第五話「決戦」前編
庄野が直接動く。その噂は、一晩で渋谷中に広まった。
「しばらく、ここに隠れてろ」
雅也を古いアパートの一室に匿ったのは、一番隊の猪口潤也だった。
白い特攻服の袖から、腕のタトゥーがのぞいている。
「……なんで、あんたが」
「言ったろ。借りは、いつか必ず返すってな」
だがその夜、アパートの扉が激しく叩かれた。
「雅也! いるんだろ!」
大樹だった。後ろに、法子、千鶴、亜希子。
「お前ら……なんで来たんだよ!」
「友達だからって、言っただろ」
大樹が笑った。猪口は、天井を仰いでため息をついた。
だが、その動きは筒抜けだった。
道玄坂の奥にある空き地。雅也たちが呼び出されたその場所に、庄野博樹が待っていた。
背後に、長谷川宗次郎。そして、二人の男。
【魔打羅 一番隊幹部】
神童
――命令一つで、どんな汚れ仕事もこなす男。
【魔打羅 一番隊幹部】
宍倉
――底の知れない、庄野の影。
「よく来たな、松嶋」
庄野が、気だるげに首を鳴らした。
「神童。その女、押さえとけ」
神童が動いた。法子の腕をつかみ、首元に腕を回す。
「法子!」
「動くなよ、松嶋。動いたら、この女がどうなるか分かんねぇぞ」
法子の顔が、恐怖に歪んだ。
その時、猪口が一歩前へ出た。
「庄野さん! 女を人質に取るなんて、あんたそんな卑怯なことする人だったのかよ! ダセェよ!」
次の瞬間、猪口の体が吹き飛んでいた。
庄野の右拳。速すぎて、雅也の目にもほとんど見えなかった。
猪口は空き地の地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
素手でメリケンサックを真っ二つにし、相手の拳を砕いた――。渋谷で囁かれる庄野の逸話が、雅也の脳裏をよぎった。
「猪口……!」
大樹が叫ぶ。
雅也の中で、怒りが恐怖を押しのけた。
神童が法子を盾にしたまま、ナイフをちらつかせる。
雅也は、一瞬で間合いを詰めた。
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松嶋雅也 VS 神童
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神童が反応するより早く、雅也の右足が跳ね上がった。
上段蹴り。
神童の側頭部を、雅也の足の甲が正確に打ち抜いた。神童の膝が崩れ、法子を離して地面に沈む。
一撃だった。
雅也は、法子を背中にかばった。
「法子、大樹たちのところへ行け」
「雅也くん……!」
「大丈夫だ」
雅也は、大樹、千鶴、亜希子、そして法子を振り返った。
「お前らには、指一本触れさせねぇ」
そして、庄野に向き直った。
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松嶋雅也 VS 庄野博樹
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庄野の格闘には、型がなかった。
空手でも柔道でもボクシングでもない。ただ、何百回という喧嘩を生き抜いてきた男の、場数だけで組み上げられた暴力だった。
雅也は、ヒットアンドアウェイで隙を窺った。
左の刻み突き。すぐに下がる。ローキック。また下がる。
庄野の右ストレートが飛んできた。
紙一重でかわす。シャツの袖が、風圧で揺れた。
――速ぇ。
背筋が凍った。
大木とも、これまで戦ったどの相手とも、次元が違う。
かすっただけで、骨ごと持っていかれる。
雅也は防戦一方に追い込まれた。
かわす。受ける。下がる。反撃の隙が、どこにもない。
怖い。
あの雨の夜と同じ恐怖が、全身を這い上がってくる。
その時、脳裏に声が響いた。
――雅也、悪ぃ。ちょっと、手ぇ貸してくれ。
大樹の声だった。
――俺は雅也の相棒だ。
裕也の声だった。
雅也の目に、再び火が灯った。
庄野の右をかわしざま、カウンターの正拳を脇腹に叩き込む。続けて、顎へ掌底。
庄野の顔が、わずかに歪んだ。
だが、それだけだった。
「……悪くねぇ」
庄野の右ストレートが、雅也の頬を捉えた。
視界が、真っ白に弾けた。
気づけば、雅也は片膝をついていた。口の中に、血の味が広がっている。
「雅也!!」
大樹の悲鳴が、遠くに聞こえた。
庄野が、ゆっくりと近づいてくる。
「気迫だけじゃ、埋まらねぇもんがあるんだよ、松嶋」
(後編へつづく)




