をわずかに寝かせ、団長の肩線と視線の角度を測る。

 片眼の焦点が吸い付き、胸骨の奥が静かに熱を持つ。

 誓約に入る一拍前、世界の輪郭が薄く締まった。


 団長の指が小さく割れ、糸の弦が音のない深呼吸をした。


 背では鈴、横では刃の擦過、前では糸のさざめき。

 音が三つ、呼吸が一つ。



 互いの臨界は、とっくに越えている。



 俺とシルバー団長の駆ける音が、闘技場に響き渡った。


 月明かりを纏い、俺の剣の銀色が銀色の光沢を放つ。

 篝火の色を纏い、シルバー団長の糸が、まるで金色の輝きを示す。


 金と銀が、交差し始めた。

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