第八話 国庫の事情
冠を外した瞬間、セラは息を吐いた。
首が軽い。
侍女が両手で受け取り、布を敷いた箱へ収めていく。
侍女「お痛みはございませんか」
セラ「少し、首が」
侍女「最初は皆様そう仰います」
その「皆様」に自分も入ったのだ。
セラは鏡に映る礼装姿を見た。
髪も化粧も、侍女たちが整えたままだった。
これほど疲れているのに、見た目には分からないらしい。
飾り鎖を外してもらっていると、扉の向こうから声がした。
侍長「陛下。財務官エーベルト卿が、お待ちでございます」
終わったのは、即位式だけだった。
*
執務室には、既にアシュヴァルがいた。
窓際に黒い椅子が置かれている。
先ほど広間にあったものと同じだったが、どう運んだのかを尋ねる気にはならなかった。
皇帝「飾りは外したのか」
セラ「仕事の邪魔になるので」
皇帝「ほう。分かっておったか」
セラは返事をせず、机へ向かった。
エーベルトがその脇に立っている。
足元の木箱には、帳簿が詰められていた。
セラ「……これを全部、読むのですか」
財官「必要な箇所をご説明いたします。その前に、城内勤めの者への支払いは完了いたしました」
セラは顔を上げた。
セラ「全員に?」
財官「支給対象の確認が取れた者には。休暇中の者など、一部は預かりとしております」
セラ「ありがとうございます」
ようやく、一つ終わった。
命令を出したときには、それで支払われるのかさえ分からなかった。
自分の言葉を受けて人が動き、結果になったことが嬉しかった。
財官「所定の務めでございます」
エーベルトは机へ帳簿を置いた。
セラも椅子へ座り、広げられた紙を見る。
財官「現時点で、給与などの通常の支払いができなくなる状態ではございません。ただし、召喚に関わる支出により、予定外の出費へ回せる金は減っております」
魔晶石の購入、術式を刻む材料、古い記録の借用、専門家の招聘。
儀式の準備に使った金が並んでいた。
高いのか安いのか、セラには判断できない。
自分の給与に換算して考えるのは途中でやめた。
財官「先王陛下は、十年をかけて戦への備えを整えるお考えでした。本年は召喚を優先し、来年以降、武具と兵糧の備蓄を増やす。そのためいくつかの支出を後へ回しております」
セラ「具体的に、何をですか?」
財官「街道の補修の一部、倉の増築、それから王領の橋の架け替えでございます」
セラ「橋は、後回しにして大丈夫なのですか?」
財官「通行は可能です。ただし、大きな荷車には制限を設けております」
荷車を制限すれば、一度に運べる量が減る。
その分、往復する回数も、必要な人と馬も増える。
街道警備に就いていた頃、商人から何度も聞かされた話だった。
セラ「橋を直さなければ、軍の荷も通しにくいのでは?」
財官「仰るとおりでございます」
セラ「それなら、軍備のためにも必要でしょう」
財官「はい」
エーベルトは否定しなかった。
必要だとは、分かっているのだ。
それでも、全てに金を出すことはできない。
セラは帳簿へ目を戻した。
財官「こちらは、召喚の準備以前から続いている収入と支出の内訳です」
何代も前の王が認めた免税。
特定の商会と交わした調達契約。
領主が集め、その一部を国庫へ納める税。
エーベルトの説明を聞きながら、セラは一つの項目を指した。
セラ「この免税は、何のために?」
財官「当時、街道と宿場の整備を負担した家への恩典でございます」
セラ「今も、その家が整備しているのですか?」
財官「現在は、一部を王国が負担しております」
セラ「それなら、約束した頃とは条件が違います。見直すことはできないのですか?」
財官「見直すこと自体は可能です。相手が応じれば」
セラは口を閉じた。
窓際では、皇帝が召喚術式の写しを読んでいる。
セラ「王の命令でも、変えられないのですか?」
財官「命令は、お出しになれます」
出した後、相手が従うかどうかは別なのだ。
即位式で誓約を断った若い男が思い浮かんだ。
式を行い、冠を戴いても、それだけで従ってもらえるわけではない。
セラ「これまでに、話し合いは?」
財官「何度か行われております」
セラ「結果は?」
財官「現在も、この条件が続いております」
セラはペンを取り、免税の項目へ印をつけた。
すぐに取り消せるとは思わない。
だが、どのような約束なのかも知らずに済ませたくなかった。
セラ「当時の記録を確認したいです。何を負担し、何を免じられたのか。今も続いている務めがあるなら、それも」
財官「関係する記録を集めます」
セラ「お願いします」
扉が叩かれ、侍従長が入ってきた。
侍長「陛下。ご拝謁を願う方々が」
セラ「どなたですか?」
告げられたのは、即位式で見た三人の貴族の名だった。
いずれも、先王の代から宮廷へ出入りしている者たちだ。
セラ「急ぎの話でしょうか」
侍長「……皇帝陛下に、お目通りをと」
セラの手が止まった。
窓際で、アシュヴァルが紙から目を上げた。




