伊賀上野方面の一連の話が終わる。物資の輸送と信楽焼、三輪そうめんの買い出しと情報収集を任せる
松阪の上司の屋敷を出たあと、博之はそのまま名張と上野の者、それから例の六人の地侍を集めた。
「ほな、とりあえず次の段取りやな」
地侍たちは、まだ少しぼんやりしていた。
昨日までは身代金をせびる側だった。
今日は伊勢神宮を見て、内宮で百文のすり身が売れるのを見て、松阪の城主に笑われて、
信楽焼と三輪素麺の話まで背負わされている。
「まず、名張と上野の二人には、この六人を護衛でつける」
年かさの地侍が眉を上げた。
「護衛か」
「そうや。今度はほんまの護衛や。身代金ちゃうぞ」
「分かっとるわ」
「分かってるならええ」
博之は名張の者と上野の者に向き直った。
「帰ったら、まず混ぜ飯を食わせろ」
「混ぜ飯、ですね」
「そう。漬物を細かく刻んで飯に混ぜる。紫蘇でも胡瓜でも、山菜でもええ。
子どもらに食わせて、“これがうまい”っていうことを分からせる」
名張の者は真剣に頷いた。
「はい」
「それから、野菜の天ぷらや。山菜でも野菜でも、薄く衣をつけて揚げて、
塩を振って食わせる。最初は売る前に食わせろ。うまいと思わんものは売れん」
「はい」
「その上で言うんや。これは松坂では、飯と合わせて百文で売れることもある、と」
上野の者が驚いたように聞く。
「百文、と言ってよろしいのですか」
「ほんまに売ってるからええ。もちろん、そっちでいきなり百文は無理や。けど、飯は銭になる。
野菜も山菜も、手を入れたら銭になる。それを子どもらにも見せろ」
博之は少し声を柔らかくした。
「勉強しろって言われても、飯にならんと思ったらやらん。けど、混ぜ飯がうまい、
天ぷらがうまい、これを売るには数を数えなあかん、字を書かなあかん、
そう見せたら少しは変わるかもしれん」
名張の者は、目を潤ませた。
「ありがとうございます」
「泣くな。まだ始まってもない」
博之は六人の地侍へ目を向けた。
「で、あんたらや」
「おう」
「半年ぐらいはいてもええって言うたな」
「言うた」
「なら、その半年は、ただ飯食うだけやなくて動いてもらう」
「何をする」
「まず、護衛。名張と上野の者を帰す。道中、変な連中が寄ってきたら追い払え。
お前らが昨日やったことを、今度は防ぐ側になれ」
若い地侍が苦い顔をした。
「耳が痛いな」
「痛いぐらいがちょうどええ」
博之は続けた。
「それから、信楽焼を買いに行ってもらう」
「信楽焼か」
「そうや。ただし、まだ信用があるわけちゃう」
地侍たちが少し身構える。
博之はあっさり言った。
「だから、最初は一万文や」
「……一万文を渡すんか」
「渡す。これで信楽焼を買ってこい」
ヨイチが横で即座に帳面を開いた。
「信楽焼買い付け、試験分一万文」
「書くの早いな」
「必要です」
博之は地侍に向き直る。
「難しいことは言わん。何を、いくらで、何個買ったか。それだけ書いてこい」
「字が苦手なやつもおる」
「なら聞いて書け。名張や上野の者に頼んでもええ。とにかく、
銭がどこへ行ったかだけは分かるようにしろ」
「何を買えばええ」
「俺も信楽焼の相場がよう分からん。たぶん変なものをつかまされると思う」
「ええんか、それで」
「最初は勉強代や。けど、高い壺を一つ買うより、小皿とか小さい器を多めに買う方がええ気がしてる」
ヨイチが頷く。
「小皿なら、店でも使えますし、従業員向けにも売りやすいですね」
「そうや。安く仕入れて、二倍か三倍で売っても、うちの給金を考えたら買うやつはおる。信楽焼やったら、ちょっとした自慢にもなる」
「大きな甕や壺は?」
「それも欲しい。漬物や味噌に使える。ただ、最初は運びやすいものを見てくれ。
小皿、湯呑み、小壺、油壺、味噌壺。その辺やな」
博之は少し考え、付け加えた。
「あと、殿様向けに一つ、面白そうなものがあったら買ってきて」
「殿様向け?」
「そうや。高すぎんでええ。見た時に“なんやこれ、面白いやんけ”ってなるものや」
地侍たちは、ますます困惑した。
博之は構わず続ける。
「残った面子は、大和方面を見てこい。三輪素麺や乾麺の話が聞きたい」
「そっちはいくら持たせるんや」
「一万文はやりすぎやな。まず三千文でええ」
ヨイチが書く。
「大和方面、素麺および名物調査、三千文」
「三千文で、素麺か乾麺、あと何か名物になりそうなものがあれば少し買ってこい。
買えなくても、情報だけでもええ。どこで作ってるのか、誰が扱ってるのか、
値段はどれぐらいか。そういう話が欲しい」
「情報だけでも銭になるんか」
「なる。うちにはな」
博之は淡々と言った。
「それと、時間に余裕があるなら、子どもらに護身術ぐらい教えてやれ」
地侍たちが顔を上げる。
「剣術か?」
「剣術まで教えろとは言わん。けど、危ない道の歩き方、人に囲まれた時の逃げ方、
棒の持ち方、声の出し方。そういうのでええ」
「なんでそこまで」
「一緒の釜の飯を食った仲やろ」
その一言に、名張と上野の者が静かに頭を下げた。
博之はさらに言った。
「もうとりあえず、うちのもんや。半年だけでもな」
地侍たちは、どこか居心地悪そうにした。
「それと、袴も用意する」
「袴?」
「うちの印の入ったやつや。着て行け。よそで飯を食う時、宿に入る時、買い付けする時、
ちょっとは効くやろ」
「そこまで信用してええんか」
年かさの男が、思わず聞いた。
博之は首を振った。
「信用はしてへん」
「してへんのかい」
「してへん。けど、半年はいるんやろ。なら、信用してないなりに任せる」
「変な言い方やな」
「変でええ。金を使ってみて、生活が変わるか、飯の見方が変わるか、報告してくれ」
博之は少し笑った。
「殿様と一緒で、俺も暇してるからな。面白い話が聞きたい」
「暇には見えへんけどな」
「帳簿から逃げる時間はある」
ヨイチがすぐに言う。
「逃がしません」
「今それはええねん」
博之は、最後にもう一度確認した。
「信楽焼を持ってきたら、殿様への土産話になる。面白い器があれば、献上品にもなる。
そうすれば、俺は何千文、何万文も寄進しなくて済むかもしれん」
ヨイチが小さく頷く。
「品物で筋を通せるなら、銭だけより上品です」
「そういうことや。最近は一万文単位で寄進してるけど、信楽焼を持っていって
“こんなん入りました”って話したら、それで笑い話の一つになる。殿様がご機嫌なら、それで十分や」
地侍の一人が、ぽつりと言った。
「俺らが持ってきた皿で、殿様が笑うんか」
「ありえる」
「変な話やな
「飯屋は変な話で大きくなるんや」
名張と上野の者には、漬物混ぜ飯の試作、野菜の天ぷら、山菜、胡瓜、紫蘇、油、
味噌の段取りを持たせる。
地侍六人には、護衛と信楽焼、大和の素麺の調査。
さらに、子どもらへの護身術。
そして、伊勢松坂屋の袴。
出発前、博之は一同に言った。
「ええか。無理して大きく勝とうとするな。まず一つ持って帰れ。一つ話を持って帰れ。
一つ飯に変えろ」
年かさの地侍は、一万文の包みを見てから、深く息を吐いた。
「分かった。とりあえず半年や」
「それでええ」
「逃げへんとは言わん」
「逃げたらそれまでや」
「でも、戻ってきたら」
「飯は出す」
地侍は、少しだけ笑った。
「それが一番怖いわ」
博之も笑った。
「飯屋やからな」
こうして、名張と上野への帰り道には、六人の地侍が護衛としてつくことになった。
昨日まで身代金をせびっていた者たちが、今日は袴を受け取り、買い付け金を預かり、
子どもたちに護身術を教える役目を持たされる。
誰もが少し戸惑っていた。
だが、その戸惑いの奥に、ほんの少しだけ、前へ進む気配があった。




