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第二十話 王国軍の招集



 隣国の王都を発ち、セラたちは国境の関所へ戻った。

以前のような道を埋める荷車の列はなくなっていた。


 荷を調べられている商人や、車輪を直している者はいる。

だが、幌の下へ寝床を作り、何日も暮らしている様子はなかった。


 向こうから来た荷車が、一行へ道を譲った。

御者がセラに気づき、帽子を取る。


御者「あ、陛下!」


 セラは、その顔に見覚えがあった。

関所で通れるようになるのかと尋ねてきた若い男だった。

今、荷台には木箱が積まれている。


セラ「問題なく通れたのですね」

御者「はい。戻る荷も間に合いました。陛下、本当にありがとうございました」

セラ「いえ、よかったです。帰りもお気をつけてください」


 御者はもう一度頭を下げ、馬を進めた。

セラが見送っていると、横から声がした。


皇帝「王宮まで行った甲斐があったか?」

セラ「見てのとおりよ」

皇帝「うむ。だが、貴様の王位より荷の方が先に認められたな」

セラ「……あんた、本当に腹立つわね」


団長が短く息を吸い、何かを言おうとしてやめた。

セラはその気配に気づいた。


セラ「大丈夫よ。本人、笑っているでしょう?」

皇帝「ふははは! やはり貴様の臣下は、貴様より気苦労が多そうだ」


団長は何も答えなかったが、セラもそれ以上余計なことは言わなかった。


 アルディア側の関所へ入ると、責任者が待っていた。

初めて来たときより、身なりが整っている。


所長「お戻りなさいませ陛下。通行の状況とその後の記録にございます。王都へも使いを出しております」

セラ「ありがとうございます」


 受け取った文書を書記官へ渡す。

責任者は、少し笑った。


所長「荷が動き始めてからは、苦情の数も減りました」

セラ「それは、よかったです」

所長「代わりに、早く確認してくれとせかされておりますが」


 セラと責任者は思わず笑った。

忙しいけど、止まっているよりは良い。

――そういう笑いだった。


     *


 王都まであと一日程の宿駅で急使が待っていた。

王城に残してきた近衛だった。

セラの一行を見ると、すぐに駆け寄ってくる。


セラ「何かあったの?」

急使「陛下!至急、ご確認いただきたいものがございます」


 セラは書状を受け取り宿の中へ入った。

団長と書記官が続きアシュヴァルも入ってくる。

封を切り、最初の数行を読み返した。


セラ「……納税を止めた?」


 王都の東に領地を持つ有力家門が新王への服従を拒んだ。

今後、王都へ税を納めない。

領内の兵もセラの命令では動かさない。

その声明が周辺の領主にも送られているという。


 その理由は、はっきり記されていた。


 異界の者の威を借り、近衛騎士セラ・ヴァルドが王位を簒奪した。

先王の退位は、自由な意思によるものではない。

正統な継承者によって、王座を回復すべきである。


セラ「なるほど。私が、王位を奪ったことになっているのね」


 書記官が、声明の写しを広げた。

末尾には幾つもの家の名がある。

ラウレンツの名もあった。


セラ「そして、オスヴァルト殿下を迎えると…」


 オスヴァルト殿下。

私に王位を退けと言った、前王の甥の青年。

セラは断ったが、あの話し合いは終わっていなかった。

自分が断った後も続いていたんだ。

自分のいない場所で、勝手に。


セラ「実際に、兵は動いているのですか?」

急使「領内の街道へ、武装した者が置かれたと報告がございます。通る者の行き先を確かめていると」

団長「王都へ向かう荷もか?」

急使「はい。一部、止められたものがございます」


 セラは関所の荷車を思い出した。

国境の荷を通し、戻ってきたら今度は国内で荷が止められている。


セラ「先王陛下は、このオスヴァルト殿下の王位継承の件に加わっておられるのですか?」

急使「いえ、そこまでは確認できておりません。声明には、先王陛下のお戻りを望むとの文言がございますが、ご本人の署名はございません」


 まだ分からない。勝手に決めてはならない。

セラはそう考え、次を尋ねた。


セラ「王都の状況は?」

急使「城門の警備を増やしております。財務官のエーベルト卿は、近隣の倉と当面の支出について確認を進められております」

セラ「わかりました。侍従長はどうされていますか?」

急使「諸侯からの書状を取りまとめ、陛下のご帰還を待つよう官吏へ申し渡しております」


 セラは椅子へ座った。

自分のいない間にも、皆が動いてくれている。

そのことが、今はありがたかった。


 だが、同時に、恐ろしかった。

自分が戻ったら、皆に次を命じなければならないからだ。


     *


 翌朝の出発を早めることになった。

ただし、夜のうちには出ない。

団長がそう告げた。


団長「道を急いで陛下が落馬されては、向こうを喜ばせるだけです」


 セラは反論しなかった。

馬にも人にも休みが要ることは分かっている。


 急使には部屋を与え、食事を用意するよう頼んだ。

書記官は王城へ返す文面を整え、団長は近衛と道順を確かめる。


 セラは声明を読み直した。

返事を求められている。

退くか、それとも従わない者へ対処するか。


 相手は既に兵を置き、荷を止めていた。

自分の命令には従わないと文書にして送ってきた。

そこまでされても、私はまだ問い続けるだけでよいのか?


皇帝「顔つきが、また変わったな?」

セラ「あんたが、面白がる顔でしょうね」

皇帝「ふん、己の国へ戻れば、皆が貴様を待っておるとでも思うておったか?」

セラ「待っている人もいるわよ」


 すぐに答えた。

財務官も、侍従長も、侍女長も、帰還を前提に仕事を続けている。


セラ「だから、帰るの」

皇帝「うむ」


 皇帝がセラの手にある紙へ指を指し話した。


皇帝「だが、そこに名のある者どもも貴様の帰りを待っておるらしいぞ?」


セラ「……分かってる」


 ――こいつはこんな時にでも、呑気に煽ってくる。

セラは声明を見た。

返事を欲しがっている。

退くか。抵抗するか。

自分が何をするのかを。


 セラは声明を畳み、王城へ送る文面を確かめに机へ戻った。


     *


 翌日の午後、セラたちは王都へ着いた。

城門には普段より多くの兵が立ち、通る荷を確かめていた。


門兵「陛下、ご帰還!」


 一行が近づくと声が上がり、門の内側で人が動いた。

道端の者たちもセラを見る。

頭を下げる者、隣と囁き合う者、ただ見ている者。

何がどこまで伝わっているのかは分からなかった。


 王城では、侍従長とエーベルト、侍女長が待っていた。

セラは馬を降りる。


セラ「ただいま戻りました」

侍長「お帰りなさいませ、陛下」


 その言葉を聞いて、ようやく帰ってきたと思った。


 衣服を替えて執務室へ入ると、机には新たな書状が積まれていた。

声明に同調するもの。

態度を保留するもの。

王都の指示を求めるもの。


 ヴァルゼン王国からの知らせもあった。

正統な継承を求める者たちを支持し、オスヴァルト殿下の安全を保障する。

帰国に必要な援助も行うという。


セラ「援助、ですか」

団長「人と物だけとは限らないでしょう」

セラ「兵も、ということですね?」

団長「はい。その可能性がございます」


 エーベルトが別の紙を広げた。


財官「東の街道では荷を止められ、一部の納入が遅れております。直ちに倉が空くわけではありませんが、長引けば別の経路が必要です」

セラ「オスヴァルト殿下へ、話し合いの使者は出せますか?」

侍長「出せます。殿下と声明に名を連ねた家々へ使いを出しましょう」

セラ「では、彼らが私の退位以外に何を求めているのか、それらをまず聞いてください」

侍長「承知いたしました」


 セラは机の地図を引き寄せた。

王都から東へ延びる街道。

村と倉、橋、兵を置かれた場所に印がついている。


セラ「ですが、その返事を待つ間、東の街道を止めたままにはできません」


 団長がセラを見た。

そこへ兵を出せば、相手も兵を出すかもしれない。

自分の命令で、誰かが死ぬこともある。

それでも、何もしなければ荷は止まり続ける。


セラ「団長」

団長「はい」

セラ「王国軍の招集を」


 侍従長の手が止まった。

エーベルトも顔を上げる。

団長は、セラを見たまま尋ねた。


団長「それは、どの範囲までお命じになりますか?」


 どれほど呼べばよいのか。何日で集まるのか。

今すぐ答えられるほど、セラは内情を知らなかった。

だからこそ、知る者へ相談する必要がある。


セラ「王都の守備は残します。その上で、街道の確保に動ける兵を集めてください。諸侯にも、兵数と到着できる日を報告するよう伝えてください」


 団長はしばらく彼女を見て、深く一礼した。


団長「承知いたしました」

セラ「では、招集の文書の作成も並行してお願いします」


 記録官が呼ばれ、紙が用意された。

誰へ送り、いつまでに返答を求め、どこへ兵を集めるのか。

団長たちへ尋ねながら、一つずつ決めていく。


 セラは整えられた文面を読み、自分の名を記した。

印璽を押すと、赤い蝋へ国の紋章が残った。

給与の支払いも、関所への書状もこの印で命令になった。

だが、今回の印璽は前回と同じ重さではなかった。


 今度は自分の名で兵を集める。

その命令がどれほどの者を動かすのか。


――まだ、彼女は知らなかった。


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