第14話『野望の道』【2】
「……芸能界の頂点に立ちたいからです」
「頂点?」
「はい」
自分でも意外なくらい、声に迷いがなかった。
「なんでもいいから有名になりたい、という意味ではありません」
有名になるだけなら、回帰前の自分でも目標に掲げることができた。
しかし有名になったところで、誰かが自分を救ってくれるわけではない。誰かが自分を見つけてくれるわけでもない。それは、もう知っている。自分を救うのも、自分を見つけるのも、自分自身のすべきことだ。美夏の求めるものは、もっと別のところにあった。
「影響力が欲しいんです」
美夏は夜景を見た。
ガラスに映った自分の顔は、以前より少しだけ大人びて見えた。
「自分のことを、自分で決められるくらいの力が欲しい」
窓の外を眺めながら、祈るように美夏は言う。
母親の言いなりにならないためにも、寿志から身を守るためにも、そして復讐を遂げるためにも、芸能界の頂点に昇りつめなければならない。そうしなければ、変わり始めた歴史はいつか元通りに収縮し、破滅の記憶に追いつかれるのではないか──そんな根拠のない焦燥が、美夏の胸を焦がしていた。
美夏が欲しているのは、ただの知名度ではなかった。誰もが名前を知っている、その程度ではまったく足りない。寿志は有名だが、その中身は空っぽだ。彼にあるのは、肩書きと人脈と、周囲の作り上げた評判。しかし人はそんなものに簡単に騙される。だから──
「本物じゃないと、意味がないんです」
「本物?」
「はい。本物の、スターとしての輝きです。ただ有名なだけじゃなくて……この人は本当に凄いって、誰が見ても思うようなものが欲しい。好き嫌いとはまったく別の、スターとしての輝きが……」
それがなければ、結局は虚像に流される。
寿志のような人間の作った中身のない『価値』に、自分まで飲み込まれてしまう。
美夏はすでにそれを知っている。
「なるほどな」
柊木は、それ以上追及しなかった。
美夏は少し意外に思った。
もっと笑われると思っていた。二十歳にも満たないアイドルが「芸能界の頂点に立ちたい」などと言えば、普通なら大言壮語だと思うだろう。
けれど柊木は、ただ前だけを見ている。
「じゃあ、もっと強くなったほうがいい」
「……はい」
「今日の動きなら、努力すれば形にはなる」
「……頑張ります」
「そうしろ」
柊木は前を向いたままだった。
しばらくして、美夏はふと尋ねた。
「柊木さんは……天導社長と、長い付き合いなんですか?」
ミラー越しに、一瞬だけ柊木の目が動いた。
「……まあ、それなりにな」
「天導社長のこと、よくご存じなんですね」
「あの人のところで仕事をしてれば、嫌でも分かる」
淡々とした声だった。
「……そういうものですか?」
「ああ。そういうものだ」
それきり、柊木は黙った。
美夏も、それ以上は聞かなかった。
だが、柊木の表情には何か引っかかるものがあった。
天導の名前を口にしたとき、ほんの僅かだが、空気が冷えたような気がした。
──もしかして……あの男のことを嫌っているの?
美夏はミラー越しに柊木の横顔を見た。
整った顔。落ち着いた運転。無駄のない動作。
どこから見ても、天導の指示に従う人物のように見える。
実際、天導の言うことには逆らわないのだろう。
けれど、その従順さと、天導を信頼しているかどうかはまったく別の話なのかも知れない。
美夏は窓の外を見ていた。やがて見慣れた街並みが近づいてくる。
「もうすぐ着く」
「ありがとうございます」
車は寮のあるマンションに向かう。
美夏は少しだけ背筋を伸ばした。
ここから先は、一人だ。部屋に戻れば、また明日からの仕事が待っている。
けれど今日、美夏は一つだけ確信した。柊木は使える。そして天導の周囲には、自分の知らない人間がいる。その中には、天導を信用していない者もいるのだろう。それは小さな発見だった。だが、復讐には充分な一歩だ。
美夏の自宅マンションの前で、車が停まる。
「着いたぞ」
「ありがとうございました」
美夏はドアを開けた。
「お疲れさん」
「柊木さんも」
ドアが音を立てて閉まる。
美夏は車から離れ、マンションのエントランスに向かった。自動ドアが開き、エントランスの白い照明が、美夏を夜の街から切り離した。
エレベーターのボタンを押す。開いた扉の中に、美夏は一人で乗り込んだ。閉じていく扉の隙間から、柊木の黒い車がまだそこに停まっているのが見えた。
美夏がその理由を考え始めるより先に、エレベーターの扉が完全に閉じた。




