第十三話 本人がここまで来ているでしょうが!
坂を下りた先に、荷車の列が見えた。
道の両側へ幌馬車が寄せられ、その間を人と馬が行き交っている。
車輪の脇には鍋が置かれ、荷台の下には毛布が敷かれていた。
本来なら、とっくに通り過ぎているはずの人々が、道で暮らしていた。
団長「関所です」
報告には二十七隊とあった。
その後も増えているという。
セラは速度を落とし、列へ近づいた。
商人「王都からか?」
商人「やっと通れるのか?」
荷車から次々と顔が出る。
セラが答えようとすると、団長が声を掛けた。
団長「まず、責任者のところへ」
門前で馬を降り、手綱を近衛へ渡す。
セラは書記官から文書を受け取った。
セラ「アルディア王国、国王セラ・ヴァルドです。責任者を呼んでください」
兵は文書と国の印を確かめ、それから彼女を見た。
門兵「……陛下?」
セラ「はい」
兵は姿勢を正し、建物へ走っていった。
*
責任者は息を切らして出てきた。
セラへ頭を下げかけ、その背後で動きを止める。
アシュヴァルが地面から僅かに浮いていた。
団長「こちらはご同行の御方です。まず、陛下へ報告を」
所長「お迎えもできず、申し訳ございません。すぐに部屋を――」
セラ「ここで結構です。向こうから、通行再開の知らせは?」
所長「まだ、本国の確認を待っているとしか」
セラ「商会の保証を受けた荷なら、通れるのですか?」
所長「はい。通れたものもございます」
全ての荷を止めているわけではない。
セラは坂の向こうを見た。
ヴァルゼン側の門も、荷を調べる場所も見える。
人はいるのに、こちらの荷車は動いていなかった。
セラ「私が来たと伝えてください。即位の記録も持参しています。責任者との会見を求めます」
役人が文書を携えて向こうへ渡った。
待つ間に、商人たちの間へ囁きが広がる。
商人「女王だと?」
商人「馬で来たのか?」
セラの外套には街道の泥がついていた。
礼装でもなく、冠もない。
それでも、近衛と国の印を見た者たちが、次第に彼女の前を空けていった。
役人は間もなく戻ってきた。
責任者へ耳打ちするのを見て、セラが声を掛ける。
セラ「こちらにも聞こえるように、お願いします」
役人「……先方の責任者は、公務により不在とのことです」
セラ「いつ戻ると?」
役人「未定とだけ」
セラ「私が来ていることは伝えましたか」
役人「はい。国王陛下がお越しだと」
セラは隣国の門を見た。
ここまで来ても、また待てというのか。
セラ「本人が、ここまで来ているでしょうが!」
周囲の声が止まった。
セラは外套の留め具を確かめ、歩き出す。
団長「陛下。どちらへ」
セラ「確認してもらいます。その目で」
団長「先方の返答を待つべきです」
セラ「不在だという返事は聞きました。なら、戻ってくる場所で待ちます」
団長は近衛へ合図した。
二人が先へ出て、残りが左右と背後を固める。
書記官も文書の袋を抱えて続いた。
皇帝「ふははは! とうとう己で乗り込むか」
セラ「だって、本人も記録も来ているのに、まだ確認できないと言うのよ!」
皇帝「よく見せてやれ。冠も取り寄せてやろうか」
セラ「要らない!」
近くの商人が噴き出し、慌てて口を押さえた。
その隣から、別の声が上がる。
商人「そうだ!いつまで確認しているんだ!」
商人「こっちは六日も待ってるぞ!」
荷車の脇から人が出てきた。
団長が振り返る。
団長「道の中央を空けろ! 隣国側へは近づくな!」
近衛が一行と商人たちの間へ入った。
セラも足を止め、振り返る。
セラ「向こうへ渡るのは、私たちだけです!荷を動かせるよう、私が話をします。皆さんは、ここで待っていてください!」
一瞬静まり、それから声が返った。
商人「頼みます、陛下!」
商人「言ってやってくれ!」
即位式で受けた拍手とは違った。
作法も順序もなく、それぞれが叫んでいる。
セラは頷き、隣国の門へ向き直った。
*
門兵「止まれ!」
兵が槍を構えた。
団長が近衛を制し、セラも槍の届かない位置で止まる。
セラ「アルディア国王、セラ・ヴァルドです。責任者との会見を求めます」
兵は近衛の紋章を見て、書記官の袋を見た。
その後ろの皇帝へ目を向けると、槍先が揺れた。
門兵「責任者は、不在に――」
セラ「伺いました。ここで待ちます」
門兵「こちらは通行の邪魔に……」
セラ「通行は、止めているのでしょう?」
兵は答えられなかった。
建物の陰から役人らしき男がこちらを窺い、すぐに引っ込んだ。
セラは即位の記録を示した。
セラ「継承を確認する必要があると聞き、記録を送りました。今は本人も来ています。ほかに何が必要なのか、答えられる方を呼んでください」
兵は文書を受け取ろうとしなかった。
セラは書記官へ戻す。
セラ「あなたに決めろと言っているのではありません。責任を持って答えられる方を呼んでほしいのです」
兵が相方へ目を向けた。
若い方の兵が、建物へ走っていく。
皇帝は門柱に刻まれた、冠を戴く獅子を眺めていた。
皇帝「こちらも、よく飾ってある」
セラ「今は、隣国を笑わないで」
皇帝「では、貴様を笑えばよいか」
セラ「あんたは少し黙ってて!」
兵が息を呑んだ。
団長もセラを見たが、皇帝だけは声を上げて笑っていた。
ほどなく、建物から一人の男が出てきた。
責任者だという。
急いで身なりを整えた様子だったが、靴に旅の土はついていなかった。
関長「アルディア国王陛下。ご到着を承り、急ぎ戻ってまいりました」
セラ「随分と早いお帰りですね」
男は答えず、深く頭を下げた。
セラ「あなたが、ここの責任者ですか」
関長「はい」
セラ「では、伺います。何を確認すれば、荷を通すのですか?」
関長「まずは、お部屋へご案内を――」
セラ「通行再開の条件は、ここでは答えられませんか?」
責任者は、道の向こうに集まる商人たちを見た。
次いで近衛、最後に宙へ浮いた皇帝へ目を向ける。
セラは返答を待った。
関長「本国からの正式な指示が届くまでは、私どもも……」
セラ「では、なぜ通れた荷があるのですか?」
男の口が止まった。
セラ「指定の商会の保証を受けた荷は、通れているのでしょう?」
関長「そちらは荷の内容について、確かな保証がございますので」
セラ「荷の確認が必要なのですか?それとも、私が王であることの確認が必要なんですか?」
責任者はすぐには答えなかった。
関長「いずれも関わりのある事柄でございまして」
セラ「それなら、何が確認できれば通せるのか説明してください。王都でも、使節に同じことを尋ねました。まだ答えを頂いていません」
セラは荷車の列を指した。
セラ「待つ間にも、人と馬には食事が要ります。費用を払えず、荷を手放した人にも会いました。いつまで待てばよいのですか」
関長「それは、本国の判断を――」
セラ「関税や保証制度の変更は、別の話として伺います。ですが、商人を困らせることで条件を吞ませようとするのは、やめてください!」
商人たちから声が上がった。
責任者が顔を背ける。
セラは声を落とし、続けた。
セラ「今は、私がお尋ねしています。あなたに決められない事まで決めろとは言いません。ですが、誰が決めるのか、いつ返答が来るのかは答えていただきたいのです」
隣国の関所責任者はセラを見た。
文書を送り、使節と話し、ここまで来た国王を同じ返答で追い返すことはできなかった。
関長「……指示書をご覧いただきながら、ご説明いたします」
セラ「分かりました。伺います」




