閉幕:白黒つかない愛の結末
「……それにしても、エレオノーラ」
父上が、呆れたように口を開いた。
「……そもそも、お前はなぜそこまでアルバートの下着を白にしたがるのだ?」
「……そ、それは……」
私は思わず俯いた。
言えません。
そんなこと、父上の前で言えるわけがありませんわ!
「……何か理由があるのか?」
「……その……」
「うむ?」
「……だ、だって……」
私は顔を真っ赤にしながら、声を絞り出した。
「……いずれ……子をなすことになるではありませんか……」
「……うむ?」
「そのとき、白い鎧もマントも脱いでしまいますでしょう……?」
「……まぁ、そうじゃな」
「ですから……せめておパンツだけは白くないと……」
「……ないと?」
「白騎士様だと認識できる自信がありませんの!!」
「…………」
「…………」
食堂が静まり返った。
父上は、しばらく私を見つめていた。
「……アルバート」
「……はい」
「……本当に、この娘でよいのか?」
「ええ。面白いでしょう?」
「……いや、面白いとか、そういう問題では……」
父上は額を押さえた。
……まったく。
お二人とも、何を仰っているのでしょうか。
これは非常に重要な問題なのです!
だって、考えてもみてくださいませ。
愛する白騎士様と、いよいよ夫婦の契りを交わすという、その大切な瞬間。
鎧もなければ、マントもない。
純白の装飾品すらない。
そんな状態で、私は本当に白騎士様を認識できるのでしょうか!?
もし、まったく知らない殿方だと思ってしまったら……。
ああ!
考えただけでも恐ろしいですわ!!
「……なるほど」
すると、アルバート様が何やら納得した様子で頷いた。
「ようやくわかったぞ、エレオノーラ」
「……な、何がですの?」
「お前がそこまで白いパンツにこだわる理由だ」
「…………っ!」
「だが、一つだけ勘違いしているぞ」
「……勘違い?」
アルバート様は真剣な表情で私を見つめた。
「……エレオノーラ」
「……はい」
「以前、お前に言ったな。俺と結婚すれば、黒の良さがわかるかもしれない、と」
「……ええ」
「あれには、ちゃんと意味があったんだ」
「……意味?」
アルバート様は静かに微笑んだ。
「……お前、子作りするときに服を着るのか?」
「…………」
「…………」
…………。
……あ。
「……つまりだ」
アルバート様は続けた。
「パンツが白かろうが黒かろうが、結局は脱ぐだろう?」
「…………」
「だから、色なんて関係ないんだよ」
「…………」
私は、ゆっくりと両手で顔を覆った。
……なんということでしょう。
では……。
では、私は……。
なんのために、あれほど白いおパンツにこだわっていたのでしょうか……。
婚約を破棄して。
国家反逆罪で追放して。
そのあと自分で連れ戻して。
挙げ句の果てには、黒騎士という新しい称号まで作らせて……。
そのすべてが……。
…………。
……無意味?
「……アルバート様」
「なんだ?」
「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「……それでは、私はどうやってあなたが白騎士様だと認識すればよろしいのですか?」
「顔を見ろ!!」
アルバート様の怒声が食堂に響き渡った。
…………。
……顔。
……なるほど。
顔ですか。
顔……。
…………。
……あっ!
「わかりましたわ!!」
「……ん?」
私は勢いよく立ち上がった。
「つまり、顔に白いおパンツを被れば認識できます!!」
「…………」
「…………」
アルバート様と父上が揃って固まった。
「……いや、それはただの変態……」
「大丈夫ですわ!」
私は胸を張った。
「男性はみな、心の中に変態を飼っております!」
「すんごい語弊あるよね、それ」
アルバート様が呆れたように呟いた。
「そもそも、なぜ俺がパンツを頭に被らなければならないんだ?」
「私があなたを見分けるためですわ!」
「俺の顔を覚えれば済む話では?」
「……それは少々難しいですわね」
「なんでだよ!?」
すると、父上が静かに口を開いた。
「……エレオノーラ」
「なんですの、父上?」
「……お前、本当にアルバートと結婚するつもりなのか?」
「もちろんですわ!」
「……その結婚相手に、白いパンツを頭から被せると?」
「はい!」
「…………」
父上は深々とため息をついた。
「……アルバート。すまんが、婚約を白紙に戻しても構わんぞ?」
「いえ。お気遣いなく」
アルバート様は穏やかに微笑んだ。
「昔からこういう女ですから」
「……そうか」
「それに、俺も一つ気づいたことがあります」
「……なんだね?」
「白いパンツを頭に被れば、下は黒いままでも問題ないということですね」
「…………」
「…………」
……あら?
確かに……。
お顔に白いおパンツを被っていただければ、私は白騎士様だと認識できます。
つまり……。
下のおパンツは黒でも……。
…………。
……あれ?
「……エレオノーラ」
「……はい?」
「今、黒でもいいと思っただろう?」
「…………」
「……ようやく認めてくれたんだな」
「……あ」
アルバート様は満足げに頷いた。
「では、これからもパンツは黒でいこう」
「……ま、待ってくださいまし!」
「なんだ?」
「……その代わり、頭には白いおパンツを被っていただきますわよ?」
「…………」
アルバート様は、しばらく私を見つめていた。
「……エレオノーラ」
「なんですの?」
「俺は、お前のことを愛している」
「……っ!」
突然の告白に、胸が高鳴った。
「……アルバート様……」
「だが、それとこれとは別だ」
「…………」
「俺は、パンツは黒がいい。頭も含めてな」
「そこまで黒にこだわるなぁぁぁ!!」
私の叫びが、食堂中に響き渡った。
すると、父上がとうとう両手で顔を覆った。
「……もう、好きにしてくれ……」
……まったく。
父上まで投げやりになってしまうなんて。
なんということでしょう。
私は、ただ白騎士様と幸せになりたいだけですのに!
「……まぁ、エレオノーラ」
アルバート様が、静かに私の手を取った。
「……はい?」
「俺は、お前が白いパンツにこだわる理由も理解したつもりだ」
「……そう、ですか……」
「ああ。だがな」
アルバート様は、優しく微笑んだ。
「白い鎧を着ていようが、黒い服を着ていようが、俺は俺だ」
「…………」
「お前が好きになってくれた白騎士も、今ここにいるアルバートも、同じ男なんだよ」
「……アルバート様……」
「だから、少しずつでいい。鎧を脱いだ俺のことも覚えてくれないか?」
「…………」
私は、改めて目の前の青年を見つめた。
端正な顔立ち。
優しい眼差し。
そして、昔から変わらない穏やかな微笑み。
……ああ。
そうでした。
この方は、いつだって私のそばにいてくださいました。
私のわがままに付き合い。
くだらない冗談を言い。
それでも、私が困ったときには必ず助けてくださった。
……この方こそ。
私が、心から愛した人なのです。
「……はい」
私は、そっとアルバート様の手を握り返した。
「……努力いたしますわ」
「ああ。それで十分だ」
アルバート様は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見ていると、不思議と胸が温かくなりました。
……ふふ。
きっと、もう大丈夫です。
私は、この方のことを……。
「……ちなみに、エレオノーラ」
「なんですの?」
「明日は黒い服で会いに来るぞ?」
「…………」
…………。
「……せ、せめて白い帽子だけでも……」
「……お前、本当に大丈夫か?」
父上が、またしても天井を仰いだ。
……まったく!
努力すると申し上げたではありませんか!
努力することと、すぐにできることは別問題ですわ!
……心の問題なのですから!
◇
それから、幾ばくかの月日が流れた。
あれほど騒動を巻き起こしていたエレオノーラは、紆余曲折の末、アルバートと結婚することになった。
盛大に執り行われた結婚式には、国王夫妻をはじめ、王子夫妻、多くの貴族たちが列席した。
かつて国家反逆罪で追放された白騎士が、今度は黒騎士として王国の祝福を受ける。
なんとも奇妙な話である。
しかし、誰よりも幸せそうだったのは、純白の花嫁衣装に身を包んだエレオノーラだった。
その隣には、同じく純白の礼服をまとったアルバートが立っていた。
ちなみに、アルバートの下着は黒だったという。
……それはさておき。
結婚後、アルバートは近衛騎士団の団長に任命され、王国の守護者として数々の功績を残すことになる。
魔獣の討伐、国境警備、王族の護衛。
その働きは目覚ましく、やがて黒騎士の称号は、白騎士にも劣らぬ名誉ある称号として王国中に知れ渡った。
一方、エレオノーラもまた、その優れた頭脳を活かし、王子夫妻の国政を手助けするようになった。
政治、経済、外交。
どの分野においても、その見識は公爵令嬢の名に恥じぬものであり、とりわけ財政政策では目覚ましい手腕を発揮した。
王子夫妻からも絶大な信頼を寄せられ、誰もが彼女を聡明で気品ある貴婦人として称賛した。
……ただし。
たった一つだけ、例外があった。
◇
「……どうしてですの!?」
ある日の王宮。
王子夫妻とのお茶会の最中、エレオノーラが突然声を上げた。
「どうして黒騎士……いえ、アルバートは白いおパンツを履いてくださらないのでしょうか!? 理解しかねます!!」
「…………」
「…………」
王子夫妻は顔を見合わせた。
「……なぁ、妻よ」
「……なんでしょう、あなた」
「……エレオノーラって、普段は本当に優秀だよね?」
「ええ。先日の外交交渉でも、大変な功績を上げてくれましたわ」
「……そうだよねぇ」
王子は小さくため息をついた。
「……なのに、どうして……」
「……殿下?」
エレオノーラが首を傾げた。
王子は苦笑しながら答えた。
「……うん。僕らも、普段はあれほど優秀なキミが、パンツ一枚でそこまで取り乱すのが理解できないよ」
「…………」
エレオノーラは、しばらく黙り込んだ。
そして、毅然とした表情で扇子を広げた。
「……心の問題ですわ!!」
「……やっぱり、それなんだね」
王子夫妻は顔を見合わせ、苦笑した。
こうして、アルビオン王国には平和が訪れた。
黒騎士アルバートは、その生涯を通じて王国の民を守り続けた。
公爵令嬢エレオノーラもまた、愛する夫を支え、王国の発展に大きく貢献したという。
そして、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
ただし。
アルバートのおパンツが白くなる日は、最後まで訪れなかったという。
【閉幕】




