第三話 皇帝を量る
アシュヴァルは部屋へ入り、机と椅子を見渡した。
その視線が空いた床へ向いた瞬間、そこに黒い椅子が現れる。
セラは目を疑った。
床から生えたのでも、誰かが運んできたのでもない。
何もなかった場所に、背の高い椅子が置かれていた。
皇帝はそこへ腰を下ろし、魔術師長を見た。
皇帝「量ると申したな」
魔師「はい。御身のお力の性質を、少しでも知ることができればと。鑑定の術にございます」
皇帝「ほう」
魔師「害を与えるものではございません。お持ちのスキルや加護を読み取るための術で――」
皇帝「スキルだと?」
皇帝「……それを授けるのは、誰だ?」
魔術師長は一瞬、言葉を探した。
魔師「神々の恩寵と、伝えられております」
皇帝「伝えられておる…。貴様は実際に、神とやらが力を与えるところを見たわけではないのだな?」
魔師「……ございません」
皇帝「では、知らぬのであろう」
魔術師長は黙った。
セラも返す言葉を持たなかった。
神々が人へ力を授ける。
幼い頃からそう教えられ、神殿で鑑定を受けた日にも神官は同じことを言っていた。
スキルを持たぬ者もいれば、持っていても知らずに終わる者もいる。
そのため、多くの町には鑑定を行う神殿があった。
何を授かっているかによって、就ける仕事や、受けられる教育が変わることも珍しくない。
セラの家にとって、鑑定の費用は軽いものではなかった。
父は剣に関わるスキルを期待していたらしい。
結果を聞いたときには一瞬黙ったが、その後で、生きて帰るのに役立つと言った。
実際、その言葉どおりに何度も救われてきた。
皇帝「よい。量ってみよ」
魔師「……お許しいただけるので?」
皇帝「二度言わせるな」
魔師「……では、失礼いたします」
魔術師長は杖を机へ立て掛け、懐から小さな銀の枠を取り出した。
枠には、三つの透明な石が収まっている。
それを机へ置き、指先で順に触れた。
セラが村の神殿で見た道具より、ずっと小さい。
高位の鑑定師は、神殿の大きな水晶を必要としないと聞いたことがあった。
魔師「我が前に在る者の、授かりし力を示せ」
石の間を薄い光が走り、その中に文字が浮かんだ。
魔術師長は覗き込んだまま動かない。
団長「……どうだ?」
返事がない。
彼女は文字を確かめ直し、ようやく答えた。
魔師「……人間、と」
団長「…他は?」
魔師「確認できるスキルが、ない」
セラは皇帝を見た。
アシュヴァルも机の文字を眺めている。
驚いた様子はなかった。
団長「……鑑定を拒まれているのではないか?」
魔師「その場合は、読めぬと出る。これは、該当するものがないと示されておる」
スキルを持たぬ人間なら珍しくない。
だが、この男は伯爵を殺し、広間にいた全員を床へ伏せさせた。
その力を、三人とも目にしていた。
皇帝「貴様らは、それを見て何を決める」
魔師「……何を、と申されますと?」
皇帝「力が示されれば、その道を歩ませるのか?」
魔師「適性を知ることは、その者の将来を定める助けになります。剣の才を持つ者は騎士へ、癒やしの力を持つ者は神殿へ。優れたスキルを持つ者には、それに相応しい教育を受けさせます」
皇帝「持たぬ者は?」
魔術師長は僅かに言い淀んだ。
魔師「……無論、技術は学べます。ですが、同じだけ鍛えたならば、授かりし者には及ばぬことが多く……」
皇帝「ゆえに、諦めさせるか」
魔師「……身の丈に合った道を選ぶことも、本人のためかと」
皇帝「本人のため、か」
アシュヴァルは笑った。
魔術師長が口を閉じると、今度はセラへ顔を向けた。
皇帝「貴様の力は、危険を知らせるものだと申したな?」
セラ「……はい」
皇帝「先ほども告げておったか?我に剣を向けるなと」
セラ「……はい。立ち向かうべき相手ではないとは、分かっていました」
皇帝「だが、貴様は剣を抜き、我に刃を向けた」
セラ「……私は、陛下をお守りする近衛です」
皇帝「それは聞いておる」
皇帝「その力の教えるままならば、貴様は床へ伏しておればよかった。にもかかわらず、立った」
セラは答えなかった。
そうしなければ、王の前に立つ者はいなかった。
だが、あのときの自分の判断を、この男に認めてもらいたいわけではない。
皇帝「そちらの方が、幾分見られる」
褒められたのだろうか。
セラには分からなかった。
少なくとも、喜ぶ気にはなれない。
目の前の男が伯爵を殺さなければ、あのような恐怖を味わうこともなかった。
皇帝「与えられた力を調べ、それに相応しい道を歩ませる。届かぬ先は、初めから望ませぬ。随分と、行儀よく並ぶ仕組みよの」
魔師「御身の世界には、スキルがないのでしょうか」
皇帝「少なくとも、我はこのような札を下げて生きた覚えはない」
アシュヴァルは魔術師長を見た。
皇帝「人が神へ挑もうとするときですら、貴様らはそのくだらん札に左右されるのであろうな」
誰も答えなかった。
人が神へ挑む。
セラは、そのようなことを考えたこともなかった。
魔術師長も言葉を失っている。
皇帝「……狭いな。力の授け方も、それを頼りに生きる者の考え方も。よく馴染んでおる」
皇帝は机の文字を眺めた。
皇帝「趣味の悪い理よ。これを拵えた者の顔が見たいものだ」
魔師「……拵えた、者?」
アシュヴァルは答えなかった。
鑑定の光が薄れ、文字が消えていく。
魔術師長は道具へ手を伸ばしかけ、そのまま止めた。
皇帝「だが、召喚の術は面白い。貴様が組んだものか?」
魔師「いえ。基礎となる術式は古くより伝わるものでございます。欠けた箇所を補い、今回の儀に合わせて調整を……」
皇帝「原典は?」
魔師「所持しておりません。ですが、書庫に写本がございます」
皇帝「持て」
魔師「承知いたしました」
魔術師長は鑑定の道具を片づけ、杖を手に立ち上がった。
何をすればよいか分かり、安堵しているように見えた。
自分たちは、この男の力を調べようとしていた。
分かったのは、人間だということだけだ。
使える力も、その限界も、何一つ掴めていない。
それに対して皇帝は、この世界の仕組みを問い、召喚術の写本を求めた。
何を知ろうとしているのか、セラには分からなかった。
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