伊賀・名張方面で奇妙な一行が歩いている。道すがら色々話しながら今後につなげようと話す
伊勢松坂屋を出て、名張と上野へ戻る道すがら、奇妙な一行が街道を歩いていた。
先日までは、名張と上野の者たちは「連れてこられる側」だった。
地侍たちに囲まれ、身代金だ護衛料だと言われ、松阪まで来た。
ところが今は、その地侍たちが護衛として前後についている。
荷には、味噌、油、少しの塩、試しに使うための道具。
そして信楽焼の買い付け金。大和方面の調べ物の銭。
さらに、伊勢松坂屋の袴まで持たされている。
名張の代表が、ぽつりと言った。
「なんというか、お互い因果なものですな」
年かさの地侍が振り向く。
「何がや」
「私らは、あのままやったら銭を取られて終わりでした。下手したら、命も危なかったかもしれません」
「……そこまではせんつもりやった」
「そう言われましても」
名張の者は苦笑した。
「でも、結果として、私らは命を落とさずに済んだ。あなた方も、松阪で上の方に切られず、
九鬼水軍にも海に沈められずに済んだ」
上野の者も続けた。
「お互い、変なところで助かりましたな」
若い地侍が、顔をしかめた。
「ほんまや。昨日までは、あんたらから一万文取って帰るつもりやったのに、今は護衛やからな」
「しかも伊勢まで行きましたし」
「あれは……」
年かさの地侍は、少し黙った。
「お伊勢さん参って、毒気抜かれたな」
「抜かれましたか」
「飯食って、風呂入って、船乗って、内宮であの魚の棒が百文で売れるの見てみい。
怒るとか、脅すとか、そういう気がちょっと抜けるわ」
若い地侍が頷いた。
「俺、あれ見た時、わけ分からんかった。港で食ったやつより小さいのに、高い。
それでも人が買う。しかも売り切れる」
「場所と印と、話なんでしょうな」
上野の者が言った。
「松阪の旦那が言うてはりました。魚を売ってるんやなくて、内宮で食べる体験ごと売ってるんやと」
「体験か」
「はい」
しばらく、皆で黙って歩いた。
山の道は、伊勢の人波とはまるで違う。
人は少なく、木々が迫り、足元も悪い。
ところどころに、昨日までなら地侍たちが目を光らせたくなるような細い道もある。
だが、今は違った。
彼らは奪う側ではなく、守る側として歩いている。
「正直なところな」
年かさの地侍が口を開いた。
「上野でガチャガチャやってても、どうしようもないと思うようになってきた」
名張の者が静かに聞く。
「そうですか」
「小競り合いして、道で脅して、小銭取って。それで腹は少し膨れるかもしれん。けど、
あの旦那のところで見た銭の動きとは、まるで違う」
「信楽焼ですね」
「ああ。とりあえず信楽焼を買って持っていく。それがほんまに二倍、三倍になるかは分からん。
けど、もしそうなったら、俺らの道も銭になる」
「道を知っていることが、銭になる」
「そうや。奪うんやなくて、運ぶ。守る。調べる。そっちの方が、まだ目覚めは悪くない」
若い地侍が、少し照れくさそうに言った。
「まあ、俺らももう銭もらってるしな」
「それもありますな」
名張の者が笑う。
「けれど、今の上野で何かを始めるのは、かなり難しいでしょう」
「分かっとる」
年かさの地侍は頷いた。
「だから、まず信楽焼や。どれがええかも分からん。小皿がええのか、壺がええのか、
湯呑みがええのか。値段も分からん。そこからや」
「何をいくらで買ったか、ですね」
「それだけは書かんと、あのヨイチとかいう小僧に怒られるやろ」
「怒られますな」
一行に少し笑いが起きた。
上野の者は、少し表情を引き締めた。
「私らは私らで、子どもらに混ぜ飯を食べさせねばなりません」
「漬物のやつか」
「はい。紫蘇や胡瓜を刻んで、飯に混ぜる。まず食わせる。うまいと思わせる。それから、
これを売るには数を数えねばならん、字も書けた方がよい、と教える」
「大変やな」
「大変です。勉強しても飯にならんと思っている子が多いですから」
名張の者が続けた。
「山菜の天ぷらも試します。油をもらいましたので。塩を振って食べさせて、これが銭になると見せる」
「松阪では百文で売っとるってやつか」
「はい。こちらでいきなりその値は無理ですが、飯になる、銭になる、ということを見せたいのです」
地侍の一人が、少し真面目な顔で言った。
「子どもらに護身のことも教えるんやったな」
「お願いできますか」
「剣術を教えろと言われても困るが、逃げ方とか、囲まれた時の声の出し方とか、棒の持ち方ぐらい
なら教えられる」
「十分です」
名張の者は深く頭を下げた。
「私らは、それだけでもありがたい」
しばらく進むと、道が分かれる場所に出た。
一方は名張へ。
もう一方は上野へ。
さらに先には、信楽や大和へ向かう道もある。
上野の者が、西の方を見て言った。
「大和方面も、大和方面で何を仕入れていいか分かりませんな」
「とりあえず葛と素麺やろ」
若い地侍が言う。
「三輪の細麺、葛。そこは押さえる。あとは何があるかやな」
「八木の方まで行けば、市の話が聞けるかもしれません」
「寺の話もいるんやったな」
「はい。旦那は、寺の噂話も欲しいと言っていました。和尚さんも喜ぶと」
「飯屋が寺の噂話まで集めるんか」
「飯の道になるそうです」
「便利やな、飯の道」
年かさの地侍は、少し笑った。
「まあ、でも道があるのはええことや」
名張の者が頷く。
「一月に一度、私らは松阪へ行く。あなた方に守っていただきながら、成果を一つずつ持っていく。
混ぜ飯、山菜、信楽焼、葛、素麺。何か一つでも前へ進める」
「それで飯が食えるなら、悪くない」
「はい」
若い地侍が、ふと思い出したように言った。
「それにしても、あの旦那の店の飯はうまいな」
「街道沿いの混ぜ飯でも、十分うまかったです」
「そうや。あれを一月後の目標にしてもええかもしれん」
「どういうことですか」
「次に松阪へ行く時、またあの飯を食う。そのために、信楽焼なり、山菜なり、何か持っていく。
そう考えたら、少しやる気も出るやろ」
名張の者が笑った。
「飯を目標にするのですか」
「悪いか」
「いえ。旦那様らしいです」
「俺らも、毒されてきたな」
全員が少し笑った。
やがて分かれ道に着くと、それぞれが荷を背負い直した。
名張へ戻る者。
上野へ戻る者。
信楽焼の道を探る者。
大和の葛と素麺を調べる者。
まだ何も成功していない。
信楽焼が売れるかも分からない。
葛が手に入るかも分からない。
素麺が買えるかも分からない。
子どもたちが混ぜ飯で勉強に向くかも分からない。
けれど、昨日までとは違う。
道がある。
目標がある。
戻る場所がある。
そして、次に松阪へ行けば、飯がある。
年かさの地侍は、別れ際に名張の者へ言った。
「次は、ちゃんと守る」
名張の者は静かに頭を下げた。
「お願いいたします」
上野の者も言った。
「一月後、何か持って松阪へ行きましょう」
「そうやな」
彼らは、それぞれの道へ散っていった。
奪うための道ではなく、持ち帰るための道へ。
そして、また飯を食うための道へ。




