第11話『私の知らない私』【2】
……夢を見た。
薄暗い、どこかの部屋で、誰かが泣いている。
その人物が誰なのか、舞白には分からない。
なのに、胸が痛い。まるで自分自身が泣いているような気がして。
視線の先に、女の子がいる。自分と同じ年頃の、十代後半の少女。長い黒髪の、見慣れた顔だった。
「……美夏?」
舞白が呼びかける。美夏が振り返る。
その顔は、舞白の知っている美夏とはどこかが違っていた。
美夏は悲しそうだった。舞白に何かを懸命に伝えようとしている。けれど、声が聞こえない。美夏が手を伸ばす。舞白も手を伸ばす。あと少しで触れられる。その瞬間──
「舞白」
誰かの声がして、舞白はそちらを振り返った。
誰が呼んだのか、分からない。
ただ、その声を聞いた瞬間、何故か胸の奥が凍った。
根拠の分からない恐怖がある。美夏の姿が遠ざかっていく。舞白は叫んだ。
「待って! 美夏!」
──そこで目が覚めた。
夢だ。また、あの夢を見た。
舞白はベッドの上で身体を起こした。
息が荒い。心臓が激しく鳴っている。部屋は暗い。カーテンの向こうの窓の外には、深夜の街の光が滲んでいる。舞白は胸元を押さえた。
まただ。また、美夏が夢に出てきた。
どうしてなのか、分からない。自分は彼女と知り合ったばかり。まだそれほど親しいわけではない。同じグループのメンバー。ただ、それだけの間柄だ。なのに、夢の中では違う。もっと昔から知っているような、もっと深いところで繋がっているような、そんな感覚がある。
「……分からない」
舞白は頭を抱えながら、再びベッドに背を投げる。
夢の中で何が起きていたのか、思い出そうとするものの、記憶は霧の向こうへと逃げていく。残っているのは、ひとつの感情だけ。美夏に対する警戒心。理由は分からない。ただ、気をつけなければいけない。そんな感覚が胸の奥から離れない。
「美夏……」
名前を呟くと、歌番組のスタジオの光景が蘇った。
律。美夏。そして、自分。律は美夏に手を差し出していた。その姿が、脳裏に焼きついて離れない。舞白は唇を尖らせた。
「……なんで、美夏だったの」
誰にも聞けない問いだった。答えの返ってこない問い。
舞白はベッドを降りると、壁に飾った律の写真の前まで歩いていく。
写真の中の律は、いつものように優しく笑っていた。舞白はその笑顔を見つめる。ずっと憧れていた。この人に会うために、アイドルになった。ようやく同じ世界まで来た。それなのに──
「……私、センターなのに」
口からこぼれ出た言葉に、舞白は自分で驚いた。
そんなことを気にするなんて。
自分はもっと、素直に喜べる人間だと思っていた。
律に会えた。同じ番組に出られた。それだけで幸せなはずだった。
なのに、胸の奥に嫉妬がある。認めたくないほど、はっきりと。
舞白は俯いた。律の姿を直視できない。
「……嫌だな。こんなの……全然私らしくない。私はもっと明るくて、前向きな女の子だったはずなのに……」
そのとき、不意にまた、夢の中の光景が蘇った。
美夏の顔。彼女に向かって伸ばされた手。そして、自分自身の声。
──美夏を信じちゃ駄目。
「……え?」
舞白は顔を上げた。
今。自分は、何を思った?
しばらくその場に立ち尽くす。けれど、いくら考えても、美夏を信じてはいけないと思った理由は分からない。彼女を疑う理由なんてない。それなのに、胸の奥には消えない違和感が残っている。
「美夏……」
舞白はもう一度、その名前を呟いた。
律の写真の隣には、お揃いの額に入ったWhite Noiseの集合写真が並んでいる。中央に立つ舞白。その隣にいる美夏。写真の中では、二人とも笑っていた。舞白は写真をじっと見つめる。
「……どうして、あなたなの?」
誰に向けた問いなのか、自分でもよく分からない。
舞白はベッドに戻ったが、眠りはなかなか訪れなかった。
自分の知らない自分の記憶が、夢の底からじっとこちらを見つめているような気がして。




