第四話 王の仕事
魔術師長が写本を取りに出ていくと、入れ替わるように侍従長が現れた。
後ろには、書類を抱えた男が二人いる。
団長「何事だ」
侍長「急ぎ、ご裁可を頂かねばならぬことがございます」
侍従長はセラを見て、それから皇帝を見た。
皇帝「また我の顔を見るか」
男は慌てて頭を下げ、セラへ向き直った。
侍長「……陛下」
セラ「…何でしょう」
侍長「まず、先王陛下のご滞在先について」
—―先王。
もう、そう呼ぶのか。
セラは差し出された紙を受け取った。
辺境にある王家の離宮。
随行する者の人数と警護の兵。
滞在に必要な費用も記されていた。
文字は読めるが、何を基準に決めればよいのか分からない。
セラ「今、決めるのですか」
侍長「先王陛下の今後の処遇に関わりますゆえ、宙に浮かせてはおけません。それから、本日の儀について地方へ遣わす使者を止めております」
セラ「使者?」
侍長「勇者召喚の成功を伝えるため、早馬を用意してございました。城下への知らせも、まだ出しておりません」
セラは紙から顔を上げた。
今日、国中へ知らせが出る予定だった。
神殿の鐘が鳴り、町では祝いの酒が開かれる。
城下には、既に人が集まっているはずだ。
侍長「……何と、お伝えすべきでしょうか」
勇者は来なかった。
皇帝が来て、伯爵を殺し、王を退けた。
そして、自分が王になった。
どう伝えれば騒ぎにならず、偽りにもならないのか。
セラ「……ほかには?」
答えられないまま尋ねると、隣の男が書類を差し出した。
役人「本日予定されておりました、財務官との謁見でございます」
セラ「財務官……」
役人「近衛及び城内勤めの者への給与について、先王陛下のご裁可を頂く予定でした」
セラの目が止まった。
先月分の給与は、まだ支払われていない。
近衛の詰所でも話に出ていた。
いつもの遅れだと笑う者も、家族へ送る金を気にする者もいた。
自分も父へ送る分を、手元の蓄えから出している。
セラ「…支払いを命じればよいのですか?」
侍長「いえ、財務官はまず不足分についてご説明したいと」
セラ「不足?」
侍長「……国庫の現状について、ご報告があるようです」
セラは手元の紙を見た。
先ほどまで、この国には王がいた。
何十年も、その務めを果たしてきた男が。
自分が廊下に立ち、扉の向こうを警護している間に、あの人はこうした話を聞いていたのだ。
命令を受ける側にいたときには、何を決めるための会議なのか、気にしたこともなかった。
侍長「…陛下」
皆が待っていた。
侍従長も、書類を持つ男たちも、彼女の答えを待っている。
セラは皇帝へ顔を向けた。
アシュヴァルは黒い椅子でくつろぎ、何食わぬ顔で話を聞いていた。
何も分からないはずがない。
この状況を作ったのは、この男だ。
セラ「……あなたが、私を王にしたのでしょう」
皇帝「うむ」
セラ「私は、何も分かりません」
皇帝「先ほど聞いた」
セラ「でしたら、せめて――」
皇帝「この国の王は貴様であろう?」
謁見の間でも聞いた言葉だった。
アシュヴァルは机の書類を見て、それからセラへ目を戻す。
皇帝「貴様の臣下が、貴様の命を待っておるぞ。いつまで、我に助けを求めておる」
セラは唇を結んだ。
侍従長へ目を戻す。
彼は頭を下げたまま待っていた。
何も分からないまま決めることはできない。
ならば、分かる者から話を聞くしかなかった。
財務官を通す。
使者は止めておく。
前王の警護については団長へ尋ねる。
セラ「……財務官に、来ていただいてください。まずは報告を聞きます」
侍長「承知いたしました」
セラ「地方への使者は、もうしばらく待たせてください。知らせる文面を確認したいです」
侍長「御意」
書類を抱えた男の一人が部屋を出た。
セラは団長へ向き直る。
セラ「……先王陛下の警護については、相談させてください」
団長「承りました」
答えが返ってきた。
たった三つの話だったが、セラはひどく疲れていた。
皇帝は何も言わなかった。
セラは机の書類へ目を戻した。
財務官が来るまでに、せめて書かれていることを読んでおかなければならなかった。
*
王城の西門から、一台の馬車が出た。
車体の紋章は覆われていた。
内側では、貴族の男が手袋を外している。
右の指先には血がついていた。
謁見の間で、倒れた伯爵の近くへ手をついたときのものだった。
男はそれを見つめ、手袋を丸めた。
家令「屋敷へ戻りますか」
貴族「いや。先に使いを出す」
向かいの家令が筆記板を取り出した。
城下には人が集まり始めている。
勇者召喚の成功を待ち、菓子を売る屋台に並ぶ者も、旗を振る子供もいた。
男は窓の幕を閉じた。
貴族「王位が奪われた」
家令「……は?」
貴族「詳しいことは口の堅い者に伝えさせる。今は、王家の血を引く方々へ至急お目にかかりたいと記せ」
家令が書き始める。
男は目を閉じ、玉座に座っていた白銀の男を思い出した。
剣も抜かず、人を殺した。
あれを相手にすることはできない。
だが、あの女は違う。
セラ・ヴァルド。
小さな家の出で、領地も私兵も持たぬ近衛の一人だ。
皇帝に指名されたところで、それだけで国を治められるものか。
貴族「それと、今の話は、まだ屋敷の者にも漏らすな」
家令が頷いた。
馬車は王城を離れていく。
その頃、謁見の間では侍従たちが赤い絨毯を巻いていた。
取り替えるためだった。
新しい王を迎える広間に、血の跡を残しておくわけにはいかなかった。




