第十七話 もう一人の継承者
王宮から客舎へ戻る馬車の中で、セラは黙っていた。
王位の承認を求め、継承へ介入するつもりなのかと尋ねた。
それなのに、会見の途中から話はアシュヴァルばかりになった。
軍に加わるのか。
命じられるのか。
攻め入った場合は、どう動くのか。
王と認めるかは保留しながら、その国へ攻める話はする。
思い出すと、また腹が立った。
団長「客舎へ戻られたら、ひとまずお休みください。返答が届くまで、こちらから新たな申し入れはいたしません」
セラ「……分かったわ」
団長「王都へは、本日のことを知らせます。文面を整えた後、ご確認を」
セラ「ええ」
セラは頷き、少し間を置いて尋ねた。
セラ「団長。向こうは、本当に私たちへ攻めてくると思う?」
団長「攻めると決めているかは、私には分かりません。ですが、攻められたらどうするかは、今考えております」
剣聖クラウス・ラゼルと、将軍ダリウス・ヴァルケン。
どちらも、自分では敵わない相手だった。
それでも、二人が最も気にしていたのはセラではなかった。
セラ「……私、何をしに行ったのかしら」
団長「陛下のお考えを、お伝えすることは叶いました。ただし、相手が受け入れるかは別のことです」
セラは窓の外へ顔を向けた。
見知らぬ街の人々は、王宮で何が話されたかなど知らずに暮らしていた。
*
用意された客舎には、既に訪問者が来ていた。
玄関の近衛が団長へ報告する。
セラ「誰が来ているの?」
近衛「ラウレンツ子爵でございます。それと、王家の御方が」
セラは足を止めた。
ラウレンツは、隣国の条件を受け入れるよう勧めてきた男だ。
王都にいると思っていた。
いつ、こちらへ来たのだろう。
団長「お会いになりますか?」
セラ「会うわ」
応接の間には、男が二人いた。
子爵はセラを見ると立ち上がり、深く一礼した。
隣の青年も席を立つ。
三十前後の、薄茶の髪をした男だった。
胸には王家の血族を示す飾りがある。
先王の甥、オスヴァルト殿下。
式典の警護でも、何度も姿を見たことがあった。
殿下「久しいな、セラ・ヴァルド」
セラ「お久しぶりです、殿下」
呼び方は、近衛だった頃と同じだった。
セラは向かいへ座り、団長が斜め後ろに立った。
子爵「お疲れのところ、恐縮にございます。国の先々に関わる話ですので、早くお伝えすべきかと」
セラ「伺います」
子爵「まず、関所の通行再開に尽力されたことに感謝申し上げます。商人たちも安堵していることでしょう」
セラ「そうであれば、よかったと思っています」
子爵「ただ、それによって全てが解決したわけではございません。今のアルディアには、正統性を巡る深い亀裂がございます」
セラは黙って聞いていた。
子爵がオスヴァルトへ目を向ける。
殿下「セラ・ヴァルド、君には王位を退いてほしいんだ」
前置きはなかった。
殿下「君を責めるつもりはない。叔父上の命に従ったのだろう?あの場で逆らうことはできなかったと聞いている」
セラ「……はい」
殿下「ならば、君自身も望んではいなかったはずだ。君が退けば、私が王家の一員として継承を引き受ける。叔父上のお立場も、改めて整えられるだろう」
望んでいなかった。
そのとおりだった。
セラが答えずにいると、子爵が続けた。
子爵「近衛としての身分と、ご実家の安泰は保証いたします。退位にあたっては、相応の礼も」
セラは子爵を見た。
実家には父と母と弟がいる。
今、この男がその家の名を持ち出した。
セラ「私が退かなければ、実家は安泰ではなくなるという意味ですか?」
子爵「そのような意味ではございません」
セラ「では、なぜ今、それを仰るのですか」
子爵「それは、ご不安があろうかと思いまして」
セラ「ありませんでした……今、お聞きするまでは」
子爵の笑みが消えた。
オスヴァルトが身を乗り出す。
殿下「セラ。互いの言葉尻を捉えるために来たのではない」
セラ「では、なぜこのような大切なお話を、他国の客舎でなさるのですか?」
二人とも、すぐには答えなかった。
セラ「私は今日、ヴァルゼン王国が我が国の継承へ介入するつもりなのかを尋ねてきました。その返答を待っているところへ今、あなた方が来た」
セラは子爵へ向き直った。
セラ「隣国へ、私の即位を認めないよう求めたのは、あなた方ですか?」
子爵「諸侯には、意見を伝える権利がございます!」
セラ「まず、聞いたことに答えてください」
子爵「国を守るため、働きかけを行うことは当然ございます!」
セラ「国の王を退けるために、他国の力を借りることが?」
子爵「それは、国の混乱を収めるためです!」
子爵の声が強くなった。
子爵「陛下も、ご自身が何によって王座にあるか、お分かりでしょう?血統でも、諸侯の推戴でもない。異界の御方が一言お命じになった。それだけでございます!」
反論できなかった。
王冠も印璽も、先王の署名も、あの日の命令から始まっている。
殿下「もう充分だ。君は無理をした。務めは果たした」
関所で帽子を上げた御者が浮かんだ。
給与を受け取り、礼を言った厩番。
説明を求めるたびに帳簿を開いてくれた財務官。
今も後ろに立つ団長。
彼らへ、何と言えばよいのだろう。
命じられただけだった。
やはり王家の者へ任せます、と。
セラ「……いいえ。私はまだ、何も果たしていません」
*
扉が開いた。
入室を告げる声はなく、アシュヴァルが入ってきた。
子爵が立ち上がり、深く頭を下げる。
オスヴァルトも一瞬遅れて席を立った。
皇帝は二人を見て、それからセラへ告げた。
皇帝「続けよ」
壁際に黒い椅子が現れ、アシュヴァルが座った。
子爵「皇帝陛下。私どもは国の安寧のため、話し合いを――」
皇帝「貴様が喋っておったのであろう?」
皇帝は子爵ではなく、セラを見ていた。
セラは二人へ顔を戻した。
セラ「私は、望んで王になったのではありません。ですが、引き受けました。私の名で、命令も出しました」
まだ、少ない。
支払いを急がせ、書状を送り、関所へ来た。
それでも、自分の判断で人を動かした。
セラ「今、私が退けば国が収まると、どうして言えるのですか?」
殿下「私は王家の血を――」
セラ「存じています。ですが、王になって何をなさるのかは、まだ伺っていません」
セラは立ち上がった。
セラ「王位を望まれるのであれば、国へ戻って、皆にも示してください。何をして、誰を支えるのか。私では駄目だというのなら、それも!」
子爵が口を開きかけたが、セラは続けた。
セラ「ですが、他国の兵力と、私の家族の安泰を並べて退けと言われても、私は頷けません」
子爵「兵を出すなどとは申しておりません」
セラ「では、兵を借りることもないと誓ってください!」
子爵の返答が止まった。
オスヴァルトが、その顔を見た。
セラは二人を待った。
だが、誓うという言葉は出なかった。
子爵「……本日は、お疲れのご様子でございます。改めてお話しする機会を」
セラ「国へお戻りになったら、伺います。私も、我が国へ帰りますから」
二人は礼をして退出した。
扉が閉まっても、セラはすぐには座れなかった。
足に力が入りすぎていた。
皇帝「望んで王になったのではないと、貴様が一番よく申しておったがな?」
セラ「そうよ」
皇帝「では、王位など返せば楽になったであろうに」
セラは二人が座っていた椅子を見た。
家柄も知識も、自分よりあるのかもしれない。
それでも、今の話には頷けなかった。
セラ「……あの渡し方は、違うと思ったの」
皇帝はしばらく彼女を見た。
皇帝「そうか」
それ以上は何も言わなかった。
セラは椅子へ座り、ようやく肩の力を抜いた。




