信楽から伊賀に戻った地侍。次は大和方面で情報収集。全部できなくともできることから一つ一つやればいいやん。
信楽焼をどうにか背負い、割らぬように気を張りながら伊賀へ戻った地侍たちは、
そこで終わりではなかった。
「次は大和やな」
年かさの男が、少し嫌そうに言った。
「まだ行くんか」
「行くんや。三千文預かってる。三輪の細麺と葛を見てこいって話やったやろ」
「皿より軽そうやからええやん」
「軽いけど、道はよう分からん」
そんなことを言いながら、彼らは名張の者と相談しつつ、大和方面へ足を向けた。
信楽焼のように、目に見えて分かりやすい荷ではない。素麺も葛も、量としては小さい。
三千文で買える分を少しずつ買い、値段を聞き、どこの者が扱っているのかを聞く。それだけなら、
信楽焼より楽に思えた。
だが、大和の道は、別の意味で重かった。
寺が多い。
人が多い。
そして、どこか空気が荒い。
道すがら、酒を飲んでいた男たちから話を聞いた。
「奈良の方は寺が強いで」
「そらそうやろ。飯も出るし、寝床もあるし、寺の名を背負えば、そこらの侍より顔がきく時もある」
「けどな、真面目に経を読んだり、学んだりしとる者ばかりやない。飯が食えるから集まる。
力があるから威張る。寺の威を借りて、道で揉める者もおる」
地侍たちは、顔を見合わせた。
若い一人が、ぼそりと言う。
「飯食わしてくれるからやな」
「それだけやないやろ」
「けど、飯はでかい。飯と寝床があったら、人は集まる。そこに刀とか棒とか持たせたら、荒くもなる」
年かさの男は、少し黙った。
「明日の我が身やな」
その言葉に、皆が静かになった。
伊勢松坂屋も、飯を出す。寝床を出す。銭も出す。袴も出す。
だから人が集まる。
自分たちも、ついこの間まで、飯と寝床と銭に釣られるようにして動き出したばかりだ。
もしあの旦那が、ただ飯を食わせるだけで、仕事も道も与えなければ、自分たちはまた荒れる
のではないか。
そう思うと、奈良の話は他人事ではなかった。
「けど、俺らはちょっと違うやろ」
若い地侍が、少し強がるように言った。
「何が違う」
「旦那が道を教えてくれた。飯食うだけやなくて、信楽焼を買う。素麺と葛を探す。
名張と上野の子どもに数を教える。護衛もする。やることがある」
「やること、な」
「せや。まずはこれを一つやってみる。あかんかったら、また飛べばええ」
「飛ぶんかい」
「飛ぶというか、また考えるんや。あの旦那も言うてたやろ。合わんかったら辞めたらええって」
年かさの男は、思わず笑った。
「ほんまに辞めたら、あの旦那、笑うやろな」
「笑うやろ」
「“やっぱり半年もたんかったか”って」
「いや、“飯だけ食うて逃げたか”って言いそうや」
「ヨイチには怒られるな」
「帳面に逃げたって書かれるぞ」
そう言って、皆が少し笑った。
最近まで、自分たちは人を脅していた。
それが今、三千文を預かって、大和の道で素麺と葛を探している。
寺の噂を聞き、僧兵まがいの者たちの荒さを見て、自分たちのことを少し考えている。
急に真人間になれるわけではない。
そんな都合のいい話はない。
だが、昨日までと同じではいられない程度には、いろいろ見てしまった。
伊勢の人波。
百文で売れるすり身。
信楽焼を一万文で買った時の商人の顔。
松阪の上の方に笑われたこと。
和尚が子どもらに皿を数えさせていたこと。
道は、確かに少し変わっていた。
「葛は、和尚さん好きそうやな」
「好きやろ。冬に湯で溶いて、生姜でも入れたらええとか言いそうや」
「素麺は、殿様向けやろな。夏に冷やして出したら、上品や」
「俺らは、よう分からんけどな」
「よう分からんから、聞いて帰るんや」
彼らは、買った葛と素麺を大事に包んだ。
信楽焼の時ほど量はない。派手な荷でもない。だが、話はある。
どこで買ったか。
いくらだったか。
誰が扱っていたか。
奈良の寺社はどうだったか。
飯と寝床を求める荒い者が集まっていること。
寺の名で道が動くこと。
京や大坂の話が酒の席でちらちら聞こえること。
そういう話も、あの旦那なら飯の種にするのかもしれない。
「量は少ないけど、話にはなるな」
「そうや。小話ができるならええやろ」
「和尚さんにも話せるし、松阪の旦那にも話せる」
「上の方にも、土産話になるかもしれん」
年かさの男は、荷を背負い直した。
「まずは軽く考えようや」
「軽く?」
「そうや。最近までの俺らの行いを見てみい。いきなり全部ひっくり返して、
立派に生きようなんて思ったら身がもたん」
「それはそうやな」
「まずは一つや。信楽焼を割らずに持って帰る。葛と素麺を少し買って帰る。
聞いた話を忘れずに伝える。子どもに数を数えさせる。それでええ」
若い地侍が頷いた。
「できることからやな」
「そうや。できることからや」
帰り道、彼らは何度も荷を確かめた。
信楽焼ほど壊れやすくはない。
けれど、この葛と素麺と噂話も、今の彼らにとっては大事な荷だった。
奪うための道ではない。
運ぶための道。
話を持ち帰るための道。
次にまた、松阪の飯を食うための道。
年かさの男は、夕暮れの道を見ながら、ぽつりと言った。
「一月後、ちゃんと何か持って行けたらええな」
「持って行くんや」
「せやな」
足元の道は悪い。
だが、前よりは少しだけ、先が見えていた。




