第六話 王の装い
即位を翌日に控え、セラは衣装合わせに立ち会っていた。
両腕を少し広げたまま、既に随分と時間が経っている。
背後では侍女が裾を整え、衣装係が肩の寸法を確かめていた。
衣係「腕を、もう少しこちらへ。いえ、そこまで上げずに」
剣を持って立つ方が、よほど楽だった。
鏡の横には、礼装に使う装身具が並べられている。
金の鎖に宝石の留め具、刺繍を施した帯。
セラはそれらを見て尋ねた。
セラ 「これを全部、新しく買ったのですか」
侍女長「いいえ。王家に保管されていたものを使い、必要な箇所を直しております」
答えたのは侍女長のイレーネだった。
濃紺の衣を着た姿勢のよい女性だ。
彼女に見られていると、自分の立ち方まで気になった。
セラ「直すのには、幾らかかりましたか?」
イレーネが告げた額に、セラは黙った。
近衛として受け取っていた給与の、数か月分だった。
セラ 「式を、もう少し簡単にはできませんか?」
侍女長「宴は既に縮小しております。新たな調度の調達も止めました。ただ、儀式そのものを省くことは、お勧めいたしません」
セラ 「お金のためだけではありません。私は、まだ何もしていないのに…」
侍女長「だからこそ、必要でございます」
イレーネは衣装係へ合図し、手を止めさせた。
侍女長「城の外では、様々な話が広がっております。先王陛下がご病気になられた。異界の勇者が国を奪った。近衛が謀反を起こした、と」
セラ 「……私が?」
侍女長「そう語る者もおります」
セラは鏡から目を離した。
侍女長「御姿をお示しになり、継承を記録し、臣下の誓約を受ける。全ての者が納得するとは限りません。それでも、何が行われたかを曖昧にさせぬための儀でございます」
白い鎧は別の部屋へ運ばれていた。
あれを着ていた頃には、自分の役目がすぐに分かった。
今、鏡に映っている礼装姿の自分には、まだ慣れなかった。
セラ「……分かりました。お願いします」
衣装係の手が再び動き始めた。
セラは腕の位置を直し、寸法を確かめ終わるのを待った。
*
即位の朝、王城の鐘が鳴った。
セラは鏡の前で、その音を聞いていた。
髪は細い編み目を交えて結い上げられ、目元と唇には薄く化粧が施されている。
深い青の礼装には金糸の刺繍が入り、胸元には飾り鎖が渡されていた。
自分の顔には違いないのに、見慣れない。
セラ 「少し、化粧が濃くありませんか?」
侍女長「いえ。ほとんど施しておりません」
イレーネは最後の留め具を確かめ、一歩下がった。
侍女長「冠は広間でお受け取りになります。お支度が整いました、陛下」
セラは立ち上がり、いつもの癖で腰へ手を伸ばした。
剣はなかった。
礼装の裾を確かめ、そのまま扉へ向かった。
*
謁見の間には、既に人々が集まっていた。
王都に滞在する貴族、軍の幹部、神殿の代表。
壁際には記録官が並び、他国の使節たちも控えている。
新王の入場が告げられ、扉が開いた。
セラが歩き始めると、広間の囁きが止まった。
彼女を知る近衛の一人が、目を見開いていた。
詰所で共に食事をしたこともある男だったが、今日は目が合うと慌てて顔を伏せた。
貴族たちも、兜と鎧に隠れていたセラの美貌に驚いていた。
セラは、何か間違えたのかと不安になった。
足元を見すぎないこと。
裾を踏まず、急がずに進むこと。
教わった手順を思い出しながら、正面を見る。
階段の脇では団長が頭を下げた。
セラがその前を通ろうとしたとき、笑い声が響いた。
皇帝「ふはははは!」
玉座から少し離れた場所に、黒い椅子があった。
アシュヴァルが座っている。
式の準備では、あそこに椅子を置くとは聞いていなかった。
セラは足を止めた。
皇帝は彼女の礼装と飾り鎖、玉座の近くに置かれた王冠を眺めた。
皇帝「これが、貴様らの王の姿か」
セラ「……式典用の礼装にございます」
皇帝「随分と手間をかけて飾ったものよ。歩くたび、音まで鳴るではないか」
胸元の飾りが触れ合った。
侍従長も神殿の代表も、口を挟もうとはしなかった。
セラはアシュヴァルへ向き直る。
セラ「必要な装いと、伺いましたので」
皇帝「何に必要だ」
新王の威厳。
国の格式。
継承を示す姿。
説明された言葉を思い出し、セラは答えた。
セラ「私が王位を継ぐと、皆に知らせるためです」
皇帝「衣と冠に、知らせてもらうのか?」
胸が痛んだ。
まだ、自分の名だけでは足りない。
だから儀式が要り、礼装が要り、先王の署名と国の印が要るのだ。
セラ「今は、それが必要です」
皇帝を見たまま、続けた。
セラ「この姿なら私を見ていただけるのであれば、着ます。その後で、私が何をするかも見ていただきます」
アシュヴァルはしばらく黙っていた。
広間の者たちも、皇帝の返答を待っている。
皇帝「よかろう。せいぜい、その衣の値打ち分は働いてみせよ」
セラは返事をせず、儀式を進める侍従長へ向き直った。




