↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/21

第七話 王冠の価値


 侍従長が継承の文書を読み上げた。

先王の退位、新王への権限の移譲、印璽を引き渡した記録。

記録官たちが、その内容を書き留めていく。


 前王、エルドリック三世の姿はなかった。

退位の文書へ署名した後、公の場へ出ることを拒んだという。

セラは空いた場所を見そうになり、前へ目を戻した。


神官「跪かれよ」


 セラは教わったとおり膝をついた。

神殿の代表が祈りを唱え、白い布の上から王冠を持ち上げる。


神官「神々の御前において、この地を治める務めを――」


 皇帝が小さく笑った。

祈りの声が一瞬途切れたが、神官は続けた。

セラは顔を上げず、定められた言葉を待った。


 冠が頭へ載せられた。

思っていたより重かった。


セラ「……お受けします」


 国を守り、法を守り、民を顧みる。

教えられた誓いを口にした。

近衛になった日に捧げた誓いよりも、守らなければならないものが増えていた。


 立ち上がり、玉座へ続く階段を上る。

警護に立っていた場所を通り過ぎると、広間が見渡せた。

貴族も官吏も、他国の使節も、皆がこちらを向いていた。


 セラは玉座へ腰を下ろした。

背を預けてよいのか、腕をどこへ置くのか。

迷っているうちに、臣下の誓約が始まった。


 最初に進み出たのは騎士団長だった。

広間の中央で片膝をつき、抜いた剣を両手で捧げる。

昨日まで命令を受けていた上官が、自分の前へ跪いていた。


団長「王国の法と、正しき王命に従い、御身と国土を守ることを誓います」

セラ「……お受けします」


 団長は剣を収め、脇へ退いた。

セラはその姿を見送った。

彼は務めを果たしている。

自分が優れた王だと認められたわけではない。

それは忘れてはならないと思った。


 官吏が続き、その後に貴族たちが進み出た。

一人ずつ跪き、誓いを述べて退く。

柔らかく微笑む者も、終始目を伏せたままの者もいた。


 ある貴族は、膝をつくまでに妙に時間をかけた。

身体を痛めているのかと思ったが、立ち上がるときにはためらわなかった。

セラは、その顔を覚えておいた。


 やがて侍従長が次の名を呼んだ。

返事がない。

もう一度呼ぶと、列の端から若い男が進み出た。


代理「父は急な病により、参上が叶いません。代理として、ご挨拶を」

侍長「では、誓約を――」

代理「いえ、父よりその権限は預かっておりません」


 広間が静まった。

男は頭を下げ、礼を失する言い方もしていない。

だが、誓約はしないと言った。

式には人を寄越しながら、セラを王として認めることは避けている。


 セラは男を見た。

彼は顔を上げなかった。

背後の貴族たちも、セラが何と答えるかを待っていた。


セラ「……ご病状を、お知らせください。誓約については、改めて使者を送ります」


 男は一礼して列へ戻った。

セラは次の名が呼ばれるのを待った。

同じように誓いを避ける者が、他にもいるかもしれない。

そう考えると、胸が苦しくなった。


     *


 儀式の後は使節たちの挨拶が続いた。

祝いの言葉と書状、贈り物の目録。

セラは一つずつ受け取り、覚えたばかりの言葉で返した。


 全てが終わり、人々が広間から退出し始めると、ようやく肩の力を抜くことができた。

冠は、まだ重かった。


皇帝「疲れたか」

セラ「……少し」

皇帝「座って名を聞き、返事をしただけであろう。近衛の務めより楽ではないか」

セラ「そうお見えになるのでしたら」


 アシュヴァルが笑った。


皇帝「随分と返し方を覚えたものよ」


 セラは広間へ目を戻した。

誓約を済ませた者も、しなかった者も、互いに挨拶を交わしている。

誰が自分の命令に従うのか、見た目では分からなかった。


セラ「これで、正式に王になったのですね」

皇帝「その飾りは、もう貴様のものらしいな」


 セラは冠へ触れた。


セラ「それだけですか?」

皇帝「ほかに、何を得た?」


 誓いの言葉と、祝いの書状は受け取った。

だが、兵を動かせと命じたら。

金を出せと求めたら。

今日膝をついた者たちのうち、誰が本当に従うのだろう。


 セラは答えられなかった。

皇帝も答えを教えようとはしなかった。


     *


 広間を出た若い貴族が、廊下の窓際で足を止めた。

父の病を理由に、誓約を断った男だった。

年長の貴族が隣へ並ぶ。


貴族「ハルヴェック伯爵のお加減は、いかがかな」

代理「自邸で、静かに過ごしております」

貴族「それは何より」


 窓の下には、新しい王を見ようと集まった人々がいた。

近衛出身の女王だという話は、既に城下へ広まっている。


貴族「それにしても、噂では分からぬものだな。あれほどの美貌とは」


 若い男は答えに迷った。

玉座に座るセラの姿が浮かぶ。


貴族「だが、顔で継承は決まらぬ」


 若い男は表情を引き締めた。


貴族「伯爵へお伝え願いたい。近いうちに、お見舞いに伺うと」

代理「承知いたしました」


 二人は別々の方向へ歩き出した。


 背後の広間では、記録官が即位の文書を確かめていた。

退位も継承も戴冠も、滞りなく記録されている。

新王の名も、正しく記されていた。


 ただ、幾つかの家の誓約書は、空白のままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。