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第二十一話 戦場の姫君


 招集の期日までに集まった兵は、求めた数の半分にも届かなかった。

セラは城壁の上から練兵場を見下ろしていた。

兵たちは馬を繋ぎ、荷を下ろし、所属ごとの場所へ集まっている。

近衛として任務に出るときには、これほどの人数を伴ったことはない。

それでも報告で聞いてた敵兵に対抗するには、明らかに数が足りなかった。


セラ「これで、全員ですか?」

団長「はい。到着を知らせている部隊については、全て出揃っております」

セラ「他に、まだ来る可能性がある家はありますか?」

団長「ございます。ただし、いつになるかを確約していないものばかりです」


 旅の泥を落とす兵がいた。

槍を確かめる男や、仲間の荷を持つ若者もいる。

ここにいる者たちは、命令を受け準備をして王都まで来た。

来なかった者のことばかり考え、この人たちを少ないと言ってよいのだろうか。


セラ「敵は?」

団長「街道の砦へ、さらに兵を入れております。ヴァルゼン王国の兵の姿も確認されました」

セラ「はぁ、やはり正式に同盟関係にあるのですね」

団長「はい。オスヴァルト殿下の帰国を支援する部隊、と称しておりますが」


 ――支援。

王家を助け国を守る。

その名目で隣国の兵が国内へ入ってきた。


セラ「ヴァルゼン王国の軍は、誰が率いているの?」

団長「ダリウス・ヴァルケンです」


 王宮の光景が浮かんだ。

大きな身体と剣の柄へ掛かった手。

〈危険察知〉はあの男をはっきり覚えていた。

自分が剣を交えても勝てるとは思えなかった。


団長「本隊は砦の東に置かれています。砦と街道の前面には国内諸侯の兵が待機しているようです」

セラ「なるほど、前線に立ち国を取り戻すのはアルディアの者だと、そう見せたいのね」

団長「それもあるでしょうね」

セラ「では、剣聖は?」

団長「ヴァルゼン王都にいると、複数の報告がございます」


 セラは頷いた。

二人が揃っていないのは幸運だが、それでも楽な相手ではない。


 練兵場から笑い声が聞こえた。

自分が命じれば、彼らはここを出て敵と向き合う。

帰らない者が出るかもしれない。

セラは兵たちを見下ろしたまま、団長を呼んだ。


セラ「団長」

団長「はい」

セラ「地図を、もう一度見せてください」


     *


 会議部屋には、軍の指揮官たちが集まっていた。

近衛の頃には、セラが壁際へ控えていた会議だった。

今日は机の中央が、自分のために空けられている。


 セラは席へ座らず、地図の前に立った。

街道を塞ぐ砦。

西には畑、南には低い丘。

北には古い採石場へ続く道がある。


セラ「ここは、騎馬で通れそうですか?」


 王都に近い小領から来た、年配の騎士が答えた。


騎士「一列ならば。ただ、荷車を通すには厳しい道です」

セラ「ではこの先の出口は?」

騎士「こちらの斜面へ出ます。しかし、雨の後は足場が悪くなります」


 道幅や曲がる場所、馬が速度を落とす箇所。

地図だけでは分からないことをセラは騎士へ尋ねた。

男は知っている範囲を答え、団長も説明を補った。


団長「陛下、追われる側は特に、この道を通り抜けるのことは容易ではありません」

セラ「ええ、そうでしょうね」

団長「振り切れず、先頭へ追いつかれれば狭い道では味方も助けに入れないでしょう」


 団長は地図を指した。


団長「陛下。先ほどの案では、相手がこちらを追わなければ成立いたしません」

セラ「分かっています」

団長「ヴァルケン将軍が、容易に乗ってくるとは思えません」

セラ「その人には、端から追わせるつもりはないわ」


 セラは砦の前へ置かれた印を見た。

自分を王と認めず、オスヴァルトを迎える国内諸侯の兵だった。


セラ「ここには、私を捕らえた功績が、そのまま自分の地位になる人たちがいるのでしょう?」


 侍従長から聞いた、家々の関係を思い出す。

誰が先に声明へ名を連ねたか。

王位が替われば、誰が何を得ると考えているか。


セラ「ヴァルゼン国兵だけで勝たれても、面白くない人たちも多くいるわ」


 団長はセラを見た。彼女は続けた。


セラ「それでも、必ず追ってくるとは言えません。でも、私が前へ出れば捕らえたいとは思うはずよ」

指揮「陛下。御身を囮にするおつもりですか?」


 セラが頷くと、指揮官の顔が険しくなった。


指揮「なりません!国王が敵の前へ出るなど、万一のことがあれば――」

セラ「私が捕まれば、向こうは勝ったことにできる。だから、他の誰より私を追う理由になるでしょう」


 団長の表情が変わった。

訓練で無茶をした騎士へ、何度も向けていた顔だった。


団長「陛下、ここは近衛の演習場ではございません」


 セラは黙って聞いた。


団長「相手は陛下をただ倒す。それだけで良い。しかしこちらは御身を守り、誘導を成功させ、別働隊も動かさねばならない。一つでも失敗すれば、こちらはその全てが崩れます」

セラ「ええ」

団長「お分かりなのであれば――」

セラ「でも、私が出るよりもっと良い作戦がある?」


 団長は口を閉じた。

セラは地図へ目を戻す。


セラ「あるなら、それにしたい。私だって怖くないわけじゃないもの。でも、今ここにいる兵だけで、あの砦を正面からぶつかって取りに行けるとは思えない」


 反論はなかった。

だからといって、自分の案なら必ず勝てるわけでもない。

足りないところを皆に考えてもらう必要があった。


セラ「私が先に出る。どこまで近づくか、何人を連れていくか、どこで戻るか。それを今、一緒に考えてほしいの」


 団長を見る。


セラ「勿論、私一人で走るつもりはありません」


 長い沈黙の後、団長が採石場への道を指した。


団長「……この道は、そのまま使うことはできません」


 セラは顔を上げた。


団長「まず、出口を確かめる必要があります。挟むのであれば、待ち伏せる側の退路も。それから、陛下の護衛は速い馬に乗れる者だけでは足りない」


 別の指揮官が地図へ身を寄せた。


指揮「斜面のこちら側なら弓兵を隠せます」

将校「隠すだけでは駄目だ。合図が見えねばならん」


 年配の騎士も、近くの道を示した。


騎士「村の林を突っ切れば、こちらからも入れます」


 言葉が行き交い始めた。

セラは一つずつ聞き、分からないところを確かめた。

皇帝はただ、机を囲む者たちを眺めていた。


     *


 出陣の朝、空は晴れていた。

城門の内側には、兵と荷を括りつけた馬が集まっていた。


 セラは近衛の頃から使っている鎧を着てその前に立った。

王を示す外套は、侍女長が乗馬の邪魔にならないよう留め直してくれた。

冠はなく、腰にはいつもの剣がある。


 兵たちは静かだった。

敵の方が多いことも、招集に応じなかった家があることも既に噂になっている。

セラは一列目を見た。

若い兵と、その隣で同じように槍を握る年配の男。

まだ名も知らない者たちを、自分の命令で連れていく。


セラ「今回の戦は、敵の方が数が多いです!」


 団長がこちらを見た。

兵の列にも動きがあった。


セラ「招集に応じなかった兵もいます! 私を王と認めない者もいます! そのことを隠して、必ず勝てると、綺麗事だけを言うつもりはありません!」


 セラは顔を上げた者たちへ、続けた。


セラ「私たちが取り戻すのは、街道です! 王都へ来る荷を、国の中で止められている! 命令で仕方なく、あの場所に立たされている兵もいる! 私はその全てを、斬り倒したいわけではありません!」


 できるだけ、兵の顔を見て話した。

全員とは目を合わせられなくても、下を向かずに伝えたかった。


セラ「武器を置いた者まで、敵として殺すことは許しません! そこは、皆にも守ってもらいます!」


 列の中で、隣を見る者がいた。

同じ国の兵だ。

相手に知り合いや親類がいる者もいるのだろう。


セラ「敵が欲しいのは私です! 私を捕らえるか、殺すか! それで、この争いを終わらせられると思っている!」


 セラは自分の胸へ手を置いた。


セラ「だから、私が先頭に立ちます!」


 ざわめきが走った。

後ろの列でも兵たちが顔を見合わせる。

団長が半歩近づいた。


団長「陛下。御身の役目を、必要以上に――」

セラ「分かっています」


 小さく答え団長へ頷いた。

会議で何度も確かめた。

前へ出る距離、戻る合図、追撃が来ない場合の動き。

一人で何もかも決めたのではない。


セラ「敵兵には私を追わせます! その間に、皆にはそれぞれの役目を果たしてもらいます! 配置と合図は、隊長たちから聞いている通りです!」


 槍を握り直す兵がいた。


セラ「私は、死にません!」


 団長の顔が強張った。

セラはすぐに言葉を重ねる。


セラ「死んでも構わないから、前へ出るのではありません! 戻るつもりで行きます! 皆にも、生きて戻ってきてもらうために!」


 朝日がセラの顔を照らしていた。

風に揺れる金色の髪も、白い鎧の肩も、光を受けて輝いている。

兵たちを見渡すその姿には、物語に描かれる姫君のような美しさがあった。


 彼女は城に残り、帰りを待つのではない。

自らも剣を携え先頭に立ち、自分たちと同じ戦場へ向かおうとしている。

生きて戻れと訴える声に、兵たちは黙って耳を傾けていた。


セラ「私は王になったばかりです。知らないことばかりで、今も人に教わりながらここに立っています」


 団長も、指揮官たちもいる。

兵の後ろには、食事を作り、荷を運び、負傷者を診る者たちもいた。

誰も欠けずに戻れるとは、約束できない。

それでも、戻るための準備を皆で重ねてきた。


セラ「でも、私の命令で戦ってほしいと言っておいて、私だけが危険の届かない場所にいることはできない!」


 剣の柄へ手を置いた。

抜かずに握ると、少し落ち着いた。


セラ「今日、私が皆の前を走ります!! だから、帰る道を、一緒に切り開いてください!!」


 言い終わると、静かになった。

セラは立ったまま兵を見た。

伝わらなかったのか。

余計に怖がらせたのかもしれない。


 槍の石突きが地面を打った。

前の列にいた年配の兵だった。

男はセラを見て、もう一度槍を打つ。

隣の兵が倣い、その音が列へ広がっていった。


兵士「女王陛下!!」

兵士「陛下!」


 盾を叩く者もいた。

全員ではない。

黙ったままの者も、不安そうな者もいる。

それでも、自分の言葉を受け取ってくれた者がいた。


 列の外れでは、アシュヴァルが笑っていた。

彼だけは槍も盾も持たず、誰の列にも入っていない。

セラは一度だけ目を合わせ、兵たちへ向き直った。


     *


 兵が持ち場へ戻り始めると、団長が隣へ来た。


団長「陛下」


 叱られると分かった。

セラは先に口を開く。


セラ「絶対に死なないと、保証できるつもりで言ったのではないわ」

団長「では、なぜ、あのように仰ったのです」

セラ「生きて戻ると、決めているから」

団長「敵は、陛下のお決めになった通りには動きません」

セラ「ええ。だから、合図には従います」


 セラは団長を見た。


セラ「戻れと言ったら、戻ります。だから、私を逃がすために、団長も無理をしないで。私も、しないから」


 団長はしばらく黙っていた。


団長「……約束を違えぬよう、お願いいたします」

セラ「はい」


 ようやく団長が一歩退いたところで、笑い声がした。

アシュヴァルが近くに来ていた。


皇帝「死なぬと来たか。 我と違い、斬れば死ぬ身でよく言い切ったものよ」

セラ「だから、何とか斬られないようにするのよ」

皇帝「うむ。見ておるぞ」


 助けるという意味ではなかった。

セラも、それを聞き違えなかった。


セラ「好きに見てなさい」


 皇帝が笑った。

団長は今度は注意せず、近衛から手綱を受け取ってセラへ差し出した。


 セラは鐙へ足を掛け、馬へ乗った。

鞍からは、集まった者たちが先ほどより遠くまで見えた。

皆、自分の命令を受けて門を出る。


 門が開いた。


団長「出陣する!!」


 槍の列が動き、荷車が続いた。

蹄と車輪と足音が、城門の下で重なる。

セラは、その先頭へ馬を進めた。


――振り返らなかった。


 ただ帰るために、前を向いた。


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