第三部五章4 『俺達は何の為に戦うのか』
※カイル視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場
篝火が山風に揺れ、赤い光が砂を染める。
輪の外では鎧の列がざわめき、遠くで団長とバラッドの音が交差した。
俺は柄を握り直し、正面の相手に身体を正す。
「こちらもそろそろ始めるか、ミルカ」
刃は模擬戦用で潰してあるが、受け損ねれば骨は折れる。
一本鋼の重みは嘘をつかないし、ここで退く理由も無い。
というか、女性にしてはやはり細身が過ぎるのでは、と一瞬よぎる。
……ふむ。
「おいボケ金。何かいらん事考えてるだろ?」
「ああ……いや、戦いの最中にすまない。
やはり本当は、君は少年ではと思考していた、すまない」
「少しは誤魔化せやボケがぁぁぁ!」
砂を裂く踏み込みと共に、ミルカが俺に一息で迫る。
短刀二本が十字に滑り、低い重心から伸びる刃に、全身の体重を乗せ、更に間合いを緩やかに削り取っていく。
俺は剣を立ててその短刀を正面で受け、肩で圧を殺し、足で衝撃を逃がした。
乾いた痺れが腕に残る。互いの刃は潰しでも、俺の剣は一塊の鋼。
それでも怯まず踏み込むとはな、随分と肝が据わっている。
「だが、それでも俺は……引けないのだ!」
狙いは向こうの瞳、シ・ジョ・マーガの星の視線拘束を行うべく、俺は呼吸を整え、彼女の双眸を正面から捉える角度を計る。
篝火の爆ぜる音が遠のき、一拍だけ世界の枠が締まった。
「――あはっ、皆ありがとー。あたし頑張るね!」
次の瞬間、ミルカはくるりと肩をひねり、篝火の輪の外へ手を振っていた。
整然と並ぶ騎士の列がどよめき、ピーピーと口笛と野太い声援が舞台を覆っていく。
――やはりこの手の戦いに、ハルメリオスの騎士たちも士気が上がるのだろうか。
俺も……異国の者とは云え、世話になって居る身。やはり礼は大事だ。
とりあえず、俺も周囲に手を振ってみるか。
「すっこめやヴォケー!」
「ミルカちゃんに怪我させたらブチ殺すぞコラァ!」
「ミルカちゃーん!」
……理不尽だ。
◇ ◇ ◇
ミルカは背を向けたまま、篝火の熱だけを肩に受けている。
細い背中がわずかに揺れ、こちらの気配を量るように止まる。
「アンタの星って、視線を合わせれば、視線を拘束出来る、だっけ?」
「ああ。それが俺の星『シ・ジョ・マーガの星』だ。」
俺は柄を握り直し、剣先をいったん落としてから正眼へ戻す。
呼吸を一度だけ深く通し、間合いと角度を身に沁み込ませながら。
火粉が跳ね、桃の髪が赤く瞬く。
ミルカは両肩をすくめ、鼻で笑うように顎を上げた。
「あはっ、束縛しちゃう系?
やだなあ、あたしみたいな美少女ガン見して、視線を逸らせなくするなんて、それって――」
くるりと身をひるがえし、正面へ向き直る。唇の端に軽い笑みを零しながら、刃だけは落とさない。
「……浮気? リアナに言っちゃおうかな? あはっ」
俺は無言で一歩踏み、切っ先をわずかに上げる。
「安心しろ。」
その一言で、ミルカの笑みが消える。
足が止まり、短刀が静かに構え直された。篝火が爆ぜ、夜気が締まる。
「俺は子供には興味は無い!」
「こいつブチ殺したらぁオラァ!」
夜の闇に、ミルカの気合が込められた、雄たけびが轟く。
そして両手の手袋を一気に外し、背後へ投げつけた。
どうやらミルカもまた一人の誇りある戦士なのだろう、子供呼ばわりはまずかったか。だが好都合、これでようやく……本当の戦いが始まる!
俺の信念、星断ちの剣を以て!
そんな事を考えている俺の背後から、バラッドと団長の声が耳に入る。
「……あいつすげぇな、ナチュラルにあのミルカを罵倒してるぞ」
「彼は恐らく、リアナ以外の者は目と鼻と口の数、あとは細いか太いかでしか見分けていないと思われる」
――二人の声はよく聞こえぬが、きっと俺達の気迫に感銘を受けているに違いない。
◇ ◇ ◇
※シルバー視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場
「はぁ、悪いがバラッド。ミルカがキレて手袋取っちまった。
いい感じに盛り上がってる所なんだが……カイルと変わる気は無いか?」
「まったく、団長の糸繰りは参考になるというのに……仕方あるまい。
流石に彼女の星の恩恵を、エセイ・マーガの星をカイルに被せる訳にはいかぬか……」
そう呟くバラッド。
その言葉を耳にした所で俺は糸を繰り出し、カイル、バラッド、ミルカの腰回りに銀糸を絡ませ、宙へと舞い上げる。
「ほう! ははは、成程こういう視点で団長の銀糸の妙技を味わうのも悪くない!」
「はしゃぐなよ、バラッド。さて仕切り直しだ、互いの相手を変えるぜ!
こっちへ来い! カイル、お前の相手は最初の予定通り、この銀月が――」
不意に星が瞬く。
それと同時に、俺の放った銀糸がわずかにたわみ、張力と呼吸が半拍ずれ、編み目に微かな波。
演出か誤差か、その刹那だけ夜景が冷たく揺れた。
そしてこの俺『紅き断罪・銀月の夢』の目の前には――
痛風怪獣、ミルカ・パントシア。
「フッ、どうやら今宵の星は瞬きが激しいようだ、正に困ったちゃんだな」
「テメェ、このままやんのか? アァん?」
怒りの矛先を見失い、そのままこの俺へ八つ当たりの如く、怒りをぶつけようと短刀を構え、街の愉快なチンピラの様な表情で、俺を睨むミルカ。
その状況に、仕方なく俺は無言で、謝罪の意を込めて、静かにミルカの鼻の穴に指を突っ込むのだった。




