第十一話 関所へ行く
セラが関所へ行くと告げると、騎士団長はすぐには頷かなかった。
団長「お勧めできません」
セラ「危険だからですか」
団長「それもございます。ですが、陛下がお出ましになっても、相手が通行を認めるとは限りません。本国の確認を待つと言われれば、それまでです」
侍従長も口を開いた。
侍長「国王の訪問となれば、先方との日程の調整も必要です。迎える準備を待つだけでも、相応の日数が――」
セラ「まず、こちらの関所へ行きます。自国の道と関所を見るのに、隣国の許可は要りませんよね」
侍従長は言葉を止めた。
セラは机の報告書を指した。
セラ「私は現地を見ていません。何が足りず、誰が何を決められるのかも、聞くたびに確かめることが増えています。その間にも、商人は荷を手放している」
団長「使者の報告を信用なさらないのですか」
セラ「そうではありません。報告を聞いて判断する私が、分かっていないのです。だから、現地で話を聞きたい」
団長はセラを見た。
団長「国王の移動は、近衛騎士一人の外出ではございません。警護も、留守中の政務も必要です」
セラ「はい。出発までに、それを相談させてください。交渉の記録も読みます。何も知らずに行くつもりはありません」
窓際でアシュヴァルが笑った。
皇帝「王であると分からぬと言われ、己で顔を見せに行くか」
セラ「ここで同じ返事を待つだけでは、荷は動きません」
皇帝「ならば、あの冠も持っていけ。よく分かるであろう」
セラ「持っていきません」
団長は皇帝には構わず、地図を広げた。
団長「通常の一行なら四日かかります」
セラ「少人数で替え馬を使えば、二日ほどで着けると思います」
団長「陛下がお乗りになれても、全員が同じ速さで進めるとは限りません」
セラ「ですから、同行する者も相談したいのです」
団長は道筋を確かめた後、答えた。
団長「私がお供いたします」
セラ「団長が?」
団長「近衛も私が選びます。宿駅へ先触れを送り、替え馬を手配します。城の警備には代わりを置きます」
出発を喜んでいる様子ではなかった。
それでも、行くのであれば必要な準備を整えようとしてくれていた。
セラ「ありがとうございます」
団長「まだ、ご無事に戻られてはおりません。道中では、私の指示に従っていただきます」
セラ「はい。警護と行程の判断は、お任せします」
*
その夜、セラはエーベルトと交渉記録を確かめた。
関税の引き下げが最初に求められたのは、四年前だった。
交易が増えれば、税率を下げても収入は保てる。
隣国はそう説明していた。
セラ「実際に、収入は増えるのですか?」
財官「可能性はございます。ただし、品目や年によって異なります。先王陛下も、その根拠を確かめておられました」
帳面には、麦の不作年を分けて示せ、と書き込まれていた。
先王の筆跡だった。
不作で買い入れが増えた年を、毎年続く交易の増加として扱ってよいのか。
そこを確認していたのだという。
次は、商会による通行保証の記録だった。
保証を受けた荷は優先して通す。
その代わり、商人は商会へ手数料を払うことになる。
セラ「保証を受けていない荷は、後回しになるのですね」
財官「従来の確認を行うという提案ですが、その懸念はございます」
セラ「待てなければ、結局は保証を頼むしかなくなる」
財官「先王陛下も、小さな商いをする者へ負担が偏るとお考えでした」
紙の端に、同じ内容の書き込みがあった。
セラは、その横で警護に立っていた頃を思い出した。
人の出入りや窓の外へ注意を払い、王が何を話しているのかは、ほとんど聞いていなかった。
何も考えずに断っていたのではない。
セラは記録を机へ戻した。
セラ「この箇所を、現地へ持っていく文書にも加えてください」
*
翌朝、ラウレンツ子爵が訪ねてきた。
隣国との取引に長く関わる貴族だと、侍従長から聞いていた。
子爵「商人たちの損は、日ごとに増えております。今こそ、隣国の提案をお受けになるべきかと」
セラ「条件に問題があると聞いています」
子爵「いかなる取り決めにも、多少の不都合はございます。荷が動かぬよりは、よろしいでしょう」
セラは昨夜読んだ記録から、一枚を取り出した。
セラ「あなたは以前、この提案に反対していますね。保証を担う商会が一つに偏れば、取引の選択肢が狭くなると」
子爵「……当時とは、事情が異なります」
セラ「その問題は、解決したのですか」
子爵「現に荷が止まっております。通行を再開した後で、条件を話し合うこともできます」
セラ「相手が応じれば、ですよね」
子爵は答えなかった。
セラ「荷を通したいのは、私も同じです。ですが、先に条件を受け入れると決めず、現地を確かめます」
子爵「陛下が赴かれても、解決するとは限りません」
セラ「はい。ですから、これまでの交渉についても教えてください。提案の問題が解消されたのなら、その根拠も知りたいです」
子爵は記録を見た後、一礼した。
子爵「……改めて、ご説明するものを用意いたします」
男が退出すると、セラは椅子へ座り直した。
問い返しただけで、ひどく疲れていた。
皇帝「ようやく、相手にも喋らせるようになったか」
セラ「今までも、ずっと喋っていましたよ」
皇帝「己の言いたいことだけをな」
セラは子爵の発言を記録の横へ書き留めた。
何かを隠しているのか、本当に今の損を優先したのか。
それは、まだ決めつけないことにした。
*
準備は、その日のうちに進められた。
隣国へは、制度の変更と通行の停止を分けて協議し、従来の取り決めによる通行再開を求める書状を送った。
自国側の関所には、待機する商隊と不足する物資の調査を命じる。
返事を待つ間に、セラ自身も現地へ向かうことになった。
留守中の日々の支払いと、急ぎの書状の送り先も確認した。
同行する書記官には、即位の記録と交渉文書を預ける。
セラはそれぞれの書類を確かめ、自分の名を記した。
夕刻、厩舎へ行くと、侍女長のイレーネが待っていた。
腕には、畳まれた衣がある。
セラ「……礼装では行きませんよ」
女長「承知しております。こちらは旅のための衣です」
丈夫な布で、乗馬を妨げない仕立てだった。
雨風を防ぐ外套も用意されている。
セラ「ありがとうございます」
女長「現地で人とお会いになる衣も、別に入れておきます」
セラ「荷は、なるべく少なくしたいのですが」
女長「嵩張らぬものを選びます。着替えは必要でございます」
セラは自分でまとめた荷を見た。
剣、手袋、地図、雨具。
着替えのことは、ほとんど考えていなかった。
セラ「……お願いします」
女長「お任せください」
セラは衣を受け取り、翌朝乗る馬を確かめに向かった。




