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私が売れたのは、殺されたからでした──回帰したアイドルは二度と愛を求めない  作者: 白波 灯


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第9話『夜の足音』【1】

 時刻は午後五時を少し回っていた。Dream Gateのリハーサルスタジオには、夕暮れの暗い光が差し込んでいた。

 天導隆一(てんどうりゅういち)は、鏡張りの壁に映る星凪美夏(ほしなぎみか)を眺めていた。

 美夏は長い黒髪を後ろでひとつにまとめ、動きやすいトレーニングウェア姿で黙々と身体を動かしている。音楽に合わせてステップを踏み、何度も同じ振りを繰り返す。息が上がっても足を止めず、鏡の中の自分の姿を確認しては、わずかな動きのずれを修正していく。額には汗が浮かび、頬は赤くなっている。それでも表情を緩めることなく、最初からもう一度、同じ動きを繰り返した。

 天導は、その様子をしばらく黙って見ていた。


 映画の出演が決まった。だが、だからといって美夏に対して、湯水のように金を使うつもりはなかった。

 天導にとってタレントとは、商品だ。商品を売るためには投資が必要になる。しかし、売れるかどうか分からない商品に大金を注ぎ込むほど、彼は甘い経営者ではなかった。

 美夏は、悪いタレントではない。むしろ、欠点を探すほうが難しい。

 容姿はアイドルになれるような女の子の中でも平均以上。歌は下手ではなく、ダンスも踊れるし、演技にも対応できる。仕事を休むことはなく、レッスンにも真面目に通う。養成所時代から、彼女はずっと『努力家』と評されていた。

 しかし天導は、その言葉の裏を知っている。

 努力家。便利な誉め言葉だ。突出したものがあれば「天才」「素晴らしい才能」「センスが良い」「華がある」などと褒められる。それなのに、彼女に対して向けられる誉め言葉はいつも『努力家』──それはつまり、努力以外にこれといって褒めるところがない、という意味でしかない。


 美夏には、何かが足りないわけではない。だが、突出したものが何もない。全部が『並以上』。一見すると優秀だ。しかし、ショービジネスの世界では、致命的な欠点だった。

 観客は、努力を見るために金を払うわけではない。努力なら、舞台裏にいくらでも存在する。成果の出ない努力でいいなら、観客自身にだってできる。客が求めるのは、努力の結果として現れる何か──才能、すなわち『華』だ。ステージに立った瞬間、理由もなく目を奪う。歌い出した瞬間に、他の人間が背景になる。芸能の世界には、そういう人間が存在する。天導は、それを何度も見てきた。しかし美夏には、それがない。


(……だから、売れない)


 努力ではなく才能を評価されてこそタレントだ。凡人の目を惹く輝きこそが才能、すなわちタレントの神髄。努力以外のセールスポイントを何も持ち得ないのであれば、商品としては使えない。それが芸を売る世界だと、天導はそう考えている。


 殺人鬼となった看護師の再現VTRの美夏の演技を、天導は言うほど高く評価していなかった。正確には、美夏の役者としての資質を評価しているわけではなかった。

 あのときの彼女が見せた迫真の演技には、本人の生育環境が大きく影響している──天導はそれを見抜いていた。親から理想を押しつけられ、認められようと必死になる子供。その感情を、美夏はおそらく自分自身の経験から理解していた。だからこそ、あの役では異様なほど生々しい表情を作れたのだろう。だが、それは裏を返せば、どんな役柄でも同じ水準の演技ができるという意味ではない。特殊な条件が重なった結果としての、一度きりの輝き。それが天導の判断だった。


(あの演技だけを根拠に、投資するわけにはいかないな……)


 ショービジネスは、過去の一場面だけで人間を買う世界ではない。

 再現性のない才能に、大金を賭けるつもりはなかった。


 それでも、今回の映画の話は悪くなかった。原作者本人が美夏を指名した。原作者は有名インフルエンサーで、売り出し中のタレント。監督はあの寿志清純(ずしきよすみ)。作品そのものにも話題性がある。うまくいけば、美夏を売り出す材料になる。逆に失敗すれば、それまでだ。

 天導は鏡越しに美夏を見た。彼女は黙々とストレッチをしている。真面目だ。実に真面目。だが、それだけだ。天導は小さく息を吐いた。

 そのとき、美夏が振り返った。

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