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次の日の朝、松坂の城主から地侍連れて話聞かせろと言われ参上して一連の話を爆笑される。面白い話があればまたこいwww

翌朝、伊勢の疲れもまだ抜けきらぬうちに、表が慌ただしくなった。

「旦那様、急ぎの便でございます」

 お花が文を持って入ってくる。

 博之は布団の上で顔だけ上げた。

「今度はどこや。内宮さんか、九鬼様か、長野様か」

「松阪の城主からです」

「……一番逃げられへんやつやん」

 文を開くと、そこには短く、しかし逃げ場のない内容が書かれていた。

 昨日、面白いことがあったらしいな。

 もう噂になっている。

 話を聞かせに来い。

 まだ例の地侍たちがいるなら、それも連れてこい。

 博之は文を畳み、天井を見た。

「どこまで地獄耳やねん」

 ヨイチが横で言う。

「もともと、身代金の話が出た時点で、松阪の城下ではかなり話題になっていましたからね」

「早すぎるやろ」

「しかも、伊勢松坂屋に地侍が押しかけた。旦那様が一万文払った。さらに伊勢へ連れて行った。

 内宮で店を見せた。九鬼水軍も絡んでいた。噂としては面白すぎます」

「噂にならん方がおかしいか」

「おかしいです」

 地侍たちも、その話を聞いて顔をこわばらせた。

「……城主が呼んでるんか」

「ああ」

「わしら、切られるんか」

 年かさの男が、少し真顔で聞いた。

 博之は首をひねった。

「いや、たぶんもう切られへんやろ。切るなら昨日のうちに切られてる」

「でも、城主やろ」

「もし切られそうになったら、うちの三下ですってことにしといたらええんちゃうか」

「三下て」

「嫌か?」

「嫌やけど、切られるよりはましや」

 博之は笑った。

「どうする。会いに行くか」

 六人は互いに顔を見合わせた。

 昨日、内宮で百文のすり身が売れるのを見た。人の波を見た。九鬼水軍の船に乗った。

 海を見た。自分たちが知っていた山の道とは違う、まるで別の銭の流れを見た。

 年かさの男が、ぽつりと言った。

「正直、一生ついていくかは分からん」

「それでええ」

「けど、半年ぐらいやったら、ついて行ってもええかなとは思ってる」

「上等や」

 博之はすぐに頷いた。

「合わんかったら辞めたらええ。うち、半分ぐらい辞めるからさ」

「半分辞めるんか」

「新入りはな」

「なんやその店」

「飯屋や」

 六人は、ぽかんとした顔になった。

 そのまま一行は、松阪の上の方の屋敷へ向かった。

 博之、ヨイチ、お花、そして昨日まで身代金をせびっていた地侍六人。

 さらに名張と上野の者たちもついている。どう見ても普通の挨拶ではない。

 屋敷に着くと、城主はすでに待っていた。

 博之たちを見るなり、げらげら笑う。

「来たか。で、そいつらか」

 地侍たちは固まった。

「物騒なことが起こったと聞いたが、なんや、ちょっと間が抜けとるな」

「間が抜けとるというか、毒気を抜かれております」

 博之が言うと、さらに笑われた。

「飯食わされて、風呂入れられて、伊勢まで連れて行かれたんやろ。そら毒気も抜けるわ」

 六人は、どう反応してよいか分からず、ただ頭を下げた。

 城主は博之に向き直る。

「で、話せ」

「はい」

 博之は、事のいきさつを最初から話した。

 名張と上野の者が一か月分の成果を持ってきたこと。

 その道中、地侍たちに連れられてきたこと。

 護衛料という名の身代金で一万文を求められたこと。

 とりあえず一万文を払ったこと。

 飯を食わせ、風呂に入れ、服を洗い、寝かせたこと。

 さらに伊勢見物用に一万文を渡し、九鬼水軍の船で内宮まで連れて行ったこと。

 そして、内宮の端で丸に井戸の井の朱印紙に包まれたすり身が、百文で飛ぶように

 売れるのを見せたこと。

 城主は、何度も笑いながら聞いていた。

「お前、ほんまに何をしとるんや」

「私もよく分かりません」

「身代金を払った相手に、さらに伊勢で買い食いする銭を渡す飯屋がおるか」

「見せた方が早いと思いまして」

「それでどうやった」

 博之は地侍たちを見た。

「どうやら、とりあえず半年ぐらいは、うちの頼み事をしてくれそうな感じです」

 その言葉を聞いて、城主は地侍たちを見た。

「お前ら」

「は、はい」

「ここまで見て、まだ半年ぐらいでどうしようかなとか言うとるんか」

 年かさの男は、恐縮して首を縮めた。

「いや、その……」

「見る目ないぞ」

 六人は、さらに小さくなった。

 城主は笑いながらも、少し声を落とした。

「別に、こいつに一生ついていけとは言わん。こいつも言わんやろう」

「言いません」

 博之が即答する。

「やけどな、しばらくついていったら、少なくとも上野のせせこましいところで小競り合いしたり、

 身代金だ何だとやったりするより、よっぽど面白いものが見える」

 地侍たちは黙っていた。

「こいつは国を取る気はない。いや、取る気がないというより、面倒くさいから嫌がってるだけやな」

「嫌です」

「ほらな」

 城主はにやりとした。

「でも、その先は見とるやろ、博之」

「……少しだけです」

「何を見てる」

「伊賀の先です。信楽焼。それから大和の三輪素麺、乾麺の類です」

「ほう」

 城主の目が少し変わった。

 博之は続ける。

「とりあえず、この者たちには、名張と上野から来た者の帰りの護衛をしてもらいます。

 その後、信楽の方の話を集めてもらう。可能なら小壺、甕、器、油壺、

 味噌壺を買ってきてもらう。それから大和の素麺も見たいです」

「夏場に素麺か」

「はい。三輪素麺を仕入れられたら、夏場に冷やして食べるなり、温かい汁で

 食べるなりできます。もしよければ、今度お持ちして、皆様にも召し上がっていただければと」

 城主は大きく頷いた。

「それはええやんけ」

「ありがとうございます」

「つまり、こいつらが戻ってくる頃には、三輪素麺が食えるかもしれんわけやな」

「うまくいけば、です」

「信楽焼も買ってくる。器も壺もある。こっちへ流通が来れば、例の定期便で売るんやろ」

「はい。一・五倍で従業員向けに」

「いや、それは安すぎるかもしれんぞ」

 博之が少し驚いた顔をした。

「そうですか」

「伊賀を越えて、信楽や大和から持ってくるんやろ。手間、危険、道の悪さ、話をつける面倒。

 その分を考えたら、一・五倍どころではなく、数倍でもおかしくない品もある」

 ヨイチがすぐに頷いた。

「確かに、通常の伊勢便や松阪便とは危険度が違います」

 城主は地侍たちを見る。

「お前らも聞いとけ。道を知ってることは銭になる。危ない道を通れることも銭になる。

 奪うだけが銭やない」

 六人は、今度は素直に頭を下げた。

「それと、信楽焼や素麺は、寄進の代わりの献上品にもなるかもしれん」

 博之は少し笑った。

「それも考えております」

「抜け目ないなあ」

「最近、考えないと怖いことが多くて」

「それでええ」

 城主は、満足げに頷いた。

「お前らも、もう下がってええぞ」

 地侍たちは、少しほっとした顔をした。

「面白かったから許す」

 その言い方に、六人はまた微妙な顔になった。

 城主はさらに言う。

「ただし、いいものが入ったり、面白い話があったりしたら、こっちにも流してこい。

 昨日一昨日の騒動は話がでかすぎたから、すぐ耳に入った。そういう大騒ぎだけやなく、

 小話も持ってこい。こっちも暇やからな」

「暇……でございますか」

 年かさの男が思わず言うと、城主は笑った。

「暇や。面白い話は飯よりうまい時がある」

 博之が横から言う。

「飯も持ってきます」

「それは当然や」

 こうして、謁見は拍子抜けするほど穏やかに終わった。

 屋敷を出た後、地侍たちはしばらく無言だった。

 ようやく若い一人が言った。

「……俺ら、なんなんやろうな」

「昨日まで身代金取ろうとしてたのに、今日はお殿様の笑い話か」

「慰め話というか、暇つぶしというか」

「なんか、へこむな」

 年かさの男は、少し苦い顔で言った。

「俺らが命張って悪さしてたことも、城主から見たら笑い話か」

 博之は隣で聞いていて、静かに言った。

「それが嫌なら、笑い話で終わらんようにしたらええ」

 六人が博之を見る。

「次に来る時、信楽焼を持ってくる。三輪素麺の話を持ってくる。伊賀の道の話を持ってくる。

 そしたら、お前らはただの身代金騒動の地侍やなくなる」

 年かさの男は、しばらく黙っていた。

「……半年や」

「うん」

「とりあえず半年、やってみる」

「それでええ」

 ヨイチが横で小さく言った。

「また帳簿が増えますね」

「そこは今言うな」

 博之たちは、松坂の道を戻っていった。

 昨日まで山の小競り合いにいた者たちが、信楽焼と三輪素麺の話を背負わされている。

 本人たちにとっては、あまりに急な話だった。

 だが、もう戻る前と同じ目では、世の中を見られなくなっていた。

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