第四幕:白騎士と黒の信条
国王陛下から白騎士様との話し合いを命じられた私は、国境付近にある小さな村を訪れていた。
聞くところによると、国外追放となった白騎士様は、この付近に現れた魔獣の群れを討伐し、村人たちを救ったらしい。
まったく……。
あの方は昔からそうなのです。
困っている人を放っておけない。
それが、たとえ自分を追放した国の民であっても。
……まぁ、おパンツは黒ですけれど。
そんなことを考えながら村の広場へ足を運ぶと、見覚えのある姿が目に入った。
白騎士様だ。
以前と何ら変わらぬ凛々しい顔立ちで、村の中央に佇んでいる。
あの純白の鎧こそ身につけていないものの、堂々とした立ち姿は昔のままだった。
しかし、その周囲には……。
「騎士様! 今日のお夕食はぜひ我が家で!」
「いえいえ! 昨日はそちらでしたでしょう? 今日は私の家です!」
「騎士様ったら、本当にお強いんですもの!」
……何ですの、これは。
白騎士様を取り囲むように、村の若い女性たちが集まっているではありませんか。
しかも、当の本人は満更でもなさそうな顔をしている。
私という婚約者がいながら、なんということでしょう!
……いえ。
もう婚約は破棄したのでしたわね。
ですが、それとこれとは別問題です!
私は静かに歩み寄った。
「……良い御身分ですわね、白騎士」
「……む?」
白騎士様が振り返った。
「おや、エレオノーラではないか。こんなところまでどうした?」
「どうした、ではありません!」
私は周囲の女性たちを一瞥した。
「私というものがありながら、村の娘っ子とちちくりあうなんて!」
「……仕方あるまい」
白騎士様は涼しい顔で答えた。
「なんせ俺の下着は黒なんだからな」
「…………」
…………。
「何が仕方ないんですの!?」
「黒だからな」
「説明になっておりませんわ!!」
白騎士様は不思議そうに首を傾げた。
「しかし、お前は俺との婚約を破棄したのではなかったか?」
「……っ!」
「おまけに国家反逆罪で国外追放までしてくれた」
「そ、それは……!」
「ならば、俺が誰と親しくしようと自由であろう?」
「…………」
ぐっ……!
た、確かに……。
ですが!
「……節操というものがございますでしょう!?」
「俺は独身だぞ?」
「元婚約者への配慮というものがあるでしょう!?」
「お前は俺を国外追放したぞ?」
「……ぐぬぬぬ……!」
こ、この男……!
いちいち正論で返してくるなんて!
すると、隣にいた村娘が、おずおずと口を開いた。
「あの……騎士様。この方は?」
「元婚約者だ」
「えっ!? あの、パンツの色で騎士様を追放したという!?」
「…………」
私は固まった。
「……有名なのですか?」
「はい! 騎士様から伺いました!」
「……何を?」
「黒いパンツを履いていたら、国家反逆罪になったって!」
「…………」
「みんなで大笑いしました!」
「笑い事ではありませんわ!!」
私の叫びが村中に響き渡った。
だというのに、白騎士様は平然としている。
「まぁ、そう怒るな。せっかく来たのだ。茶でも飲んでいけ」
「……っ!」
その言葉に、思わず胸が高鳴った。
ああ……。
やはり、この方はお優しい。
私がどれほど酷い仕打ちをしたというのに、こうして気遣ってくださるなんて……。
「……仕方ありませんわね」
私はそっと髪を整えた。
「そこまでおっしゃるなら、お付き合いして差し上げても……」
「おーい! 皆の者! 元婚約者が来たから茶を用意してくれ!」
「元を強調しなくてもよろしいでしょう!?」
まったく!
本当に、昔から変わらない方ですわ!
◇
それからしばらくして、私たちは村の一角にある小さな食堂で向かい合っていた。
「どうぞ、お茶です」
「……ありがとう」
村娘から差し出された茶器を受け取り、そっと口をつける。
……少し苦い。
けれども、香りは悪くありませんわね。
白騎士様も茶を一口飲むと、静かに私へ視線を向けた。
「それで、俺を追ってきたのはどういう了見だ?」
「どうもこうもありませんわ。陛下が一度あなたと話し合ってこいと言うものですから、渋々来たまでです」
「……なるほど」
白騎士様は手元の茶器を見つめた。
「この渋茶にかけて渋々か。面白いことを言うじゃないか」
「……どこがだ……」
「ん?」
「……いえ、何でもありませんわ」
危ない。
あまりにくだらないことを言うものですから、思わず素が出てしまいました。
「しかし、わざわざ国境まで来るとはな。俺に会いたかったのか?」
「なっ!? そ、そんなわけありませんでしょう!」
「そうか」
「そうですわ!」
「ならば、茶を飲んだら帰るといい」
「…………」
…………。
なんですの、その態度は。
もう少しこう、引き止めるとか、久しぶりに会えて嬉しいとか、何かありませんの?
「……白騎士様」
「なんだ?」
「あなた、本当に私が帰ってもよろしいのですか?」
「ああ。日が暮れる前に出たほうがいい。山道は危険だからな」
「…………」
そ、そういう意味ではありませんわ!!
私は苛立ちを抑えながら、茶器をテーブルへ戻した。
「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「……なぜ、そこまで黒にこだわるのですか?」
白騎士様は、しばらく黙って私を見つめていた。
そして、改まった様子で口を開いた。
「……黒は良い」
「……はい?」
「何者にも染まらない色だ。俺の信念と通じるものを感じる……だから、俺は下着は黒がいいんだ」
「……信条……ですか?」
「ああ」
白騎士様は静かに頷いた。
「俺は、この国の人々の盾となりたい。その信条を、誰にも汚すことはできない。それは、たとえお前でもだ」
「…………」
思わず、言葉を失った。
この方は……。
国家反逆罪という汚名を着せられてなお、民を守ろうとしている。
称号を失い、故郷を追われても、その信念だけは決して曲げない。
ああ……。
やはり、この方は……。
「……ご立派な考えですわね……」
私は、素直にそう口にしていた。
白騎士様は少し照れくさそうに笑った。
「まぁ、変な黄ばみとか付かないから良いってのもあるが」
「はいっ!?」
「冗談だ。白騎士ジョークってやつだ」
「…………」
私は、しばらく白騎士様の顔を見つめた。
「……あの」
「なんだ?」
「……せっかく感動していたんですけれど」
「そうか。それは悪いことをしたな」
「本当ですわよ!」
「まぁ、俺も元白騎士だからな」
「……それが何か?」
「少しくらい黒い冗談も言わせてくれ」
「…………」
私は静かに茶器を持ち上げた。
そして、渋茶を一口飲んだ。
「……帰ってよろしいですか?」
「まだ来たばかりじゃないか」
「あなたが帰りたくさせたんでしょうが!!」
まったく!
この方は昔から、人が真面目に話しているときに限って、ふざけたことを言うのです。
それでも……。
先ほどの言葉だけは、どうしても頭から離れませんでした。
『俺は、この国の人々の盾となりたい』
その信念は、追放された今も変わっていない。
あの方は、今もなお白騎士なのです。
……おパンツは黒ですけれど。
私は、目の前で呑気にお茶を飲む白騎士様を見つめた。
そして、胸の奥に芽生えた小さな疑問を、どうしても拭い去ることができませんでした。
……本当に。
あの方を追放してしまって、よかったのでしょうか。




