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私が売れたのは、殺されたからでした──回帰したアイドルは二度と愛を求めない  作者: 白波 灯


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第12話『隠し持った手札』

 昼下がりのDream Gateは、レッスンの時間帯らしい活気に包まれていた。

 廊下を行き交うスタッフ。壁際に置かれた段ボール箱。どこかのスタジオから漏れてくる音楽。電話の呼び出し音に混じって、若いタレントたちの笑い声も聞こえる。

 その喧騒から少し離れた応接スペースで、星凪美夏(ほしなぎみか)は天導隆一(てんどうりゅういち)と向かい合っていた。


「次の歌番組の話なのですが……」


 テーブルの上の紙コップに視線を落としながら、美夏は慎重に切り出した。


「映画の宣伝も、少し入れられますよね?」

「まあ、番組の構成次第だね」


 天導は穏やかに答えた。

 映画『君が消えた世界はまだ続いている』の主演は、美夏と人気アイドルの月城律(つきしろりつ)。美夏は無名の新人だが、原作者直々の指名という話題性がある。歌番組サイドにとっても、視聴率の材料としては悪くないはずだった。


「だったら……」


 美夏は少しだけ間を置いた。


「寿志(ずし)監督にも来ていただくのは、どうでしょうか?」


 天導の表情が、ほんの僅かに変わった。


「寿志さんを?」

「はい。私と月城さんだけで映画の話をするよりも、宣伝効果があると思うんです。監督に来ていただいたほうが、作品のことを話しやすくなると思いますし」


 美夏は微笑みながら天導に答えた。

 あくまで自然に、新人らしい素直な提案に聞こえるように。


「それに、私……こんな大きな仕事は初めてなので……」


 少し困ったように笑う。『新人女優』という設定の役を演じるように。


「作品について監督からお話ししていただけたら、番組を見ている方にも興味を持ってもらえるかなって」

「なるほど」


 天導は顎に手を添えた。

 美夏はその様子を観察した。

 断られる可能性も考えていたが、天導は穏やかに微笑んだ。


「寿志さんのスケジュール次第だね」

「そうですよね……。もし可能なら、天導さんの方からお願いしていただけませんか?」

「分かった。先方に話しておこう」

「ありがとうございます」


 美夏は頭を下げた。そうして自分の表情が隠れていることを意識しながら、頭の片隅では別のことを考えていた。


 ──これでいい。


 もしもうまく行かなくても、焦る必要はない。

 寿志清純(ずしきよすみ)を、本物の重鎮のいる表舞台に引っ張り出す。

 それが、最初の作戦だった。


 寿志は芸能界で強大な力を持っている。しかしメディアに映る彼は、Studio Asterのライターの書いた台本通りの発言をしているに過ぎない。小学校に入る前から父の8mmカメラで無声動画を撮影していたというエピソード。十代の頃から自主制作映画を撮っていたというエピソード。どれもこれもStudio Asterのライターの創作だった。カメラの前で予定調和を演じるだけの、作られた天才──それが映画監督・寿志清純の実像だ。だからその力を崩すならば、Studio Asterの台本の力が完全には及ばない生放送で、本物の重鎮と対峙させる必要がある。

 もちろん、一度の出演でボロを出すとは限らない。

 Studio Aster側が出演を断る可能性もある。

 しかし作戦としては、この方向で間違いない。怒らせてはいけない芸能人は、寿志清純だけではないのだ。そして美夏はそのうちの数名をすでに把握している。月城智明(つきしろともあき)の遺稿に記されていたからだ。一人で勝てない化け物には、それ以上の力を持つ怪物をぶつければいい。切れるカードはいくらでもある。美夏は笑顔を崩さなかった。


「映画、楽しみですね」

「ああ。君にとっても大きな仕事になる」

「はい。頑張ります」


 天導は満足そうに笑い、美夏は素直な声で答えた。


 そのとき、ふと、廊下の向こうに人影が見えた。

 朝霧舞白(あさぎりましろ)だった。

 舞白は壁際に立ち、美夏のほうを見ている。美夏は軽く微笑んだ。しかし舞白は、なぜかすぐに視線を逸らした。


(あれ……?)


 美夏は怪訝に思う。

 最近、舞白の様子が少し変だった。回帰前とは異なる反応を見せることが増えた。冷静そのものだったはずの場面で、内心の動揺を表に出すことがある。かと思えば、以前なら自然に笑っていた場面で、不意に黙り込むこともある。美夏には、その理由が分からない。ただ、回帰前のあの日、廃遊園地で天導に見せられた舞白と律の写真が脳裏に浮かぶのみ。

 何かがおかしいという感覚がある。しかしそれが何なのか、美夏には皆目見当がつかない。初ライブで前に出なかった影響なのだろうか。でも、どんな因果があって、このような変化が生まれたのだろう──

 答えの出ない疑問に首を傾げる美夏の前で、天導が腕時計を確認した。


「……さて、そろそろ行かないとな」

「どこかに行かれるんですか?」

「ああ。今日は柊木(ひいらぎ)君を迎えに行く約束をしていてね」

「柊木さん……?」


 初めて耳にする名前だった。

 天導は穏やかな笑顔で美夏の疑問に答える。


「君のアクション指導をお願いする人だよ」

「ああ……そうでしたね」

「夕方までには戻る予定だ。何かあれば事務所のスタッフに言ってくれればいい」

「分かりました」


 天導は席を立った。

 美夏も立ち上がり、軽く頭を下げる。


「お気をつけて」

「ああ」


 天導が応接スペースを後にする。美夏はその背を目で追った。

 柊木。天導が自分のために紹介してくれた、アクション指導者。名前を聞いたことはない。正確には、廃遊園地のバックヤードに監禁されているときに、柊木、と呼ばれていた者はいなかった。

 では、失敗したのだろうか。天導と繋がりのある反社と接点を持つことに。


(……ううん。まだ失敗したとは限らない)


 美夏は知っている。天導は所属タレントを『商品』としか見ていない。そして柊木はおそらく、天導が『商品の制作コスト』を削減できると判断して選んだ人物だ。だから、必ず、何かがある。美夏は静かに息を吐いた。

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