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博之がついてきた子供たちに気づく。数が数えられて読み書き出来たらええ。地侍達には情報提供と情報収集をして来いと話す

信楽焼の荷をほどき、小皿や湯呑みを並べていると、博之はふと気づいた。

 地侍たちの後ろに、小さな影が四つ、五つほどある。

「……その子ら、なんや」

 博之が指さすと、年かさの地侍が少し照れたように頭をかいた。

「ああ、この子らですか」

「うん。明らかに荷運びちゃうやろ」

「いや、名張と上野の子らですわ」

 子どもたちは、緊張した顔で博之を見ていた。服は古いが、以前より少しだけ整っている。

 足元はまだ頼りない。だが目だけは、やけにきらきらしていた。

「飯を食わせたり、信楽焼の皿を見せたりしたら、松阪へ行きたい言い出しましてね」

「連れてきたんか」

「はい。泣き言言わへんって約束で」

「伊賀の道、しんどかったやろ」

「めちゃくちゃしんどかったと思います」

 子どもの一人が、慌てて首を振った。

「泣いてへん」

「ほんまか」

「ちょっとしか泣いてへん」

 地侍が笑った。

「ちょっとは泣きました」

「正直やな」

 博之は思わず笑った。

「で、どうしたいんや」

 名張の代表が一歩前へ出た。

「できれば、この子らにも飯と湯浴みをお願いできませんでしょうか」

「それぐらいはええよ」

「ありがとうございます。それと、もし可能でしたら、定期便の店を一度見せてやりたいんです」

「店を?」

「はい。実際に飯が売れているところ、皿が使われているところ、人が働いているところを

 見せた方が、目から鱗が落ちると思うんです。混ぜ飯がうまい、山菜天ぷらがうまいだけでは、

 なかなか勉強につながらなくて」

 博之は、少し黙って子どもたちを見た。

 子どもたちは、必死に背筋を伸ばしている。

 松阪の飯を食べたい。

 湯浴みをしたい。

 店を見たい。

 それは、立派な理由ではないかもしれない。

 だが、最初の一歩としては十分だった。

「分かった。その件も調整する」

 子どもたちの顔がぱっと明るくなった。

「ただし、店に行ったら遊びに行くんちゃうぞ。何人働いてるか、何を売ってるか、

 どうやって客に渡してるか、ちゃんと見て帰れ」

「はい」

「あと、数を数えろ。皿が何枚、湯呑みが何個、売れた飯が何杯。数えられへんやつは、

 ヨイチに怒られる」

 子どもたちは一斉にヨイチを見た。

 ヨイチは静かに頷いた。

「怒ります」

 子どもたちは、少し怯えた。

 博之は笑った。

「まあ、それも勉強や」

 それから博之は、地侍たちへ向き直った。

「で、お前らの仕事やけどな」

「はい」

「信楽焼の買い付けだけやない。これからは、上野、大和方面、南大坂の情報収集も大事な仕事になる」

「南大坂もですか」

「うん。大和から先、堺や大坂に流れる話があるやろ。砂糖、小豆、菓子、そうめん、葛、寺社、

 僧兵、道の治安。そういう話を拾ってこい」

 年かさの地侍は、真剣な顔で頷いた。

「分かりました」

「あと、帰る前に松阪の城主と、郊外のお寺にも顔を出せ。今回、信楽焼がちゃんと

 戻ってきたこと。取引が続けられそうなこと。次は少し増やすこと。そこを話してこい」

「城主にもですか」

「そうや。信楽焼の献上用の小壺、一つ持って行く。松阪の上の方に渡して、

 “例の地侍たちがちゃんと帰ってきました。取引続けられそうです”って言うんや」

 ヨイチがすぐに補足する。

「これは寄進というより、報告と土産です。値段を大きく言わず、

 道がつながった証としてお渡ししてください」

「分かりました」

 博之はさらに続けた。

「次の買い付けは三万文にするつもりやったけど、一気に三万文を一人に持たせるのは怖い」

「それは……正直、怖いです」

「やろ」

 博之は頷いた。

「だから、やり方を変える。定期便は月一回でもええかと思ってたけど、

 中継地点ができるなら二組に分ける」

「二組?」

「そう。半月ごとに少人数で来る。荷も銭も分ける。三万文を一回で動かすんやなくて、

 一万五千文ずつとか、一万文と二万文とかに分ける」

 地侍たちは、互いに顔を見合わせた。

「その方が、道中も楽です」

「大量の荷を持って歩くと、目立ちます」

「襲われるかもしれません」

「そうや」

 博之は小皿を一枚持ち上げた。

「皿は割れる。銭は盗られる。人は疲れる。だったら、こまめに回した方がええ。

 半月ごとにちょいちょい来て、ちょいちょい持って帰る。小銭を扱う方が、勉強にもなる」

「小銭でも、私らには十分大きいです」

「せやろ。いきなり三万文、五万文を持たせて、人生変えろって言う方が怖いねん」

 お花が静かに頷いた。

「子どもたちにも、少ない数を数えるところから始めた方がよろしいですね」

「そうや。十枚を数える。二十枚を数える。一組いくらか考える。そういうところからや」

 名張の代表が、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。そうやってやっていきます」

 年かさの地侍も頭を下げた。

「旦那、ほんまに助かります。俺ら、正直、三万文を一気に持つのは怖かったんです」

「そら怖いやろ。俺でも怖いわ」

 ヨイチが小さく咳払いした。

「旦那様は最近、一万文を小遣いのように扱っていますが」

「それは言うな」

 場が少し和んだ。

 博之は子どもたちに向かって言った。

「ほな、まず飯や。湯浴みも入れ。今日は松阪の店を少し見せる。明日は、店の者について、

 皿の数と飯の数を数えてみろ」

「はい!」

 子どもたちの声が揃った。

「泣き言言わへん約束やろ」

「言わへん!」

「ほんまか」

「ちょっとだけなら」

「正直でよろしい」

 笑いが起きた。

 信楽焼の小皿。

 名張と上野の子ども。

 地侍たちの髭。

 半月ごとの小さな定期便。

 大きな横丁を一気に作るのではない。

 小さな荷を運び、小さな銭を回し、小さな子どもに数を覚えさせる。

 そこから、道を作る。

 博之は信楽の小皿を眺めながら、ぽつりと言った。

「大きくするより、続く形にせなあかんな」

 ヨイチがすぐに帳面へ書いた。

「伊賀・名張便、半月ごと。小口分散。子ども見学。上方・大和情報収集」

「また帳簿が増えた」

「増やしたのは旦那様です」

 博之は苦笑しながら、子どもたちを飯場へ案内させた。

 まずは飯。

 それから湯浴み。

 それから数。

 飯屋らしい学びの始まりだった。

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