第三話「代々木公園の誓約」
第三話「代々木公園の誓約」
タイマン当日の昼。雅也は、柄にもなく学校へ来ていた。
階段の踊り場で、亜希子と法子と千鶴が、男子生徒たちと揉めていた。足元には、給食の大食缶。四階の三年生の教室まで運ぶのは、毎日の重労働だった。
「なんで私たちだけで運ばなきゃいけないのよ!」
「女子の当番だろ。お前らがやればいいんだよ」
逃げようとした男子生徒の肩を、背後から雅也がつかんだ。
「じゃあ、俺がやればいいんだな」
振り返った男子生徒の顔から、血の気が引いた。
「ま、松嶋……! い、いえ! 俺たちが運びます!」
男子生徒たちは大食缶を抱えて、階段を駆け上がっていった。
「雅也くん、頼もしい~」
亜希子がからかい、千鶴が笑う。
法子が、残ったもう一つの大食缶を抱え上げようとして、よろめいた。
「……貸せ」
雅也は大食缶を片手で持ち上げ、黙って階段を上り始めた。
昼休み。
雅也、大樹、法子、千鶴、亜希子の五人で、机をくっつけて給食を囲んだ。
今夜、命懸けの喧嘩をする。
それなのに雅也は、この時間が終わらなければいいと思っていた。
深夜零時。代々木公園。
街灯の下に、大木和也が一人で立っていた。
雅也も、一人だった。
「仲間は連れてこなかったのか」
「見に来るなって言ってある。隊長同士の喧嘩だろ」
大木の口元が、わずかに緩んだ。
「……いい答えだ」
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松嶋雅也 VS 大木和也
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先に踏み込んだのは大木だった。
重い右ストレート。雅也は腕で受けたが、骨まで響く衝撃に体が浮く。
これまで喧嘩してきた相手とは、拳の重さが違った。
雅也は下がらなかった。懐へ潜り込み、大木の腰に組みつく。柔道の払い腰。
だが大木は踏ん張り、逆に雅也の体を持ち上げて地面に叩きつけた。
背中から落ちた雅也の上に、大木がのしかかる。
雅也は下から大木の腕を取り、体を返して脱出した。
互いに距離を取る。荒い息が、夜の公園に響いていた。
「一つ聞かせろ」
大木が言った。
「なんであの時、長谷川に割って入った。一番隊に手ぇ出したらどうなるか、お前だって分かってたはずだ」
雅也は、口の端の血を拭った。
「友達が目の前でボコられてたのを、見てらんなかっただけだ」
大木の目が、わずかに揺れた。
「……友達、か」
「掟も序列も関係ねぇ。あいつは殴られても殴られても立ち上がってた。俺が行かなかったら、あいつはまだ立ち上がり続けてた」
大木は、しばらく黙っていた。
やがて、構えを取り直した。
「なら、その拳で証明してみろ」
再び、拳が交差する。
大木の左フックが、雅也のこめかみを捉える。視界が揺れる。膝が落ちかける。
だが雅也は、倒れる寸前で踏みとどまった。
大樹の顔が浮かんだ。
法子の、まっすぐな目が浮かんだ。
雅也は、大木の次の右ストレートを紙一重でかわし、深く腰を落とした。
渾身の右アッパー。
拳が、大木の顎を真下から打ち抜いた。
大木の巨体が宙に浮き、芝生の上に仰向けに倒れた。
夜空を見上げたまま、大木は動かなかった。
やがて、ふっと笑った。
「……参った」
雅也は、膝に手をついて息を整えた。
「約束通り、二番隊は三番隊から手を引く。……二言はねぇ」
大木はゆっくりと起き上がり、雅也を見た。
「松嶋。お前みてぇな奴は、初めてだ」
公園の入り口の暗がりに、矢沢七瀬が立っていた。
見に来るなと言われていたのだろう。それでも七瀬は、最後まで見届けていた。
その目が、再び雅也に向けられていた。
今度は、ほんのわずかな関心を帯びて。
大木和也という壁を、雅也は越えた。
だが、それは同時に、魔打羅の頂点に立つ男――一番隊隊長・庄野博樹との因縁が、本格的に動き出したことを意味していた。
(第四話へつづく)




