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私が売れたのは、殺されたからでした──回帰したアイドルは二度と愛を求めない  作者: 白波 灯


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第20話『クランクイン』【2】

 午前零時を過ぎても、暁文蓮は眠る気になれなかった。

 自室のデスクには、昼間使った台本が開きっぱなしになっている。

 今日から映画の撮影が始まった。長いこと文章だけを書いていた暁文にとって、撮影現場というのは妙な場所だった。自分の頭の中にあった人物や場面が、役者の身体と声を与えられて、現実の風景として目の前に現れる。


 美夏の演技は想像していた以上だった。

 カメラの前に立った彼女は、アイドルとしてステージに立つときとはまるで違った。

 それでも時折、ほんの一瞬だけ、説明のつかない表情を見せる。

 あれは何なのだろう。暁文は疑問に思いながら、パソコンを起動する。仕事はまだ残っている。彼はNo.404のSNSアカウントにログインした。


 そのアカウントは、数年前に暁文が登録したものだった。しかしもう、自分のものではない。勤務先であるStudio Asterに売却した。プロフィールも、アイコンも、アカウントの運営方針もすべて、会社の管理下にある。自分に許されているのは、SNSでの発言を担当することだけだ。

 これは珍しい話ではなかった。ネットで創作活動をおこない、バズらせることができれば、Studio Asterがアカウントを買い取ってくれる。作者の名義や作品の著作権ごと。想定される印税収入よりも遙かに安い金額で。巨額の広告宣伝費を使い、確実にヒットさせるという待遇と引き替えに。

 若く、才能のある暁文は、それが気に入らなかった。いつまでも会社に搾取されるのは嫌だった。だから独立するために、No.404のアカウントを作成し、フォロワーを集め、Web小説を投稿し、書籍化にこぎつけた。しかしあの日、ステージの上で歌い、踊る星凪美夏の姿を見て、そんなことはどうでも良くなった。Studio Asterの管理下なら、自由に映像化することができる。しかしフリーならそうはいかない。それに──独立のための名義なら、また新しく作ればいい。アイディアも、作品も、いくらでも生み出せる──

 タイムラインを眺めていると、見覚えのあるアカウントが目に入った。


 ──『才能のそばにいる女』


 また流れてきた。

 最近、やたらとおすすめに出てくるようになった名前だ。


『今日、本当に嫌なものを見た。人のものに手を出すって、どういう感覚なんだろう』


 投稿日は数日前。彼女は誰か、特定の人物について書いているらしい。しかし、相手の名前は出さない。こういうアカウントは珍しくない。仕事や恋愛や人間関係について、誰にも言えないことを匿名で吐き出す、ありふれたアカウントに過ぎない。

 ただ、このアカウントには奇妙な癖があった。

 愚痴なのに、必ず最後は自分の特別性を誇示している。


『才能のある人のそばにいるなら、その人の孤独くらい理解してあげてほしい。私はそれができるから、特別な人に愛されている』


 暁文は眉をひそめた。


「……才能のそばにいる女、ね」


 ずいぶん大きく出たものだ。

 彼は何気なく彼女のプロフィールを開いた。

 クリエイティブ業界。仕事。恋愛。断片的な投稿を読む限り、どうやら業界関係者らしい。もっとも、それが本当かどうかは分からない。匿名アカウントのプロフィールなんて、創作と同じだ。違うのは、作者が自分の創作物を現実だと思っていることくらいか。

 暁文は皮肉げに思いながら、タイムラインに戻った。

 すると、また同じアカウントの投稿が現れた。


『別に嫉妬じゃない。私はその人がどれだけ努力してきたか知ってるから、何も知らずに横取りしようとするような泥棒に腹が立つだけ』


 暁文は失笑した。


「嫉妬じゃないなら、わざわざ書かなきゃいいのに」


 思わず独り言が漏れる。その直後、別のアカウントのポストがおすすめタイムラインに流れてきた。こちらも『才能のそばにいる女』と同様、最近やたらと見かけるようになった名前だ。


 ──『搾取される弱者男性』


 名前を見ただけで、頭が痛くなる。

 アイコンは、Studio Asterの手がけたアニメの女性キャラクター。

 こちらもさっきの彼女と同じく、数日前のポストが表示されていた。


『職場の売れ残りババアにストーキングされている。ババアのせいで可愛い新入社員と話せなかった』


 暁文は思わず二度見した。


「弱者なのに、えり好みするのか……」


 見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。

 自分には、映画の脚本を書く仕事がある。それだけでいい。そう思って画面を閉じようとした。だが、指が止まった。No.404のアカウント、そのおすすめタイムラインには、今も二つのアカウントが並んでいる。

 以前は、こんな投稿はほとんど流れてこなかった。アカウントの売却後、会社の意向で寿志清純のアカウントをフォローしてから、このようなことになった。とはいえ、おすすめ欄の仕組みを考えれば、それほど不思議なことではない。『才能のそばにいる女』も『搾取される弱者男性』も寿志清純をフォローしている。ゆえに関連性の高い投稿と判定され、表示されたのだろう。

 しかし、言葉にならない違和感がまとわりついて離れない。

 おすすめタイムラインに『才能のそばにいる女』の最新投稿が現れた。


『本当に大切な人がいるなら、その人が誰にでも優しくすることくらい分かってる。だから私は、いちいち騒いだりしない』


 暁文は数秒黙った。


「……いちいち騒いでるじゃん」


 誰もいない部屋で呟く。

 その直後、『搾取される弱者男性』の投稿が現れた。


『俺は悪くない。いつも俺ばっかり悪者にされる。新入社員だって俺と話したかったのに、ストーカーババアのせいで新入社員に逃げられた』


 暁文は画面を見て、深いため息をついた。


「……お似合いだな。お前ら、付き合えばいいんじゃないか?」


 暁文はおすすめタイムラインを閉じると、再びパソコンに向き直った。

 No.404としての、明日の投稿を書かなければならない。

 自分の名前はくれてやったが、書くことだけは奪わせない。

 それが、今の暁文の原動力になっていた。

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