第六幕:白騎士と国家機密
王都へ戻った私は、さっそく白騎士様を連れて王宮へと向かった。
そして、国王陛下に謁見を申し出たのである。
「……おお、エレオノーラ。戻ったか」
玉座に腰掛けた国王陛下は、私の姿を認めると穏やかに微笑んだ。
しかし、隣に立つ白騎士様を見るなり、その表情が固まった。
「……ん?」
「お久しぶりです、陛下」
白騎士様が恭しく頭を下げた。
「……いや、待て」
国王陛下は目を瞬かせた。
「……なんでお前まで戻ってきておるんじゃ?」
「それについては、私からご説明いたしますわ!」
私は一歩前へ進み出た。
「実は、白騎士様とお話ししたところ、この方は隣国へ旅立つおつもりだったのです!」
「……ふむ」
「しかも、村の娘たちと親しくしておりまして!」
「……ほう?」
「あろうことか、その娘たちの一人が、今夜だけ自分の騎士になってほしいなどと、破廉恥なことを申し出たのです!」
「……それで?」
「白騎士様も、まんざらでもないご様子で!」
「……うむ」
「と、いうことがあって、この者を放置していると王国が大変なことになると思い、連れ帰って参りました!」
私は胸を張った。
これで陛下にも、事態の重大さをご理解いただけたことでしょう。
しかし。
「……ただの嫉妬じゃろ、それ」
「嫉妬ですね……」
国王陛下と宰相が、揃って頷いた。
「お黙りなさい!!」
「ひぇっ!」
「ひぇっ!」
二人が同時に肩を跳ねさせた。
……まったく。
この国の重臣たちは、どうしてこうも事態の本質を理解していないのでしょうか。
「……なぁ、宰相」
「……はい、陛下」
「……わし、そろそろ国王らしく振る舞いたいんじゃが」
「……お気持ちはわかります」
「……なんで公爵令嬢に怒鳴られておるんじゃ?」
「……私にもわかりません」
「聞こえておりますわよ!!」
「ひぇっ!」
「ひぇっ!」
……本当に、情けない方々ですわ。
すると、それまで黙っていた白騎士様が口を開いた。
「……陛下」
「お、おお! 白騎士よ!」
「エレオノーラの言い分には、少々誤解があります」
「……ほう?」
「俺は、あの村娘と特別な関係になろうとしていたわけではありません」
「……そうなのか?」
「はい。ただ、騎士ジョークを披露しようとしただけです」
「……騎士ジョーク?」
「ええ。騎士は馬に乗ってこそ騎士。つまり――」
「お黙りなさい!!」
「…………」
私は白騎士様を睨みつけた。
この男は!
王宮に戻ってきてまで、何を言い出すつもりですの!?
国王陛下は、そんな私たちを交互に見つめていた。
「……まぁ、よい」
やがて、大きなため息をつく。
「とにかく、白騎士が戻ってきてくれたことは喜ばしい。追放処分については、恩赦を与える方向で考えよう」
「ありがとうございます、陛下!」
私は深々と頭を下げた。
これで、白騎士様は再び王都で暮らせるのです。
……よかった。
本当によかったですわ。
「……ただし、一つ問題がありまして」
宰相が申し訳なさそうに口を挟んだ。
「なんじゃ?」
「例の王国騎士法が、まだ有効なのです」
「…………」
「…………」
国王陛下と私は、同時に黙り込んだ。
「……ああ、そうじゃったのぉ」
陛下が頭を抱えた。
「白騎士よ。念のため確認するが……」
「はい」
「……お前、まだ黒いパンツなのか?」
「はい」
「……白に変える気は?」
「ありません」
「…………」
国王陛下は深々とため息をついた。
「……エレオノーラよ」
「はい!」
「お前は、この件についてどう考えておる?」
「もちろん、黒いおパンツなど認められません!」
「……じゃあ、なんで連れて帰ってきたんじゃ!?」
「それとこれとは別問題ですわ!!」
「何が別問題なんじゃぁぁぁ!!」
陛下の悲痛な叫びが、謁見の間に響き渡った。
……まったく。
王国の威信を守ることと、白騎士様を王都へ連れ戻すこと。
どちらも大切なことではありませんか。
そんなことも理解できないなんて。
すると、宰相が何やら考え込んだ。
「……陛下。一つ、方法がございます」
「……なんじゃ?」
「白騎士の称号を剥奪したまま、恩赦を与えるのです。そうすれば、例の法律に抵触することはありません」
「……おお!」
国王陛下の表情が明るくなった。
「そうか! 白騎士でなければ、白いパンツを履く義務もないというわけじゃな!」
「はい」
「それじゃ! それでいこう!」
……なるほど。
確かに、それなら問題ありません。
……ありませんが。
「……お待ちください」
「……今度はなんじゃ?」
「それでは、白騎士様が白騎士様でなくなってしまうではありませんか!」
「もう白騎士じゃないじゃろ!? お前が称号を剥奪させたんじゃろうが!!」
……あ。
そうでしたわ。
私は、そっと視線を逸らした。
すると、隣に立つ白騎士様が静かに口を開いた。
「……俺は構いませんよ、陛下」
「……おお、そうか!」
「称号があろうとなかろうと、民を守るという信念は変わりません」
「……まさに騎士の鑑じゃ!」
陛下が感動した様子で頷いた。
私も思わず、白騎士様へ視線を向けた。
ああ……。
やはり、この方は……。
「それに、俺はパンツは黒がいいですから」
「最後の一言いらんかったじゃろ!?」
国王陛下の叫びが、再び謁見の間に響き渡った。
……ですが。
私は、その言葉を聞いて少しだけ胸が痛みました。
称号などなくとも、民を守る信念は変わらない。
あの方は、そう仰ったのです。
実際、追放されたあとも村人たちを守り、魔獣の群れを退けていた。
それほど立派な騎士を、私はたった一枚のおパンツで……。
…………。
い、いえ!
だからといって、黒いおパンツを認めるわけにはまいりません!
そうですわ!
白騎士様が白いおパンツを履いてくだされば、すべて解決するではありませんか!
私は改めて白騎士様へ向き直った。
「……白騎士様」
「なんだ?」
「やはり、白いおパンツにしていただくわけにはまいりませんか?」
「……まだ言うのか」
「当然です!」
私は胸を張った。
「純白こそ、アルビオン王国が誇る高潔なる精神の象徴なのです!」
「…………」
白騎士様は、しばらく私を見つめていた。
そして、観念したように大きく息を吐いた。
「……わかった。俺の負けだ」
「……え?」
私は思わず目を瞬かせた。
「……ようやく、わかっていただけたのですね」
「ああ」
白騎士様は深く頷いた。
「だから、一度お前と俺のパンツを交換してみようと思うんだ」
「…………は?」
「それで純白の素晴らしさがわかれば、俺は白パンツを着用しようと、ここに誓おう」
「…………」
……え?
ちょっと、お待ちくださいませ。
今、この方は何と?
「……ここでそんなくだらない誓いを結ばれても……」
国王陛下が困惑したように呟いた。
「……陛下。口を挟むとまた怒られますよ」
宰相が小声で忠告する。
しかし、そんな二人の会話など、私の耳には入らなかった。
「だ、誰と誰のおパンツを交換ですって?」
「むろん、俺とお前だ」
白騎士様は当然のように答えた。
「夫婦の契りをいずれ交わす仲だ。別に恥ずかしいことはあるまい。さぁ、今ここで交換しよう」
「……恥ずかしいことしかなくない?」
「……陛下、怒られますよ?」
「な、なななな……!」
なんですって……!?
そ、それは不味い!
非常に不味いですわ!!
だって……!
今の私のおパンツは、ピンクなのですから!!
それが知れたら、大変なことに……!
「……どうした、エレオノーラ?」
「な、何がですの!?」
「顔が赤いぞ?」
「こ、これは……その……!」
私は必死に頭を働かせた。
落ち着くのです、エレオノーラ。
ここで動揺を見せてはいけません。
私はアルビオン王国の公爵令嬢。
純白を尊ぶ、誇り高き貴族なのです!
そう!
ピンクは可愛いのです!
誰が何と言おうと、可愛いものは可愛いのです!
ですが、それをこの場で知られるわけには……!
「……そ、そもそもですわ!」
「うむ?」
「殿方と淑女が、おパンツを交換するなど! そのような破廉恥な行為、認められるはずがありません!」
「……しかし、お前は純白の素晴らしさを俺に理解してほしいのだろう?」
「そ、それはそうですが……!」
「ならば、実際に身につけて確かめるのが一番ではないか」
「…………」
「俺はお前の純白を信じているぞ」
「…………っ!」
ぐっ……!
な、なんということでしょう。
ここに来て、信頼という名の凶器を突きつけてくるなんて……!
しかも、あの方は私の目をまっすぐに見つめている。
ああ……。
そんな真剣な眼差しを向けないでくださいまし!
私は……!
私は……!
ピンクなのです!!
「……なぁ、宰相」
「……はい、陛下」
「……これ、ひょっとして令嬢の下着、白じゃないんじゃないか?」
「……私もそう思います」
「……やはり黒かのぉ?」
「……黒でしょうね」
「お黙りなさい!!」
「ひぇっ!」
「ひぇっ!」
まったく!
なんという失礼な方々でしょう!
黒ではありません!
ピンクです!!
……いえ、ピンクも駄目なのですけれど!!
すると、白騎士様が穏やかに微笑んだ。
「……エレオノーラ」
「な、なんですの!?」
「そんなに嫌なら、無理に交換する必要はない」
「……え?」
「お前にも譲れないものがあるのだろう。ならば、俺もそれを尊重しよう」
「…………」
……あぁ。
なんということでしょう。
この方は……。
私の気持ちを、そこまで考えてくださって……。
「だから、俺も黒のままでいいな?」
「それは駄目ですわ!!」
「……なぜだ?」
「なぜって……!」
「お前は自分の好きなものを守る。俺は俺の好きなものを守る。それでいいではないか」
「…………」
私は言葉に詰まった。
……それは。
それは、まるで……。
私がピンクのおパンツを好むことと、同じではありませんか。
…………。
い、いえ!
違います!
まったく違いますわ!
だって、ピンクは可愛いのですもの!
それに、私は白騎士ではありません!
公爵令嬢なのです!
……あら?
でも、アルビオン王国の民はすべて純白であるべきだと、私自身が……。
…………。
……考えるのはやめましょう。
「……エレオノーラ?」
「…………」
私は俯いた。
白騎士様のおっしゃることは、確かに理解できます。
ですが、ここで黒いおパンツを認めてしまったら、これまでの私の主張は一体何だったのでしょうか。
婚約破棄までして。
国家反逆罪で追放までして。
そして、わざわざ王都へ連れ戻して。
そのすべてが、私の思い込みだったということになってしまうではありませんか。
そんなこと……。
認められるはずがありません!
「……ちなみに、エレオノーラ」
「……はい?」
「お前は今、何色なんだ?」
「…………」
…………。
終わった。
私の人生が、今まさに終わろうとしている。
「……なぁ、宰相」
「……はい、陛下」
「……わし、ここまで人のパンツの色に興味を持ったのは生まれて初めてじゃ」
「……奇遇ですね。私もです」
「……果たして黒かのぉ?」
「……黒でしょうねぇ」
「だから!!」
私は勢いよく顔を上げた。
「黒ではありませんわ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
謁見の間に、静寂が訪れた。
……あ。
しまった。
「……ほう?」
国王陛下が身を乗り出した。
「……黒ではないと?」
「…………」
宰相が静かに微笑んだ。
「……では、何色なのでしょうな?」
「…………」
白騎士様までもが、興味深そうに私を見つめていた。
「……エレオノーラ?」
「…………」
……もう駄目ですわ。
逃げ道が、ありません。
けれども……。
ここで真実を告げれば、私のこれまでの主張がすべて崩れ去ってしまう。
そして何より。
白騎士様に、私のおパンツがピンクだと知られてしまうのです!
そんなこと、絶対に……!
絶対に、あってはなりません!
私は震える手で扇子を広げた。
そして、覚悟を決めて言い放った。
「……こ、国家機密ですわ!!」
「お前のパンツはいつから国家機密になったんじゃ!?」
国王陛下の叫びが、謁見の間に響き渡った。
……まったく。
この国の最高権力者は、どうしてこうも品位に欠けるのでしょうか。
淑女のおパンツの色など、国家機密に決まっているではありませんか!
……え?
白騎士様のおパンツですか?
もちろん、話は別ですわ!
だって……。
あの方は、白騎士様なのですから!




