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第二章 女帝エリザヴェータの時代

挿絵(By みてみん)


 さて。


 ミハイルが黒いドレス姿で悪戦苦闘していたこの時代、ロシア帝国の頂点にいたのが、


 エリザヴェータ・ペトロヴナ。


 ロシア皇帝ピョートル大帝の娘である。


 生まれたのは1709年。


 父ピョートル大帝は、それまでのロシアを大きく作り替えた人物だった。


 西ヨーロッパの軍事技術や文化を大量に取り入れ、新しい首都サンクトペテルブルクを築き、ロシアをヨーロッパの大国へ押し上げた。


 その娘として生まれたエリザヴェータもまた、ロシアの伝統の中だけで育った女性ではない。


 フランス語などを学び、舞踏や社交にも親しみ、西欧風の宮廷文化の中で成長した女性だった。


 ただし、最初から皇帝になる予定だったわけではない。


 父ピョートルの死後、ロシアでは皇帝が次々と入れ替わった。


 母のエカチェリーナ一世。


 ピョートル二世。


 アンナ女帝。


 そして幼いイヴァン六世。


 その間、エリザヴェータは長いこと皇位から遠ざかっていた。


 ところが1741年。


 近衛兵たちの支持を受けた彼女は宮廷クーデターを敢行する。


 大規模な流血なしに政権を奪い、自らロシア皇帝となった。


 そして翌1742年、モスクワで盛大な戴冠式を行う。


 この女性こそが、ミハイルたちの運命を妙な方向へ曲げている張本人である。


     ◆


 本編の現在は1746年。


 エリザヴェータ即位から、およそ五年。


 まだ「昔のロシア」と呼べるような時代ではない。


 ピョートル大帝が急速に西欧化したロシアが、


 「我々もヨーロッパの一流国である」


 と猛烈に自己主張していた時代だった。


 そしてヨーロッパ自体も、かなり物騒だった。


 当時は「オーストリア継承戦争」と呼ばれる大戦争の真っ最中。


 オーストリアではマリア・テレジア。マリー・アントワネットのお母さんと言えば分かる方もいるのでは?


 プロイセンではフリードリヒ二世――いわゆるフリードリヒ大王。


 フランスにはルイ十五世。


 イギリスにはジョージ二世。


 教科書に出てくるような名前が、みんな同じ時代に生きている。


 特に急速に力を伸ばしていたプロイセンは、オーストリアからシュレージエンを奪って勢力を拡大していた。


 ロシアもそれを警戒している。


 そしてまさに1746年、ロシアはオーストリアと防衛同盟を結んだ。


 後に七年戦争で激突することになるロシアとプロイセンの対立の芽は、すでにこの頃から伸び始めていたのである。


 ちなみにロシアは、その少し前までスウェーデンとも戦争をしていた。


 つまりこの時代のサンクトペテルブルクでは、宮廷で豪華なドレスを着て踊っている人々が、その数年後には軍服を着て戦争へ出ていってもまったく不思議ではない。


 ミハイルやアレクサンドルが軍人なのも、そういう時代だからである。


     ◆


 では、日本ではいつ頃なのか。


 1746年。


 日本の元号では延享三年である。


 江戸時代のど真ん中。


 暴れん坊将軍……ではなく、八代将軍徳川吉宗が将軍職を退いた直後で、前年1745年にその息子、徳川家重が九代将軍になったばかりだった。


 つまり日本では、侍たちが江戸城へ登城していた頃。


 地球の反対側に近いサンクトペテルブルクでは、


 ロシアの軍人や貴族たちが巨大なドレスを着せられ、


 レースと宝石を身につけ、


 男装した女性たちに手を取られて踊っていたのである。


 世界というものは広い。


     ◆


 そんな時代のロシア宮廷で、エリザヴェータは舞踏会、仮面舞踏会、衣装、宝石といった華やかな宮廷文化をことのほか好んだ。


 そしてその一つとして行われたのが、男女の服装を逆転させるメタモルフォーゼ舞踏会だった。


 それがなぜ行われたのか。


 女帝自身の服装へのこだわり。


 男装への関心。


 宮廷という場所の特殊な論理。


 そのあたりを掘り始めると、それだけで一冊書けそうなので、今は横へ置いておこう。


 大切なのは一つだけである。


 これは、ミハイルが勝手に巻き込まれた地方の珍妙な祭りではない。


 ロシア帝国の宮廷、その頂点から始まっている流行だった。


 だから若い近衛士官のミハイル程度に、


 「嫌なので行きません」


 という選択肢が簡単に存在するはずもなかった。


 もっとも――。


 そんな壮大な国際情勢も。


 ピョートル大帝の遺産も。


 オーストリアとプロイセンの対立も。


 ミハイルにとっては、この瞬間、どうでもいいことであった。


 彼にとっての当面最大の問題は、もっと身近なところにあった。


 数日後。


 赤いドレスのアレクサンドルが、彼の前に立って言った。


アレクサンドル「じゃあ、歩くところから始めるぞ」


ミハイル「……まだやるのかよ」


 こうして。


 ミハイルの本当の特訓が始まった。


おまけ

すっかり可愛くなって(されて)しまったミハイル・アンドレエヴィチさん(男性)


挿絵(By みてみん)


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