第19話『終わりの始まり(後編)』【1】
フラッシュが弾けた。久世トオルは、一瞬だけ目を細めた。眩しい。けれど、顔には出さない。昨日、暁文蓮から何度も言われたことを思い出す。
『記者会見では、作品のことを語るんだ。自分のことじゃない』
『はい』
『No.404として答える以上、君自身の感想を喋る必要はない』
原作者の暁文は、事務所で久世にそう言った。
久世には、その意味がよく分かっていた。
自分は『君が消えた世界はまだ続いている』の執筆者本人ではない。それでも、人気Web小説家No.404の『正体』という触れ込みで、売り出してもらえる。それだけで十分だった。彼の所属しているASTER ENTERTAINMENTは、Studio Asterの系列企業の芸能事務所だ。チャンスが転がっているなら、拾う。自分が何者なのかなんて、売れてから考えればいい。売れるなら何でもやる。それが久世トオルという男の、今のすべてだった。
「それでは改めまして、映画『君が消えた世界はまだ続いている』制作発表記者会見を始めさせていただきます!」
司会の声がして、拍手が弾けた。
久世は背筋を伸ばした。正面には、無数のカメラ。隣には主演の月城律と星凪美夏。そして反対側には、監督の寿志清純。
──自分も、この人たちと同じ場所にいる。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
「まずは原作者のNo.404先生から、一言いただけますでしょうか」
マイクが久世の前に向けられる。
緊張に、心臓が跳ねた。だが、昨日の暁文の言葉を思い出す。
『作品について聞かれたら、こう答える』
久世は記者を見回し、微笑んだ。
他人の書いたシナリオ通りに喋るのは、初めてではない。テレビのお笑い番組で披露するネタの大半は、Studio Asterのライターの考えたものだった。つまり、いつも通りの仕事だ。そう思うと、緊張が解けた。
「この作品は、失ったものを抱えながら、それでも前へ進もうとする人たちの物語です。映画化のお話をいただいたときは、正直驚きました。でも、寿志監督をはじめ、素晴らしいキャストの皆さんに携わっていただけることを、とても嬉しく思っています」
拍手が聞こえる。久世は内心で安堵した。
記者の一人が手を挙げる。
「では、寿志監督に伺います。原作のどの部分に魅力を感じて、映画化を決められたのでしょうか?」
「そうですねえ」
寿志は少し考える素振りを見せた。
先ほど控室でスタッフを怒鳴っていた男と同一人物には見えない。
「やはり、人間の心を丁寧に描いているところでしょうね」
寿志は柔らかな声で答えた。久世はちらりと寿志を見る。
完璧だ。まるで本当に、この作品を深く読み込んでいるように聞こえる。だが久世は、少しだけ違和感を抱いた。寿志の話した内容の多くが、昨日事務所で受け取った資料に書かれていたものとほとんど同じだったからだった。
「主演のお二人に質問です」
今度は美夏と律に記者が質問する。
「お互いの印象を教えてください」
「月城さんは、とても誠実な方だと思います」
美夏が答える。律は微笑んだ。
「星凪さんは、芯の強い方ですね。撮影が楽しみです」
再びフラッシュが弾ける。
久世は二人を眺めた。彼らは主演俳優。自分は原作者役。
肩書きだけなら、十分に華やかだ。このまま売れれば──
そのとき、記者が久世に質問を向けた。
「No.404先生は、映画の主演にお二人を選ばれた理由を教えていただけますか?」
久世の喉が鳴った。
ここも、昨日教えられている。
「月城さんには、主人公の持つ静かな強さを感じました。そして星凪さんには──」
一瞬だけ、美夏と目が合った。彼女の瞳は、物憂げで静かだった。久世は少しだけ言葉に詰まりそうになった。だが、笑顔を崩さずに、指導されたとおりに答えた。
「……物語の中にある、儚さと生命力の両方を感じたからです」
美夏がわずかに目を見開いた。
久世には、その理由が分からなかった。
自分が言った言葉ではない。昨日、暁文に教わった言葉だ。だけど、それでいい。原作者として振る舞うことが、自分に与えられた仕事なのだから。
またフラッシュが光った。久世は笑顔を保った。
──売れるなら、何でもやる。
偽物ばかりの言葉の中で、その決意だけが本物だった。




