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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第三部 三章 交差する銀と金
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第三部五章5 『最弱、最低の二人』

 ※シルバー視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場


 篝火の輪に影が四つ、互いに二対二で向かい合う。

 俺とミルカ、そして向こうはカイルにバラッド。

 夜風が俺のマントの縁を揺らし、砂に赤い光の揺れが走った。


 そこへ俺に近づき、短刀をくるりと一回転させ、逆手に取り俺へ声をかけるミルカ。


「面倒だし、二対二でいいんじゃない?」


「……ま、待ってくれ、血が止まらない。」


 ちなみに俺は吐血中、口の中に鉄の味が広がる。

 さっきミルカに奥歯をガタガタにされ、ただいま絶賛吐血中である。


 いつか鼻血が出るまで、このピンキーポイズンの鼻に俺の指をねじ込んだる。

 だが今は言わない、何故なら言ったら殺される。


 カイルは剣を携え、半身で静かに構え直した。

 背を合わせる位置にバラッドが入り、槍を斜めに寝かせて鈴を小さく鳴らす。


 音が澄んで、夜の輪郭だけがくっきりする。


「こうなる流れか、仕方ない。」


 俺は指を開き、両手を交差させるように半身で構えた。

 背中で気配を合わせるように、ミルカは右手に短刀を握り、もう一本の短刀の柄を口に咥える。


 桃色の髪が火粉をはじき、刃に桃を映し出す。


 観客の騎士たちにも伝わったのだろう、ざわめきが一段沈み、息の音だけが揃っていく。

 誰もがこれからを察して、声をあげるのを止めた。


「最弱と、最低の俺達だ。どうせやるなら最悪までとことんだ、なあミルカ。」


「……」


 返事はない。短刀の柄を咥えているせいか、それともわざとなのか、代わりに左肘が無言で俺の脇腹へ刺さる。

 うっ、と情緒のない痛みが走り、背筋が勝手に伸びた。


 いいだろう。最弱と最低で十分だ。ならばこの夜を、誰より格好よく塗り替えてやる。



 ◇ ◇ ◇


 再開は、言葉のない静けさで始まった。


 篝火の息だけが揺れ、四つの影がわずかに沈む。

 砂の上、足裏の角度が一歩ぶん詰まり、同時に間合いが縮む。


 先陣を切ったのはミルカ。腰が僅かに落ち、踵が弾む。


 俺はその瞬間、右手の合図で銀糸を解き、彼女の腰へそっと絡めた。


 たわみが合図とし、ミルカの身体をふわりと浮かせ、矢のように弾かせる。

 カイルの頭上を軽々と越え、火粉の軌跡を引く。


 ミルカの横顔は落ち着いている。

 やはり理解しているのだ、この糸の癖も、俺の癖も。


 着地の先はバラッド。

 右手の短刀と、差し上げられた槍の柄がぶつかり合い、乾いた火花が弾けた。

 鈴が一度だけ澄んで鳴る。ミルカは刃と槍の衝撃を離しざまに体躯を沈め、次の視線をカイルへ戻す。


 ミルカの意識の方向が変わる気配。


 もう一度だ。俺は指を返し、再度糸を繰り出す。

 腰の環を少しだけ締め、跳ね上げる角度を浅くする。

 ミルカの身体が再び宙を切り、夜空を舞う様に、カイルの真上。


 ――そこへ座標を落とし込んだ。


「ここだっ!」


 バラッドが俺の糸を読み、槍の柄で正確に当ててきた。

 糸の支点が鳴り、張力が乱れる。


 ――だが想定内。


 俺は即座にテンションを抜き、たわみを落差へ変えた。

 浮力が消え、ミルカの影がすとんとカイルの頭上へ落ちていく。


「カイル! 俺を見ろ!」


 呼気で投げるように俺は声を打つ。

 カイルの片眼と俺の視線が、一瞬だけ交差した。


 その刹那で十分。


 視線が割れた瞬間、シ・ジョ・マーガの星への意識を一旦かすめ取るだけの間が生じる。


「クソッ! バラッド油断するな! 連携は俺たち以上だ!」


 ミルカの短刀が弧を描き、火粉を散らしながらカイルの頭上へ振るわれる。


 舞台に響き渡る金属音。

 カイルは剣を立てて、ミルカの短刀を受け、払う一手へ滑らかに繋ぐ。


 その隙を見た俺は、そのまま砂を蹴り半身でバラッドへ間を詰めた。

 その間合いを詰める勢いのまま、最短の線で突きを放つ。


 義手が鈍い光で角度を作り、俺の突きを斜めにいなす。

 反撃の槍が風を裂いて戻り、頬を掠めるのは、槍の金属の冷たさ。

 鈴が短く震え、間合いの拍が噛み合った。


「バラッド、俺の糸はそんなに安直じゃない、そう言った筈だ」


 指先で合図を切る。


 バラッドの槍を振り下ろす上半身の流れ。

 その反動を受け止める下半身の力の流れ。


 俺はそれぞれの力の流れを『加速』させる様に、糸を引いた。


 張力が重さを前へ弾き、バラッド本人が意図しない体幹の乱れに、ただ流される。


「ぐおっ!」


 砂が跳ね、バラッドの影が一回転で崩れる。

 落下線に沿って銀糸を走らせ、肩、肘、膝、踵へ輪を掛けた。

 締めは浅く、だが逃れられない深さで留める。


 編み目に篝火の赤が宿り、光の線が闇の幕へ浮いた。

 観客の息がひとつ沈み、夜の温度がわずかに下がる。

 義手の指が砂を掻き、鈴が控えめに鳴った。


 バラッドは顔だけをこちらへ向ける。

 口元にわずかな笑み、目は静かな熱を湛えている。


「……まさか、近接戦にまで団長の糸が使えるとはな、だが――こちらには……近接の雄、カイルがいるぞ」


 その言葉と同時に、俺とバラッドの間に一人の男が入り込む。

 ――カイル・ノルデイン。


 やはりやらんとダメかねぇ。

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