幕間 ――ところで、これ、本当にあった話です
さて。
黒いドレス姿に仕立て上げられたミハイル。
赤いドレスで平然と踊るアレクサンドル。
見事に赤いドレスで決めているアレクサンドル・イリイチ(サーシャ)。もちろん男性。
そして男装して、完全に美青年になっているナターシャ。
男たちは本格的な女性用宮廷衣装を身につけ、髪を整え、女性側の役割で踊る。
女性たちは男性用の宮廷服を着て、男役として彼らをエスコートする。
――こんなの、さすがに漫画かラノベの中だけの話だろう。
と思われるかもしれません。
ところが、実際にありました。
18世紀ロシア、エリザヴェータ・ペトロヴナ女帝の宮廷では、男女の服装を完全に逆転させる、いわゆる「メタモルフォーゼ(変身)舞踏会」が実際に行われています。
しかも「男が適当にスカートを引っかけた」程度ではありません。
のちの女帝エカチェリーナ2世は、自身の回想録の中で、1744年のモスクワで行われた舞踏会についてかなり具体的に書き残しています。
男たちは女性用の大きな鯨骨入りスカートを身につけ、女性用の宮廷衣装を着て、髪まで宮廷女性と同じように整えられた。
一方、女性たちは男性用の宮廷衣装を身につけた。
つまり、本編でミハイルが、
「聞いてた話と違うぞ!」
と叫んでいた「あまりにも本格的な女装」は、作者が面白半分に盛った設定ではありません。
むしろ史料の方がかなり本気です。
しかも1744年だけの一発ネタではありません。
1750年2月にも、近衛士官ナシチョーキンの日記に、宮廷で「メタモルフォーゼ」が行われ、男性は女性の服を、女性は男性の服を着たという記録が残っています。宮廷記録にも1750年の男女逆装舞踏会が確認されています。
ですから少なくとも、
1744年から1750年にかけて、エリザヴェータ宮廷ではこの奇妙な男女逆転舞踏会が反復して行われていた。
ここまでは史実として扱ってよさそうです。
なお、「1744年から1750年まで毎年何回ずつ開催された」と完全な開催一覧が残っているわけではありません。宮廷では仮面舞踏会そのものがかなり頻繁に行われていましたが、その全部が男女逆転型だったとは限らないので、そこは区別が必要です。エカチェリーナの回想では通常の仮面舞踏会が週に複数回行われた時期も記されています。
さらに、メタモルフォーゼ舞踏会の起源を1742年の戴冠祝賀まで遡らせる研究者の説明もあります。
ということで――。
第一章でミハイルが目にした光景は、もちろん登場人物も会話も創作です。
しかし、
「18世紀ロシアの宮廷で、偉いおじさんたちが本格的なドレスを着せられ、女性たちが男性衣装を着て、一緒に踊っていた」
という土台そのものは、本当にあったことなのです。
では、どうしてそんなことになったのか。
ここから少しだけ、1740年代のロシア宮廷へ話を戻してみましょう。




