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お花は湯あみで女衆で聞いた話を博之に話す。自分の恋愛はダメダメなのに妙案を思い付きお花を納得させる

お花は、湯あみで女衆たちから聞いた話を、できるだけ形を整えて博之に伝えた。

「旦那様。少し、女衆の縁談のことでお話がございます」

 博之は、座敷でごろごろしながら顔を上げた。

「お、恋愛話か」

「そういう反応をされると思ったので、今まで言いにくかったのです」

「なんでや。俺、ちゃんと聞くやん。どうしたん、話聞こうかって言うやん」

「それが嫌なのです」

「ひどない?」

「おっさんに恋愛話を聞かれたくないのです」

「おっさんって言うな」

「旦那様です」

「もっとひどいわ」

 お花は小さく笑い、それから真面目な顔になった。

「最近、婚活の場や寺社の縁結びで、伊勢松坂屋の女衆として見られることが増えています」

「まあ、うちも名前が大きくなったからな」

「はい。それ自体はありがたいのです。粗末に扱われにくいですし、相手も興味を持ってくれます。

 ですが、女衆たちからすると、“私を見ているのか、伊勢松坂屋の看板を見ているのか分からない”

 という葛藤があるようです」

 博之は、少し黙った。

「なるほどな」

「話していても、給金のこと、買い付け方のこと、内宮で飯を出していること、湯浴みやまかないのことばかり聞かれる。本人のことに話が進まない。そういう不満が出ています」

「それ、めっちゃ面白いやん。座談会せえへんの?」

「だから、それが嫌なのです」

「俺、真面目に聞くで」

「真面目に聞いても、途中で“人の恋愛おもろいな”と言います」

「言うかもしれん」

「言います」

「……言うな」

「ですので、旦那様が直接聞く形ではなく、仕組みとして考えたいのです」

 博之は体を起こした。

「仕組みか。ほな、一つは男衆やな」

「男衆、ですか」

「うちの男衆と、町や寺社に来る若い男らを話させる場を作る」

「女衆ではなく?」

「そう。男同士で酒飲み友達を作るような場や。別にそこで結婚せえって話やない。けど、男同士なら、伊勢松坂屋の話になってもそこまで重くないやろ」

 お花は少し考えた。

「なるほど」

「男側から見ても、うちの男衆は給金も悪くないし、内宮で飯を出してる店で働いてるっていう

 肩書きがある。町の女の子たちから見ても入りやすい」

「つまり、伊勢松坂屋の看板を、女衆だけに背負わせないということですね」

「そうそう。女衆が“伊勢松坂屋の女”として見られすぎるなら、男衆も表に出せばええ。

 男衆も縁談の場に出る。そこから町の女の子と話が決まることもある」

「確かに、男衆の婚活の場にもなりますね」

「男はな、結婚したからすぐ産休育休で辞めます、みたいな話にはならんやろ」

「旦那様、言い方はともかく、現実としてはそうですね」

「だから男衆が外とつながるのはありや。うちとしても、町に根づく。男衆が外の家に入るなり、

 家を持つなりしたら、また道ができる」

 お花は頷いた。

「女衆の看板に寄ってくるだけの男を、ある程度間引く効果もありますね」

「そうや。男同士で話して、うちの男衆と合わんやつは、多分女衆とも合わん。逆に男衆と普通に酒飲んで、飯の話も仕事の話もできるやつなら、まだ見込みあるやろ」

「それは、かなり現実的です」

 博之は少し得意げにした。

「もう一つある」

「はい」

「女衆から指名してもらう」

「指名、ですか」

「そう。婚活の場で、男が女衆を見に来る形やと、どうしても看板を見るやろ。だから逆に、女衆が“あの人と話してみたいです”って言うたら、こっちがつなぐ」

「こちらから選ぶ形にするのですね」

「そうや。女衆が興味を持った相手にだけ、少し深めに話す場を作る。寺の手伝いでも、歌の会でも、買い食いでもええ。いきなり縁談やなくて、もう少し自然な場で」

 お花は、目を細めて考えた。

「それなら、女衆も受け身だけではなくなりますね」

「うん。あと、男衆も二つに分ける」

「二つ?」

「肩書き自信あり派と、交流派や」

「何ですか、それは」

「肩書き自信あり派は、“俺は伊勢松坂屋の男衆です。給金もあります。働いてます。どうぞ見てください”っていうタイプや」

「分かりやすいですね」

「交流派は、“肩書きで見られるのは苦手やけど、一緒に歌の会とか飯会とか行くなら話せます”っていうタイプや」

「なるほど」

「男衆も全員が看板を背負いたいわけちゃうやろ。中には、肩書き見られても平気なやつもおる。逆に、それが嫌なやつもおる。なら最初から分けた方がええ」

 お花は思わず笑った。

「旦那様、妙に整理がうまいですね」

「妙にってなんや」

「ご自身の恋愛はまるで駄目なのに

「刺すな」

「こういう仕組み作りは、かなりお上手です」

「余計悲しいわ」

 博之は胸を押さえた。

「俺、自分の嫁もおらんのに、人の婚活制度作ってるんか」

「はい」

「悲しすぎるやろ」

「ですが、役に立ちます」

「役に立つ悲しみやな」

 お花は、笑いをこらえながら続けた。

「では、まとめます。まず、寺社の縁結びに伊勢松坂屋の男衆も参加させる。男同士の交流、

 酒の場、飯会の手伝いを通して、外の若い男たちを見極める」

「うん」

「次に、女衆が“この人と話したい”と思った相手を、こちらで自然につなぐ。歌の会、

 寺の手伝い、買い食い、飯会の後片づけなど、縁談臭が強すぎない場を使う」

「うん」

「そして、男衆側も、肩書きを見られてもよい者と、交流から入りたい者に分ける」

「そうや」

「最後に、伊勢松坂屋の名前ばかりではなく、本人の好きなもの、得意なこと、何を食べて笑うか、そういう話ができるように場を作る」

「それやな」

 博之は頷いた。

「結局、看板が大きくなるのはしゃあない。でも、看板の奥に人がおるって分かる場を作ればええ」

 お花は少し真面目な顔になった。

「その言い方は、女衆に伝えてもよろしいですか」

「ええよ。ただし、座談会は?」

「しません」

「ちょっとだけ」

「しません」

「俺、聞き役だけでも」

「しません」

「おっさん、排除されすぎちゃう?」

「おっさんだからです」

「また言うた」

 お花は笑った。

「旦那様には、報告だけいたします。本人たちの細かな恋愛話は、私が聞きます」

「ずるいなあ」

「それが適任です」

「まあ、そうやな」

 博之は少し拗ねたように茶をすすった。

「でも、結婚は推奨してるって伝えといて。うちの者が外に家を持って、町や寺社とつながるのは

 悪いことちゃう。ただ、看板だけで選ぶやつには気をつけろって」

「はい」

「あと、相手が伊勢松坂屋の話ばっかりしてきたら、“では今度、歌の会に行きませんか”とか、

 “寺の手伝いに来ませんか”とか、相手に一歩動かせたらええ」

「試すわけですね」

「試すというか、話を動かす。店の話だけ聞きたい男は、そこで止まる。

 本人と何かしたい男は、次に来る」

 お花は深く頷いた。

「それは、とても良いです」

「やろ」

「旦那様、本当に、ご自身の恋愛以外はよく見えていますね」

「もうええって」

 博之は布団に倒れ込んだ。

「なんで俺だけこんな扱いなんや」

「旦那様が、採用で嫁が来るかもしれないなどと言うからです」

「あれは冗談やん」

「女衆には言わないでください」

「言わん」

「絶対ですよ」

「言わんて」

 座敷に少し笑いが広がった。

 お花は立ち上がりながら言った。

「では、この形で女衆たちに話してみます。看板で守られる部分は活かしつつ、看板だけで見られない場を作る。男衆も外へ出す。女衆からも選べるようにする」

「うん。頼む」

「旦那様は、恋愛座談会を開こうとしない」

「そこも入るんか」

「一番大事です」

「悲しい」

 博之は天井を見ながら、ぽつりと言った。

「飯屋が大きくなると、恋愛まで制度になるんやな」

 お花は、少し優しく笑った。

「人が増えたということです」

「人が増えると、飯だけでは済まんな」

「はい。でも、それも飯の道の一つかもしれません」

 博之は小さく頷いた。

 伊勢松坂屋の看板は、大きくなった。

 それは人を守る。

 けれど時に、人を隠す。

 だから、看板の奥にいる一人一人を見られる場を作る。

 博之は自分の恋愛にはまるで自信がなかったが、人の縁を回す仕組みだけは、

 なぜか少し見えてしまった。

 それがまた、少し悲しかった。

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