第8話『404 Not Found』【2】
打ち合わせが進む。美夏は資料に目を落としながら、暁文の話を聞いていた。彼は脚本について話すときだけ、明らかに雰囲気が変わった。普段はどこか気弱そうなのに、作品の話になると迷いがなかった。
やはり、彼が真の原作者なのだろう。
確信する美夏に、暁文が視線を向ける。
「……そういえば、星凪さんは演技の経験がありますよね?」
「え……?」
「子役をやっていたと聞きました」
美夏はふと、子供の頃のことを思い出した。
小学生の頃から、母に連れられてタレント養成所に通っていた。
アイドルになるために。母の夢を叶えるために。歌やダンスだけではなく、演技のレッスンも受けた。子役としてテレビに出たこともある。再現VTR。ドラマの端役。通行人。主人公の同級生の、さらに後ろにいる子供──
美夏に割り当てられたのは、華やかな役柄ではなかった。名前のない役。台詞が一言しかない役。画面の端を通り過ぎるだけの役。名前がテロップに出ないことも珍しくない。それでも、演技そのものは嫌いではなかった。
美夏は少し考えてから、暁文に頷いた。
「はい。テレビには何度か出ました。再現VTRとか、ドラマのちょっとした役とかです」
「そういえば、美夏さんには業界でも評判になった仕事があったよね」
横から天導が口を挟んだ。
美夏が振り向くと、天導は懐かしそうに笑った。
「連続殺人鬼になった看護師の子供時代を演じた、再現VTRだよ」
「……あれ?」
「覚えているだろう?」
「はい。でも……」
美夏は首を傾げた。嫌な記憶のつきまとう案件でしかなかったからた。
「あの仕事が、何か?」
「何かって……かなり評価されていたんだよ。現場のスタッフからは、子役とは思えない迫真の演技だってね。特に目の演技が凄い、と」
「……そう、なんですか?」
美夏は目を瞬いた。
知らなかった。撮影のあとで、母から散々叱られた記憶しか残っていない。
帰り道、母はずっと不機嫌だった。なぜ、あんな役を引き受けたのか。どうしてあんな暗い顔をしたのか。もっと可愛い役をやらせてほしい。そんな言葉ばかりだった。だからずっと思っていた。自分は演技が下手なのだ。母が怒るくらいなのだから。自分の演技が評価されていたなど、美夏は一度も考えたことがなかった。
「……なるほど」
暁文が静かに呟いた。その目が、少しだけ変わった。
「それなら、なおさら今回の役に向いていると思います」
「……私が?」
「はい」
暁文は穏やかに頷いた。
「演技というのは、笑顔を作ることだけじゃありませんから」
その言葉が美夏の胸にゆっくりと染み込んでいく。
美夏は思う。もしかすると、ずっと昔から、自分は誰かの心を演じることができていたのかもしれない。そして今、そのことを真正面から評価してくれる人が目の前にいる。
母がなぜ、あの役を嫌がったのか、今なら分かるような気がした。殺人鬼となった看護師は、幼少期に母親から虐待を受けていた。母の叶えられなかった夢や理想を押しつけられ、マウントを取るための道具にされて。そんな人物を娘が演じた。しかも迫真の演技で。母にとっては自身に対する批判のように感じられたのだろう。
小さい。あまりにも滑稽で、笑いたくなるほどに。
母はとうの昔に報いを受けていた。母の不機嫌を真に受ける必要などなかったのだ。
「星凪さん?」
「あ……」
暁文に名を呼ばれ、美夏は我に返った。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
美夏は微笑んだ。
それは誰かに見せるための作り笑いではなかった。




