第三部五章2 『夜を裂く金と赤』
※シルバー視点――ハルメリオス騎士国、山間の広場
「フッ……なかなかなるじゃないか、二人とも」
「牛がね」
ミルカの冷たい突っ込みがすかさず飛ぶ。
俺は肩を竦め、服にまとわりついた藁と牛毛を払った。
……確かに数十頭の暴れ牛に転がされ、地面を三度は転げ回った。だが銀月は狼狽えない。団長とは、不屈の象徴なのだから。
篝火に照らされた夜の広場に、四人の影が立つ。
まずはミルカ。
桃色の髪を炎に染め、こちらを死んだ魚のような目で睨みながら、短刀を器用に弄んでいる。
通称――痛風怪獣ピンキー。
その右手は握手ひとつで生活習慣病をばら撒き、左の拳は俺の顔面へと飛んでくる。恐るべき性悪だ。
ミルカの向かいに立つのはバラッド。
赤髪のドレッドを夜風に揺らし、義手を鳴らしながら槍の鈴を小さく震わせている。
通称――説得力の怪獣ゴンゲー。
言葉は少ないが、なぜか相手を納得させてしまう重みを持つ、不思議な男だ。
そして俺の真正面にはカイル。
眼帯の奥から射抜くような眼光をこちらへ送り、眉間には固い皺。
通称――脳シュガーリアナバカ。
心の九割をリアナに費やす純愛と執念の権化。ちなみに二日に一度は「リアナの故郷の山に似ている」という理由で海に落ちるという、不思議な生き物でもある。
……そして最後に、この舞台の主役。
俺だ。シルバー・ヴィンセント。
月と篝火を背に、銀の髪を揺らす姿。赤い手袋の手は、幾千の運命を掴み取るためにある。
人は俺をこう呼ぶ――
『紅き断罪・銀月の夢〈レッド・ムーン〉』。
その二つ名が夜に溶け、広場を支配する。
ちなみにこの二つ名に意味はない、言葉の響きだけで今思いついた。
◇ ◇ ◇
「……そろそろ、始めるか」
俺の声を合図に、四人の間に自然と距離が生まれた。
俺とミルカ。対するはカイルとバラッド。
篝火の炎が背を押し、夜気はひりつくような熱を帯びている。
今宵の戦いはあくまで『模擬戦』。その前提は既に共有済み。
互いの持つ剣や槍、短刀も刃を飛ばし舐めた状態に仕上げている。
だが形式がどうあれ、ここに込められる想いは軽くない。
二対二の戦い――しかしカイルの眼差しは、ただの鍛錬を望むものではなかった。
彼はこの一戦に、自らの信念と未来を託している。
「……強さを証明するのか。それとも、この戦いを通じて何かを掴みたいのか」
心の中で呟いたその答えは、きっと俺に訴えるための剣だ。
「はっきり言って、未だ戦う理由はぴんと来ないんだがな」
わざと声にしてみる。緊張を解きほぐすように。
「うるさいよ、バカ銀。そんなの最初から判り切ってたじゃん」
ミルカが横目で俺を睨み、短刀をくるくると回しながら吐き捨てる。
小柄な体に似合わぬ鋭さで、その声は篝火の爆ぜる音を押し退けた。
「お遊びなんでしょ? だったら……お世話になってるハルメリオスの騎士たちに、あたしの美少女っぷりを見せつけてもいいかもね」
篝火に照らされた短刀が舞のように煌めく。
遊びに見えて、その動きには確かな闘気が潜んでいた。
俺は苦笑しつつも、正面の二人を見据える。
――カイルは「テオブルグの剣士を討つ許可」を求めてきた。
――バラッドは「復讐を遂げる許可」を俺に求めた。
「……許可とか、そういうものじゃない。星の港は、そんな場所にはしない」
口にしながら、自分の言葉の拙さに気づき、胸の奥で舌打ちする。
肝心なところで、どうにも口下手なままなのだ。
そのとき、周囲を囲む騎士たちが口笛を鳴らした。
声を合わせ、戦いをせき立てる。
篝火の炎が高く燃え上がり、赤く戦場を照らした。
「ま、怪我しない程度にな、ミルカ」
「はいはい」
彼女の軽い返事を背に、俺は前へ一歩踏み出す。
篝火の影からカイルの眼光が鋭く光り、バラッドの槍が鈴を震わせた。
チリーン――。
その音が戦いの始まりを告げる。
……さて。
今宵の俺の相手は、カイルだろ。
そう思った矢先、向こうの二人はこちらへ駆け寄ると同時に、交差する。
そして気が付くと、俺へ向けて間合いを一気に詰めるのはカイルではなく『バラッド』だった。




