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伊賀の地侍。信楽焼を買い付けにいく。怪しまれるが袴と手持ちの銭でなんとか信用され買付完了。帰り道で色々思う

信楽までは、思っていたより遠かった。

 伊賀上野から北へ抜け、南近江へ入る。山道は細く、どこへ向かっているのか

 分からなくなることもあったが、とりあえず草津の方へ向かえば道はあるらしい、

 という程度の知識だけを頼りに進んだ。

「ほんまにこっちで合うてるんか」

「知らん」

「知らんて」

「でも、あの旦那が言うてたやろ。分からんかったことも書いてこいって」

「それはそうやけどな」

 六人の地侍たちは、伊勢松阪屋の袴を着ていた。まだ着慣れていない。元々の顔つきは荒いし、

 ひげも伸びている。だが、袴だけは妙にきちんとしている。そのちぐはぐさが、かえって目立った。

 信楽の焼き物を扱う者のところへ行くと、案の定、最初は怪しまれた。

「なんや、あんたら。見ない顔やな」

「ああ、伊賀の方から来た」

「伊賀?」

 相手の目が少し細くなる。

「柄の悪い顔しとる割に、ええ袴着とるやないか」

 年かさの地侍は、少し胸を張った。

「これはあれやねん」

「伊勢の内宮さんでも店を出しとる、伊勢松阪屋って飯屋があるやろ」

「……聞いたことはあるな。魚のすり身を売っとるところか」

「そうや。そこの世話になっとる。で、信楽焼を買いたいんや」

 焼き物屋の男は、まだ半信半疑だった。

「買いたい言うても、銭はあるんか。少しだけなら、そこらの安いのを見せるが」

「一応、買い付けは一万文考えとる」

 その瞬間、相手の態度が変わった。

「一万文?」

「ああ」

「それやったら、早う言うてくださいよ」

 さっきまでの値踏みするような目つきが、急に商人の顔になった。

「奥にもあります。小皿、茶碗、小壺、湯呑み、味噌壺、いろいろありますわ」

 若い地侍が小声で言う。

「銭ってすごいな」

「ほんまやな」

 年かさの男は、咳払いした。

「ただ、今回は試しや。初回やからな」

「試し、ですか」

「そうや。向こうに売るあてはある。売るというか、伊勢松阪屋の店の者や従業員に回すらしい」

「どれぐらいおるんです」

「松坂だけで五百人とか言うてたかな。伊勢も二百人ぐらい。合わせて七百人近くおるとか」

 焼き物屋は目を丸くした。

「七百人。そりゃ一万文でも足りませんな」

「当たり前や。それぐらいは分かる」

 少しだけむっとしながら、年かさの地侍は続けた。

「今回は道を試すんや。伊賀から信楽に来て、買って、伊賀へ戻して、そこから松坂へ流す。

 それがうまくいくなら、次はもっと銭が増えるかもしれん」

「なるほど。では、こちらも変なものは出せませんな」

「変なもの出したら、次は来ん」

「それは困ります」

 焼き物屋は、今度は真面目に品を並べ始めた。

 小皿。

 湯呑み。

 茶碗。

 小さな壺。

 油を入れる壺。

 味噌を入れる少し大きめの壺。

 漬物に使えそうな甕。

 地侍たちは、正直、良し悪しが分からなかった。

「どれがええんや」

「知らん」

「知らんけど、割れにくそうで、持ちやすいのがええんちゃうか」

「あと、店で使えるやつやな」

 博之から言われたことを思い出す。

 いきなり高い壺を買うな。

 小皿と小壺を中心にしろ。

 失敗しても店で使えるものを選べ。

 殿様向けには、面白そうなものを一つだけ。

「小皿を多めにしたい」

「はいはい」

「湯呑みも少し。茶碗も。小壺と味噌壺も欲しい」

「大甕は?」

「大きいのは運ぶのが怖い。今回は少しでええ」

「賢いですな」

「賢いんやなくて、割ったら怖いだけや」

 焼き物屋は笑った。

「お殿様向けのものも欲しいと言うてましたな」

「ああ。ただ、俺らは目利きではない。作者がどうとかは分からん。むしろ、

 そういうのは騙されそうで怖い」

「では、小ぶりで見栄えのする壺などどうです」

 男が奥から持ってきたのは、手のひらより少し大きい、どっしりした小壺だった。色味は渋く、

 釉薬の流れが面白い。

「これは?」

「茶席に置いても、文机に置いても、まあ映えます。大きすぎませんし、持ち運びもできます」

 地侍たちは顔を見合わせた。

「これなら、殿様が見ても“なんやこれ”くらいは言うか」

「言うやろ」

「値は?」

 言われた値段に、少し顔をしかめた。

「高ないか」

「お殿様向けでしょう」

「お殿様向けって言えば高くなるんやな」

「そらそうです」

 少し押し問答をした末、献上用の小壺を一つ。小皿を多めに、湯呑み、茶碗、小壺、味噌壺を

 いくつか。大きいものは少なめにして、一万文に近い形でまとめた。

 焼き物屋は、最後にはかなり機嫌がよくなっていた。

「いや、最初はどうなるかと思いましたが、一万文買うてくれるなら話は別ですわ」

「顔で判断したやろ」

「しました」

「正直やな」

「でも、袴がなかったら、もう少し警戒してましたな」

 若い地侍が、袴を見下ろした。

「袴って大事やな」

「大事です。あんたら、見てくれが悪いですから」

「おい」

「ひげでも剃れば、だいぶ違いますよ」

 年かさの男は首を振った。

「ひげを剃ると、今度は伊賀の道でなめられる」

「それはそれで難しいですな」

「難しいんや」

 そんな話をしながら、荷をまとめた。

 割れないように藁で包み、縄で縛る。背負えるものは背負い、二人で担ぐものは棒を通す。

 思ったより重い。道中で転べば割れる。雨が降れば面倒になる。

「これ、銭になるんか」

「なるって信じるしかないやろ」

「三倍で売る言うてたな」

「三倍で売れたら、俺らの道も値がつく」

 年かさの地侍は、献上用の小壺が入った包みを見た。

「これで殿様が笑うんやったら、まあ悪くない」

 信楽を出る頃には、夕方近くなっていた。

 山道へ戻りながら、六人は何度も荷を確かめた。

 昨日までなら、こういう荷を見れば奪う側だったかもしれない。

 だが今は、自分たちが守って運ぶ側である。

「妙なもんやな」

「何がや」

「刀持って歩いとるのに、今一番怖いのは、皿が割れることや」

 その言葉に、全員が少し笑った。

 伊賀へ戻る道は、まだ遠い。

 だが、荷の重さは、ただの重さではなかった。

 信楽焼一万文分。

 小皿、湯呑み、小壺、味噌壺、献上用の小壺。

 そして、次につながるかもしれない道。

 年かさの男は、背中の荷を揺らさぬように歩きながら、ぽつりと言った。

「これを無事に持って帰れたら、俺ら、ほんまにちょっと変われるかもしれんな」

 誰も否定しなかった。

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