第10話『復元』【1】
Dream Gateを出た頃には、夜のとばりが街を覆いつくしていた。
今は十月下旬の夜。夏の名残を感じさせる湿気はとうに消えた。かといって、吐く息が白くなるほどではない。それでも薄手のコートを羽織りたくなる程度には、空気が冷えている。
人の流れに紛れながら、美夏は軽やかな足取りで歩いた。
駅に向かう大通りは、仕事帰りの会社員や学生で混雑している。頭上では大型ビジョンが絶え間なく映像を切り替え、化粧品の広告、飲料水のCM、人気アイドルの新曲告知が、夜空に浮かぶ巨大な光の塊となって流れていた。その光が、歩道を行き交う人々の顔を一瞬ごとに違う色へと染めていく。赤、青、紫、そして白。夜の街の明るさを、美夏は少しだけ皮肉に感じた。
──こんなに大勢の人がいるのに、私が何を考えているのかなんて、誰も知らない。私が二年後の未来を知っていることを、誰も知らない。私が社長を騙したことも、社長の手駒を奪おうとしていることも、まして、未来で見たものを復元しようとしていることも……。
人混みの中で、美夏はバッグの持ち手を握り直す。
事務所から自宅マンションに帰る。いつもなら、それだけで済む。だが今日は違う。美夏には、やらなければならないことがあった。そして、その作業を自分の部屋で行うつもりはなかった。
自宅。正確にはDream Gateのタレント専用寮。
そこが安全な場所だとは、もう思えない。
回帰前、美夏は天導を信じていた。だから何も疑わなかった。
けれど今は違う。天導がどこまで自分を監視しているのか分からない。部屋に盗聴器があるかもしれない。隠しカメラがあるかもしれない。スマートフォンだって、絶対に安全とは言い切れない。証拠は、部屋に置かない。それは今日、映画の打ち合わせを終えてから、改めて肝に銘じたことだった。
駅前へと続く大通りを外れる。途端に、街の表情が変わった。
明るい看板が途切れ、細い路地にネオンが溢れている。
雑居ビルの壁面には、赤や黄色の看板。階段の踊り場には、青白いLEDの案内灯。飲食店から流れてくる油と香辛料の匂い。その隣には、カラオケ店の扉が開くたび、重低音の効いた音楽が漏れてくる。さらに奥へ進むと、ひときわ派手な看板が目に入った。
24時間営業。インターネットカフェ。
その文字を見て、美夏は足を止めた。
人通りは大通りほど多くない。それでも完全に人けのない場所ではない。
駅前のネカフェなら、深夜になっても客の出入りがある。誰かに見られても不自然ではない。そして何より──個室がある。
(ここなら……)
美夏は周囲をさりげなく見回した。
後ろからついてくる人影はない。
スマートフォンを取り出し、画面を確認する。不審な通知もない。
それでも安心できなかった。スマートフォンをバッグに戻し、ネオンの下を歩く。自動ドアが開いた。暖房の効いた空気と、コーヒーの香りが流れてくる。
「いらっしゃいませ」
店員の声がして、美夏は小さく会釈を返した。
受付を済ませ、指定された通路に向かう。
薄暗い店内には、一定間隔で個室が並んでいる。
扉の隙間から漏れるモニターの光。キーボードを叩く音。誰かの小さな寝息。ヘッドホンから漏れるゲームの効果音。外の喧騒とは別の、閉ざされた夜の空間だった。
美夏は伝票に記された個室の前で立ち止まり、カードキーをかざした。
電子音が鳴り、ロックが外れる。
扉を開けると、狭い空間の中央にデスクとパソコンがあった。壁際には小さなソファ。美夏は暗い個室に入った。扉を閉めると、カチリ、と鍵のかかる音がした。美夏は小さく息を吐いた。ここなら、少なくとも寮の自室よりは安心できる。美夏はバッグを机の上に置いた。これから、自分の二度目の人生を守るための作業に取りかからなければならない。




