第五幕:白騎士、強制送還される
それからしばらく、私たちは無言のまま向かい合っていた。
白騎士様は時折お茶を口に運び、私はそんな彼の姿をぼんやりと眺めていた。
……まったく。
この方は昔から、こういうところがあるのです。
人が真面目に話しているというのに、ふざけた冗談ばかり。
けれども、先ほどの言葉だけは、どうしても頭から離れませんでした。
『俺は、この国の人々の盾となりたい』
……あぁ。
この方は、やはり何も変わっていないのですね。
変わってしまったのは、むしろ……。
「……そろそろ帰りますわ」
「そうか。なら、村の入口まで送っていこう」
「……ありがとうございます」
私は席を立ち、白騎士様とともに村の入口へと向かった。
道中、村人たちは彼に気さくに声をかけていた。
「騎士様! 昨日は本当にありがとうございました!」
「騎士様のおかげで、今年も安心して冬を迎えられます!」
小さな子供など、わざわざ駆け寄ってきて、白騎士様に抱きついていた。
「お兄ちゃん! また魔獣が来たら助けてね!」
「ああ。もちろんだ」
白騎士様は、その子の頭を優しく撫でた。
……どうしてでしょう。
その姿を見ていると、胸の奥が締めつけられるような気がしました。
王国最強の白騎士。
それは、あの方が長年にわたって積み上げてきた功績に対して与えられた称号です。
けれども、私の一言で……。
あの方は、そのすべてを失ってしまった。
……本当に。
本当に、あれでよかったのでしょうか。
そんなことを考えているうちに、村の入口へ到着した。
そこには、私を待つ馬車が停まっていた。
「……ここには、いつまでいるんですか?」
私はふと尋ねた。
「……周辺の魔獣も一掃できたし、また別の村へ向かう予定だ」
「……そうですか」
「ああ。明日には国境を越えるつもりだ」
「…………え?」
思わず、顔を上げた。
「……国境を、越えるのですか?」
「ああ。俺は国外追放の身だからな。いつまでもこの国にいるわけにはいくまい」
「…………」
「隣国にも魔獣に苦しめられている村があると聞いた。しばらくは、そちらを巡るつもりだ」
「……そう、ですか……」
白騎士様は、穏やかに微笑んだ。
「まぁ、達者でな。エレオノーラ」
「…………」
……待って。
それでは……。
この方は、本当にアルビオン王国から去ってしまうのですか?
私の知らない国へ。
私の知らない土地へ。
……もう、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
そんなこと、考えもしませんでした。
だって……。
白騎士様は、いつだって私のそばにいてくださったのです。
私が困っているときも。
魔獣に襲われたときも。
いつだって、あの純白の鎧をまとって駆けつけてくださった。
けれども……。
その方を追放したのは、ほかでもない私自身。
今にして思えば、なんと早まったことをしてしまったのでしょう。
……おパンツが黒いくらいで。
…………。
……い、いえ!
黒いおパンツは、やはり問題です!
ですが、それとこれとは……。
……それとこれとは……。
私は、唇を噛みしめた。
何か、言わなければ。
このままでは、本当に……。
その時だった。
「あーっ! 騎士様ぁ!」
背後から、甲高い声が響いた。
振り返ると、先ほど白騎士様を囲んでいた村娘の一人が駆け寄ってきた。
「えーっ! 白騎士様、もう村を去っちゃうんですかぁ?」
「ああ。明日には出発するつもりだ」
「そんなぁ……」
村娘は残念そうに肩を落とした。
しかし、次の瞬間。
「……それならぁ、今夜だけでも私だけの騎士になってくれても……」
そう言って、意味ありげに白騎士様の腕へ手を伸ばした。
…………。
……は?
「……なるほど」
白騎士様は何やら考え込むように顎へ手を添えた。
「確かに騎士は馬に乗ってナンボというし――」
「……おいこら、白騎士」
「なんだい、エレオノーラ? 今、騎士ジョークが良いところなんだが――」
「王都に戻るぞ、乗れ」
「……ん?」
私は白騎士様の腕を掴んだ。
「ちょっと待て、エレオノーラ。俺はまだ――」
「いいから乗りなさい!!」
私は問答無用で彼を馬車へと引きずり込んだ。
「お、おい!? なんだ急に!?」
「御者ぁぁぁぁ!! 早く馬車を出しなさい!!」
「は、はひぃぃっ!!」
私の怒声に驚いた御者が、慌てて手綱を握った。
馬車が勢いよく動き出す。
「ああっ!? 騎士様ぁぁぁ!!」
置き去りにされた村娘が、悲痛な声を上げた。
「わ、私の騎士様ぁぁぁぁぁ!!」
すると、白騎士様も馬車の窓から身を乗り出した。
「ジュリエットォォォォ!!」
「誰だよ! ジュリエットって!?」
「いや、昔絵本で読んだ登場人物でな?」
「真面目にやれボケ!!」
……あ。
しまった。
また淑女らしからぬ言葉遣いをしてしまいました。
けれども!
仕方ありません!
だって、このまま放っておいたら……。
この方は、どこか遠くへ行ってしまうのです。
それも、私の知らない女性と親しくなって……。
…………。
……い、いえ!
決して嫉妬などではありません!
アルビオン王国にとって、これほど優秀な騎士を失うことは重大な損失なのです!
そう!
これは国家のため!
決して私情などではありませんわ!
「……ところで、エレオノーラ」
「なんですの!?」
「俺はもう、お前の婚約者ではないのだが」
「…………」
「王都に戻れば、また国家反逆罪で捕まるのではないか?」
「……一度陛下に掛け合って、恩赦を申し出ます」
「……いや、そもそもの発端はお前――」
「お黙りなさい」
私は素早く扇子を広げると、白騎士様の口をぴしゃりと塞いだ。
「…………」
「…………」
しばらく、馬車の中に沈黙が流れた。
「……んぐ」
「なんですの?」
「……んぐぐ」
「あら、何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりませんわ」
白騎士様は、私の手首をそっと掴むと、口元から扇子を離した。
「……お前、昔からそういうところがあるよな」
「どういうところですの?」
「自分に都合の悪い話になると、すぐ人の口を塞ぐところだ」
「……気のせいですわ」
「俺を国外追放にしたのもお前だろう?」
「…………」
「それで今度は恩赦を申し出ると?」
「…………」
「……随分と忙しい女だな」
「お黙りなさい!!」
再び扇子を突き出した。
しかし、白騎士様は慣れた様子でひょいと顔を逸らした。
「……まぁ、いいさ」
「……何がですの?」
「お前と一緒に王都へ帰れるなら、それも悪くない」
「…………っ!」
不意に告げられた言葉に、思わず手が止まった。
……な、なんですの。
突然、そんなことを……。
私は慌てて顔を背けた。
「……ふ、ふん! ようやく殊勝な心がけになりましたわね!」
「ああ」
白騎士様は穏やかに微笑んだ。
「ただし」
「……ただし?」
「パンツは黒のままだぞ」
「そこは譲れよ!!」
私の叫びが、馬車の中に響き渡った。
……あぁ、もう!
この男は!!
こうして私は、国家反逆罪で国外追放となった元婚約者を、再び王都へと連れ帰ることになったのでした。
もちろん。
黒いおパンツを認めたわけではありません。
断じて、ありませんとも!
ですが……。
この方が再び私の隣に座っていることが、ほんの少しだけ嬉しく感じられたのも事実でした。
……本当に、少しだけですわよ?




