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第33話 湯切りという発想

 日清焼そばU.F.O.を発売してから数日が過ぎた。

 新商品が出るたびに商会内で試食会を開くのも、今ではすっかり恒例になっている。もっとも、商品を生み出す俺以外にとっては、毎回が初めての経験だ。今回のU.F.O.も例外ではなかった。

 何しろ、麺を茹でるためにお湯を注いだにもかかわらず、最後にはそのお湯を捨ててしまうのだ。

 前世の日本では当たり前の調理方法でも、この世界の人間からすれば理解しがたいものだろう。

 実際、試食会では父をはじめ、全員が驚いていた。

 しかし、驚きと美味しさは別の話だ。

 濃厚なソースと、もちもちとした麺。汁のない料理という新しい選択肢は、モフク商会の商品にまた違った魅力を加えてくれるはずだった。

 問題は、それが実際の商売で通用するかどうかだ。

 俺は朝食を終えると、いつものように商会へ向かった。


 ◇◇◇


 朝の商会は、既に活気に満ちていた。

 配送担当が倉庫から商品を運び出し、事務室ではミーナとロイドが帳簿を確認している。営業担当から届いた手紙も机の上に積まれていた。

 俺はまず、スキルを確認する。


『生成可能商品:カップヌードル』


『生成可能商品:カップヌードル シーフード』


『生成可能商品:カップヌードル カレー』


『生成可能商品:どん兵衛 きつねうどん』


『生成可能商品:どん兵衛 天ぷらそば』


『生成可能商品:日清焼そばU.F.O.』


『本日の生成可能回数:4178/4178』


「百六十六個増えたか」


 昨日の数字と比べると、増加量は相変わらず大きい。

 U.F.O.が追加されたからといって、生成可能回数そのものが増えるわけではない。だが、新商品が加われば販売できる商品の種類が増える。結果として、取引先の需要にも応えやすくなる。

 実際、商品を増やしてからは、同じ取引先から複数種類を注文されることも珍しくなくなっていた。

 しょうゆ味を中心に買っていた商会が、シーフードやカレーも仕入れるようになる。どん兵衛を気に入った商人が、ほかの商品も試してみたいと言い出す。

 一つの商品が新しい客を呼び、別の商品がその客の需要を広げていく。

 商売としては理想的な流れだった。

 もっとも、どれだけ商品が増えても、最終的に生成するのは俺一人なのだが。

 そこはスキルの成長に期待するしかない。

 俺は倉庫へ向かい、二十食入りの箱を次々と生成していった。


 ◇◇◇


「会頭、グランツ商会から郵便が届いています」


 生成を終えて事務室に戻ると、ミーナが封筒を差し出してきた。


「グランツ商会?」


「はい。U.F.O.の販売についてのようです」


「もう反応が来たのか」


 初回納品から一週間ほどしか経っていない。U.F.O.を納品してからは、さらに短いはずだ。

 俺は封を切り、中の手紙に目を通した。


『日清焼そばU.F.O.の試験販売について、現時点での状況をご報告いたします』


 その書き出しに続き、販売状況が記されていた。

 初回に納品したU.F.O.は、店頭に並べた直後から一定の売れ行きを見せたらしい。特に、これまでのカップヌードルやどん兵衛とは違う商品であることが、客の興味を引いているという。

 しかし、俺が注目したのはその先だった。


『調理方法について、購入者から多くの質問が寄せられました』


「まあ、そうなるよな」


 思わず苦笑する。

 お湯を注いで、待って、捨てる。

 文字で読めば簡単だが、実際に初めて見る人間にとっては戸惑うはずだ。

 手紙には、店頭でのやり取りについても書かれていた。

 店員が商品の説明をすると、客の中には本当にお湯を捨ててよいのかと何度も確認する者がいたらしい。中には、せっかく注いだお湯を捨てるのはもったいないと、最後まで納得しなかった客もいたという。


「やっぱり、そこが問題になるか」


「ですが、売れていないわけではないようです」


 ミーナが手紙を覗き込む。


「むしろ、説明を聞いた方は興味を持って購入しているようですね」


「そうみたいだね」


 手紙を読み進める。


『実際に調理した購入者からは、味について高い評価をいただいております』


『濃厚なソースの味が好評で、汁がないため食べやすいという意見もありました』


『一度購入した客が、翌日には追加で購入しに来た例も確認しております』


「おお」


 思わず声が漏れた。

 初めて食べた客が、もう一度買いに来た。

 それは嬉しい報告だった。

 商品の売れ行きは、宣伝だけでは決まらない。興味を持ってもらうことは大切だが、実際に食べて満足してもらえなければ、継続的な売上には繋がらない。

 その点、U.F.O.は味で評価されているらしい。

 少なくとも、最初の壁は越えられそうだった。


 ◇◇◇


「追加注文も入っていますね」


 ミーナが別の紙を確認しながら言った。


「どのくらい?」


「初回の販売状況を見てから決める予定だったそうですが、予定より早く追加注文が来ています」


「へえ」


 俺は少し驚いた。

 新商品を出したばかりなのだから、最初は慎重に様子を見ると思っていた。しかし、グランツ商会は既に次の仕入れを考えているらしい。


「ただし、注文数はまだ控えめです」


「まあ、そこは仕方ないね」


 U.F.O.は、これまでの商品と調理方法が違う。

 カップヌードルなら、お湯を注いで三分待てばいい。どん兵衛も、粉末スープを入れてお湯を注ぎ、決められた時間を待つという流れは同じだった。

 ところがU.F.O.は、最後にお湯を捨てなければならない。

 味が好評でも、作り方を理解してもらうまでには時間がかかるだろう。


「まずは売れ行きを見ながら増やしていこう」


「承知しました」


 ミーナは注文書に目を落とし、帳簿へ数字を書き込んでいった。


 ◇◇◇


 昼過ぎ。

 今度はリックから手紙が届いた。

 東領の取引先でもU.F.O.の販売を始めているらしい。

 報告によると、反応はグランツ商会と似ていた。

 最初に興味を持つのは、これまでのカップヌードルやどん兵衛を購入していた客だ。新商品が出たと聞いて、どんなものなのか試してみようと手に取る。

 しかし、調理方法を説明されると、そこで一度戸惑う。

 お湯を捨てるという工程が、どうにも理解しにくいらしい。

 それでも、実際に食べた客からは好評だったという。


『特に、味の濃さを気に入る客が多いようです』


『汁がないため、食事としてだけでなく、軽く食べられるものとしても興味を持たれています』


 俺はその部分を読み返した。


「なるほどな」


 カップヌードルやどん兵衛とは、商品の立ち位置が違う。

 スープを飲みながら麺を食べるのではなく、麺そのものに濃い味がついている。そこが新鮮なのだろう。

 前世でも、焼そばはラーメンやうどんとは別の魅力を持つ料理だった。

 この世界でも、その違いは伝わっているようだ。

 ただ、説明の手間は無視できない。

 商品そのものに図解がついているとはいえ、初めて見る人間が必ずしも説明を理解できるとは限らないのだ。


「営業担当には、最初のうちは実演もしてもらった方がいいかもしれないな」


「実演ですか?」


「うん。お湯を捨てるところを見せれば、少なくとも作り方が間違っているわけじゃないと分かるだろうし」


「確かに、それなら説明もしやすそうですね」


 ミーナは納得したように頷いた。

 俺自身が各地を回って説明するわけにはいかない。だからこそ、営業担当が現地でどう説明するかが重要になる。

 商品を作るだけでは商売は成り立たない。

 どうやって知ってもらい、どうやって使い方を理解してもらい、どうやって買い続けてもらうか。

 その部分も含めて、商会の仕事なのだ。


 ◇◇◇


 夕方。

 父と一緒に、その日の報告を確認していた。


「新商品を出すたびに、売り方も考える必要があるんだな」


 父が感心したように言う。


「そうだね。商品を渡せば終わり、とはいかないみたい」


「カップヌードルの時は、そこまで苦労しなかったが」


「お湯を注いで待つだけだからね」


 それに比べると、どん兵衛は粉末スープを先に入れる必要があるし、天ぷらそばは天ぷらを後から乗せる。そしてU.F.O.はお湯を捨てる。

 どの商品も、少しずつ違う。

 前世の俺からすれば当たり前の違いだが、この世界ではそれぞれが新しい経験になる。


「でも、売れているならいいことだ」


 父はそう言って笑った。


「説明が必要なのは最初だけだろう。食べて気に入ってもらえれば、次からは自分で買いに来てくれる」


「そうだね」


 その通りだと思う。

 最初の一回をどう乗り越えるか。

 そこさえ解決できれば、U.F.O.もほかの商品と同じように販路を広げていけるはずだ。

 俺は帳簿に目を落とした。

 商品ごとの出荷数は、少しずつ変化している。新商品が加わるたびに注文の割合が変わり、取引先ごとの好みも見えてきた。

 これまでは、生成できる数が増えることばかりを気にしていた。

 だが今は違う。

 何を、どこへ、どれだけ届けるのか。

 その判断が、以前にも増して重要になっている。


 ◇◇◇


 翌朝。

 俺はいつものようにスキルを確認した。


『生成可能商品:カップヌードル』


『生成可能商品:カップヌードル シーフード』


『生成可能商品:カップヌードル カレー』


『生成可能商品:どん兵衛 きつねうどん』


『生成可能商品:どん兵衛 天ぷらそば』


『生成可能商品:日清焼そばU.F.O.』


『本日の生成可能回数:4331/4331』


「また増えたな」


 四千三百個を超えている。

 新商品を出してからも、【NISSIN】の成長は続いていた。

 U.F.O.は、まだ販売を始めたばかりだ。これから知名度が上がり、食べる人が増えていけば、さらに注文も増えるかもしれない。

 そして、いつかまた次の商品が解放されるのだろう。

 ただ、今は次の商品を待つよりも、目の前のU.F.O.をしっかり売ることが先だ。


「さて、今日も頑張りますか」


 俺はスキルを閉じ、倉庫へ向かった。

 モフク商会の一日は、今日もこうして始まる。

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