第八幕:白騎士様の中身がわかりません
その日の夜。
私は公爵家の屋敷で、父上と夕食を共にしていた。
今夜は父上のお客様も同席されており、食卓には普段より豪華な料理が並んでいる。
お客様は端正な顔立ちの青年で、穏やかな物腰が印象的な方だった。
どこかでお会いしたような気もするけれど……。
はて?
どなたでしたかしら?
「いやぁ、それにしても大変だったそうだね」
父上はワイングラスを傾けながら、青年へ声をかけた。
「やれやれ……話を聞けば、うちの娘のおかげで迷惑をかけたそうだね、アルバート」
「いえいえ。エレオノーラの可愛い我儘には、いつも面白おかしく付き合っていますよ」
青年は涼しい顔で答えた。
「……アルバート……?」
私は小さく首を傾げた。
はて。
どなたでしたっけ?
確かに聞き覚えのある名前なのですが……。
「……お前」
青年が、呆れたように私を見つめた。
「……はい?」
「俺が鎧を脱いだら、俺を認識できなくなる癖、いい加減治してくれないか?」
「…………」
…………。
……え?
「……まさか」
「そのまさかだ」
「……白騎士様?」
「今は黒騎士だがな」
「な、なんですってぇぇぇ!?」
私は思わず椅子から立ち上がった。
な、なんということでしょう!
目の前の青年が、白騎士様!?
そんな馬鹿な!
だって!
鎧がありません!
マントもありません!
あの神々しい純白の装飾品も、どこにもありませんわ!
「……エレオノーラ」
「は、はい!?」
「お前、俺と何年付き合っていると思っているんだ?」
「……ええと……五年ほどでしょうか」
「そうだな」
「……はい」
「それで、俺の顔がわからないのか?」
「…………」
私はそっと視線を逸らした。
「……し、白騎士様は白い鎧を着ていらっしゃいますから……」
「……うん?」
「純白のマントに、純白の装飾品。それに、純白のおパンツを身につけてこそ白騎士様なのです!」
「……最後のは身につけていないが」
「そこが問題なのですわ!!」
「……いや、今はそこじゃないだろう」
アルバート様は深いため息をついた。
すると、父上が何とも言えない表情を浮かべた。
「……エレオノーラ」
「なんですの、父上?」
「……お前、まさかとは思うが、婚約者を鎧で識別していたのか?」
「…………」
「……どうなんだ?」
「……そ、その……」
私は扇子を取り出した。
「……心の問題ですわ!」
「心の問題で済ませるな!!」
父上が思わず声を荒らげた。
「五年だぞ!? 五年も婚約していた相手だぞ!?」
「存じておりますわ!」
「なのに鎧を脱いだらわからんのか!?」
「だ、だって! 白騎士様はいつも白い鎧を着ていらっしゃいましたもの!」
「……アルバート」
父上が疲れた様子で青年を見つめた。
「……本当なのかね?」
「ええ。昔からこうなんですよ」
アルバート様は苦笑した。
「一度、城下町で私服姿のまま声をかけたことがありましてね」
「……ほう?」
「『どなた様でしょうか?』と返されました」
「…………」
「その後、白いマントを羽織ったら、ようやく気づいてくれまして」
「…………」
父上は、ゆっくりと私へ視線を向けた。
「……エレオノーラ」
「……はい」
「……お前、本当にアルバートを愛しておったのか?」
「も、もちろんですわ!!」
私は勢いよく立ち上がった。
「白騎士様は、誰よりも気高く! 勇敢で! 民を守る高潔なる精神を持ったお方なのです!」
「……うむ」
「私は、そんな白騎士様を心からお慕いしております!」
「……それで、顔は?」
「…………」
「……名前は?」
「…………」
「……エレオノーラ?」
「……し、白騎士様ですわ!」
「それは称号じゃ!!」
父上の叫びが食堂に響き渡った。
……まったく。
そんなことは存じております!
ただ、名前よりも称号のほうが馴染み深いだけですわ!
「……しかし、エレオノーラ」
アルバート様が口を開いた。
「村では俺だとわかったじゃないか」
「……あっ!」
そうです!
あの村では、ちゃんと白騎士様を見つけることができたではありませんか!
「そうですわ! あの時は、ちゃんとあなたを認識しておりました!」
「……では、どうして今はわからなかった?」
「それは……」
私は少し考え込んだ。
村では、白騎士様が広場に立っていて……。
周囲の女性たちが……。
『騎士様ぁ!』
『白騎士様ぁ!』
…………。
……あ。
「……み、皆さんが白騎士様と呼んでいましたので……」
「…………」
「…………」
父上とアルバート様が顔を見合わせた。
「……なるほど」
「……そういうことか」
「…………」
……な、なんですの。その反応は!
まるで私が、とんでもなくおかしなことを言っているようではありませんか!
「……父上!」
「なんだ?」
「そもそも、白騎士様が鎧を脱いでいること自体が問題なのです!」
「……なんでだ?」
「白騎士たるもの、常に純白の装いを――」
「今は黒騎士だぞ」
「……っ!」
アルバート様が横から口を挟んだ。
「……そ、そうでしたわね!」
「ならば、別に私服でも構わんだろう?」
「…………」
ぐっ……!
こ、この男……!
またしても正論を……!
「……では、アルバート」
父上が、何やら考え込むように顎へ手を添えた。
「……今後は黒い鎧を着る予定なのかね?」
「いえ。特には」
「……そうなのか?」
「ええ。今の鎧は気に入っていますし、わざわざ新調する必要もありませんから」
「……なるほど」
「ただ、黒騎士の称号を頂いたので、せめて下着くらいは黒で統一しようかと」
「……ほう」
父上が頷いた。
「……よい心がけだな」
「ありがとうございます」
「よくありませんわ!!」
私は勢いよくテーブルを叩いた。
「どうして父上まで黒いおパンツを肯定するのですか!?」
「……いや、別に下着くらい好きな色を履けばよかろう?」
「なりません!」
「……エレオノーラ」
父上は、深々とため息をついた。
「……お前な。国王陛下から聞いてはいたが……」
「……はい?」
「……本当に、下着の色でアルバートを国外追放にしたのか?」
「……それは……」
「しかも、今度は自分で連れ戻してきたと?」
「…………」
「……それで、まだ黒い下着を認めないのか?」
「…………」
……ぐっ。
なんということでしょう。
父上まで、国王陛下と同じことを仰るなんて……!
「……ところで、アルバート」
父上は、今度はアルバート様へ視線を向けた。
「……君は、こんな娘で本当によいのかね?」
「ええ」
アルバート様は即答した。
「エレオノーラは昔からこうですから」
「……そうか」
「自分の信じたことには真っ直ぐで、少々頑固ですが……」
アルバート様は、私へ視線を向けた。
「そこが可愛いところでもあります」
「…………っ!」
なっ……!
な、なんですの!?
突然、そんなことを……!
「……まぁ、君がそう言ってくれるなら安心だ」
父上は穏やかに微笑んだ。
「……エレオノーラ」
「……はい?」
「お前も、そろそろアルバートという一人の男を見てやりなさい」
「…………」
「白騎士だの黒騎士だの、称号ばかり追いかけていては、大切なものを見失ってしまうぞ」
「……父上……」
私は、思わず黙り込んだ。
……確かに。
私は、白騎士様の純白の姿に憧れていました。
あの神々しい鎧をまとい、民のために戦う姿が大好きでした。
ですが……。
称号を失っても。
鎧を脱いでも。
この方は、何も変わっていなかったのです。
……あぁ。
もしかしたら、私は……。
「……エレオノーラ」
アルバート様が優しく声をかけてきた。
「……はい」
「……まぁ、無理に変わる必要はないさ」
「……え?」
「お前はお前のままでいい。俺はそんなお前が好きなんだからな」
「…………っ!」
なっ……!
ああ……!
この方は……!
どうして、そんなにも……!
「……アルバート様……」
私は、初めて彼を名前で呼んだ。
すると、アルバート様は嬉しそうに微笑んだ。
「……ようやく名前で呼んでくれたな」
「……はい」
「……ありがとう、エレオノーラ」
ああ……。
なんということでしょう。
私は今まで、この方の何を見ていたのでしょうか。
白い鎧などなくとも。
白いマントなどなくとも。
この方は、私が愛した……。
「……ところで、エレオノーラ」
「……はい?」
「次から鎧を脱いだ俺と会っても、ちゃんとわかってくれるか?」
「…………」
…………。
私は、目の前の青年をじっと見つめた。
整った顔立ち。
優しい眼差し。
穏やかな微笑み。
……ええ。
もちろんです。
もう、決して間違えたりいたしません。
「……はい。もちろんですわ!」
「そうか。それはよかった」
アルバート様は満足げに頷いた。
そして、何やら思いついたように口を開いた。
「……では、明日は黒い私服で会いに来るとしよう」
「…………」
…………。
……黒い私服?
…………。
「……あの、アルバート様」
「なんだ?」
「……できれば、白い服でお願いできますか?」
「…………」
「…………」
父上が、ゆっくりと天井を仰いだ。
「……アルバート」
「……はい」
「……君、本当にこの娘でいいのかね?」
「ええ。面白いでしょう?」
「……そういう問題なのか?」
……まったく!
お二人とも、何を仰っているのでしょうか!
私は、ちゃんとアルバート様を愛しております!
ただ……。
できれば、白い服を着ていただいたほうが……。
……認識しやすいだけですわ!




